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日本 > 徳島県 > 徳島市 > 論田町

論田町(ろんでんちょう)は、徳島県徳島市町名2011年8月の徳島市の調査による人口は2,152人、世帯数は948世帯。郵便番号は〒770-8011。

論田町
徳島マツダ
徳島マツダ
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Tokushima Prefecture.svg徳島県
市町村 Flag of Tokushima, Tokushima.svg徳島市
地区 勝占地区
人口
2011年(平成23年)8月徳島市の調査より
 • 合計 2,152人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
770-8011
1974年度の論田町全景。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

目次

地理編集

徳島市の南東部に位置し、勝占地区に属する。西から北を勝浦川が流れ、西は大松町雑賀町、北は西新浜町2丁目・新浜本町津田本町5丁目・津田町4丁目・津田海岸町と対する。

徳島県道120号徳島小松島線(旧国道55号)が勝浦浜橋を経て南下する。徳島県警察学校徳島市立論田小学校徳島市立体操センターなどがある。トヨタカローラ徳島徳島ダイハツモータース徳島マツダ徳島三菱自動車販売など自動車販売会社が多い。

河川編集

小字編集

  • 大江
  • 小論田
  • 新開
  • 中開
  • 本浦上
  • 本浦下
  • 本浦中
  • 元開
  • 和太開
  • 和太開外

歴史編集

論田浦編集

江戸時代から明治22年にかけて勝浦郡に存在した村。徳島藩領。「勝浦郡志」によれば、当村は大原浦の枝浦で、元和年間頃に開発が始まり、寛永年間に富田浦からの移住が始まった。

村高は、文化10年の阿波国村々御高都帳では993石余とある。なお「天保郷帳」の大原浦1,655石余には、当浦の高が含まれているかと思われる。「旧高旧領」では1,029石余ですべて蔵入地となっている。また寛保神社帳によれば、神社に水神があり、その別当は禅心と見える。

明治4年に徳島県となり、また同年に名東県、明治9年に高知県を経て、明治13年に再び徳島県に所属。明治22年に勝占村の大字となる。

勝占村論田編集

明治22年から昭和27年まで存在した勝占村の大字で昭和26年からは徳島市の大字となる。

明治24年の「徴発物件一覧表」には「論田浦」と見え、戸数132・人口665(男343・女322)、厩10、学校1、船72。同年に論田浦村駐在所が設置され、大正6年に論田巡査駐在所となる。

昭和27年に論田町・雑賀町三軒屋町となる。

徳島市論田町編集

昭和27年から現在の徳島市の町名。もとは徳島市鶴岡と同市論田の一部。

交通編集

 
徳島県道120号徳島小松島線
論田町字和太開で撮影

バス編集

徳島バス小松島市営バス
  • 論田中
  • 論田

道路編集

都道府県道

施設編集

 
論田清掃工場
 
徳島第一自動車教習所
公共施設
教育機関
企業

かつて存在した施設編集

参考文献編集

外部リンク編集