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諸藤 将次(もろふじ まさつぐ、1985年8月1日 - )は、福岡県出身のプロゴルファーセガサミーホールディングス所属だったが、現在はフリー。

No image.svg 諸藤 将次 Golf pictogram.svg
Masatsugu Morofuji
基本情報
名前 諸藤 将次
生年月日 (1985-08-01) 1985年8月1日(34歳)
身長 180 cm (5 ft 11 in)
体重 65 kg (143 lb)
出身地 福岡県
経歴
プロ転向 2006年
成績
優勝回数 日本ツアー:1勝
初優勝 フジサンケイクラシック2011年
世界ランク最高位 367位(2011年第37週)
賞金ランク最高位 日本男子:35位(2011年)
2012年10月20日現在
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来歴・人物編集

沖学園高校時代には、2002年に九州アマチュア選手権競技で優勝、2003年には世界ジュニアゴルフ選手権で5位に入るなど注目を集めた[1]2004年日本大学に進学、同年の日本アマで8位に入るなど同世代の池田勇太東北福祉大学)と共に注目を集め、「東の池田、西の諸藤」と言われた[1][2]

大学を2年で中退し、2006年にプロに転向したが、思うような結果が残せず、苦心していた[1]。しかし、2010年クオリファイングトーナメント(QT)のファイナルステージで6位に入り、2011年のレギュラーツアーの出場権を獲得した[1]。そして、9月に行われたフジサンケイクラシックで、台風12号の影響で36ホールとなった短期決戦を制し、プロ初優勝を飾った[3]

諸藤の最大の特徴は飛距離で、ドライバーショットで300ヤード(約274メートル)以上の飛距離を誇る[1]。高校3年生の時に出場した久光製薬KBCオーガスタでは、ドライビングディスタンスで314.13ヤードを記録し、プロを抑えて1位に輝いたこともある[4]。しかし、プロ入り後思うようにいかなかった時、「飛ぶけど曲がる」弱点を克服しようとしたが、「飛ばず曲がる」という悪循環に陥った[5]。しかし、2010年2月に母が亡くなったのをきっかけに原点に戻り、一から体を鍛え直した結果、飛距離が回復、2011年には小田孔明谷口徹などの練習ラウンドに加わりコントロールショットも勉強した[5]。その結果が、フジサンケイクラシックの初優勝に結び付いたという[5]

優勝歴編集

No. 日時 大会 優勝スコア 打数 2位
1 2011年9月4日 フジサンケイクラシック -6 (67-69=136) 3打差   マーダン・ママット

出典編集

  1. ^ a b c d e “飛ばし屋”諸藤将次、飛距離の秘密”. ZAKZAK. 夕刊フジ (2011年9月12日). 2011年9月18日閲覧。
  2. ^ “勇太世代”の次なる刺客は?”. GDO EYE. ゴルフダイジェスト・オンライン (2011年9月8日). 2011年9月18日閲覧。
  3. ^ 諸藤将次、母に捧げるツアー初勝利!36ホール短期決戦制す”. ゴルフ情報 ALBA.Net (2011年9月4日). 2011年9月18日閲覧。
  4. ^ 『大勢の人の前でのプレー、最高でした』 大会始まって以来、初のローウェストアマ誕生!!地元・福岡の沖学園高校3年、諸藤将次君”. 日本ゴルフツアー機構 (2003年8月31日). 2011年9月18日閲覧。
  5. ^ a b c 諸藤将次、亡き母に捧げる初勝利”. ゴルフダイジェスト・オンライン (2011年9月4日). 2011年9月18日閲覧。

外部リンク編集