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豊真線(ほうしんせん)とは、樺太豊栄郡豊北村の小沼駅から真岡郡真岡町の手井駅までを結ぶ鉄道省鉄道路線である。

National Railway Symbol of Japan.png 豊真線
日本統治時代の豊真線の宝台ループ線。最近の状況は後掲画像を参照。
日本統治時代の豊真線の宝台ループ線。最近の状況は後掲画像を参照。
基本情報
現況 ロシア鉄道の路線として一部存続
日本の旗 日本(1921 - 1946年)
所在地 樺太豊栄郡真岡郡
種類 普通鉄道
起点 小沼駅(1945年7月15日 時点)
終点 手井駅
駅数 11駅
経由路線 川上線
開業 1925年10月1日
延伸 1926年11月15日(逢坂 - 手井)
全通 1928年9月3日
廃止 1945年7月15日(豊原 - 奥鈴谷)
1946年2月1日 (鉄道省として)
所有者 樺太庁 → 鉄道省
運営者 樺太庁 → 鉄道省
路線諸元
路線距離 76.2km
軌間 1067mm
線路数 全線単線
電化区間 なし
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路線データ編集

歴史編集

 
豊真線ループ跡。トンネルを入り、時計回りに1回転して上の橋につながる(2003年8月7日撮影)
  • 1921年(大正10年) - 樺太庁により、樺太東線樺太西線を結ぶために、豊原駅 - 手井駅間の工事を開始し、敷設された。
  • 1925年(大正14年)10月1日 - 樺太庁鉄道豊原駅 - 鈴谷駅開通。西久保駅、鈴谷駅新設[1]
  • 1926年(大正15年)11月15日 - 逢坂駅 - 手井駅間開通。逢坂駅・二股駅、宝台信号場新設[1]
  • 1928年(昭和3年)9月3日 - 鈴谷駅 - 逢坂駅間開通により、全線開通。奥鈴谷駅瀧ノ沢駅中野駅清水駅池ノ端駅新規開業[1]
  • 1933年(昭和8年)1月15日 - 宝台信号場を宝台駅に格上げ。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 樺太の内地編入にともない、樺太庁から鉄道省に移管。
  • 1945年(昭和20年)
  • 1946年(昭和21年)
    • 2月1日 - 日本の鉄道路線としては、書類上廃止。
    • 4月1日 - ソ連国鉄に編入。
  • その後統治するロシアは、この路線を補修しながらそのまま利用していたが、1995年頃から一部区間をのぞき休止状態になっている。
  • 地元の話では、ループ線トンネル内で崩落があり、復旧費用が多額に及ぶなどの理由から運休となったと言われている。
  • 鉄道が運行されていた時も平行する道路でバスが頻発運転されており、1日数便の鉄道は、所要時間も1時間以上多くかかるため、鉄道利用者は途中の駅を使用する区間利用者が多かった。また、途中のトンネルの大きさの問題で貨物列車も運転されていなかった。そのため、鉄道が運行されなくなっても大きな影響はなかった。
  • ループ線区間の廃止後はアルセンチエフカ - イリインスク間を結ぶ路線(真久線)がサハリンの東西を結ぶ唯一の鉄道路線である。

運行形態編集

駅一覧編集

駅名 営業キロ 接続路線 所在地
小沼駅 0.0 運輸通信省樺太東線川上線 樺太 豊栄郡 豊北村
西小沼信号場 2.6 川上線との施設上の分岐点
奥鈴谷駅 8.6  
瀧ノ沢駅 22.0   真岡郡 清水村
中野駅 34.9  
清水駅 40.2  
逢坂駅 45.0  
二股駅 52.4  
宝台駅 61.5   真岡町
池ノ端駅 70.7  
手井駅 76.2 運輸通信省:樺太西線

1945年7月15日廃止線

駅名 営業キロ 接続路線 所在地
豊原駅 0.0 運輸通信省: 樺太東線 樺太 豊原市
西久保駅 5.2  
鈴谷駅 9.9   豊栄郡 豊北村
奥鈴谷駅 16.2  

脚注編集

  1. ^ a b c 鉄道省樺太庁鉄道」『鉄道停車場一覧(昭和12年10月1日現在)』川口印刷所出版部、東京市芝区、1937年12月28日。2016年3月2日閲覧。
  2. ^ 告示 / 運輸省 / 豐眞線小沼奧鈴谷間鐵道一般運輸營業開始」『官報』第83号、1945年7月12日、 88頁、2016年3月2日閲覧。
  3. ^ 告示 / 運輸省 / 豐原線豐原奧鈴谷間鐵道運輸營業廢止」『官報』第82号、1945年7月12日、 88頁、2016年3月2日閲覧。