豪徳寺駅
東京都世田谷区豪徳寺にある小田急電鉄の駅
豪徳寺駅(ごうとくじえき)は、東京都世田谷区豪徳寺一丁目にある、小田急電鉄小田原線の駅である。駅番号はOH 10。
豪徳寺駅 | |
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南口 | |
ごうとくじ Gotokuji | |
◄OH 09 梅ヶ丘 (0.7 km) (1.0 km) 経堂 OH 11► | |
所在地 | 東京都世田谷区豪徳寺一丁目43-4 |
駅番号 | OH10 |
所属事業者 | 小田急電鉄 |
所属路線 | ■小田原線 |
キロ程 | 7.0 km(新宿起点) |
駅構造 | 高架駅 |
ホーム | 2面4線* |
乗降人員 -統計年度- |
[小田急 1]26,183人/日 -2023年- |
開業年月日 | 1927年(昭和2年)4月1日 |
乗換 | 東急世田谷線(山下駅) |
備考 | *通過線2線含む |
豪徳寺駅 配線図 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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歴史
編集年表
編集- 1927年(昭和2年)4月1日:開設[1]。
- 1948年(昭和23年)9月:桜準急新設、停車駅となる。
- 1994年(平成6年)6月12日:高架化・複々線化工事着工[2]。
- 1998年(平成10年)4月16日:高架複々線化事業に伴う駅舎外観デザイン決定[3]。
- 2002年(平成14年)
- 2003年(平成15年)6月20日:上り線ホームを本設ホームへ移設[5]。
- 2004年(平成16年)
- 2016年(平成28年)3月26日:区間準急廃止、再度各停のみ停車となる[8]。
- 2018年(平成30年)3月17日:東京メトロ千代田線直通列車(全区間各停)の停車駅となる[9]。
駅名の由来
編集駅名は駅近くに豪徳寺があることに由来。豪徳寺は当駅周辺の地名にもなっている。
駅構造
編集相対式ホーム2面4線を有する高架駅。複々線区間に所在している。曲線上にホームがあるため、乗降の際は足元に注意する必要がある。
のりば
編集ホーム | 路線 | 方向 | 軌道 | 行先[10] |
---|---|---|---|---|
1 | 小田原線 | 下り | 緩行線 | 小田原・片瀬江ノ島方面 |
通過線 | □小田原線 | 下り | 急行線 | (下り列車の通過) |
通過線 | 上り | (上り列車の通過) | ||
2 | 小田原線 | 上り | 緩行線 | 新宿・ 千代田線方面 |
※下り東北沢駅 - 登戸駅間、上り向ヶ丘遊園駅 - 東北沢間急行線・緩行線は原則として以下の通りに使い分けられている。
- 〔急行線〕
- □特急ロマンスカー・■快速急行・□通勤急行・■急行が使用する。成城学園前駅 - 経堂駅間のみ□通勤準急も使用する。
- 〔緩行線〕
- ■準急・■各停が使用する。□通勤準急も上記以外の区間で使用する。
- 但し、千代田線直通上り■急行は、経堂駅以東で緩行線を使用する。
設備
編集改札・出入口は高架下1箇所のみであり、これらには特に呼称は付与されていない。小田原方に向いており、南北に走る道路(東京都道427号瀬田貫井線)に面している。売店は1F改札を出た所にある。待合室は1・2番ホーム共にある。トイレは2番ホームエスカレータを降りた横にある。エレベーター・エスカレーターは1・2Fにある各ホームを連絡する。
東急世田谷線と立体交差するため、複々線化される以前から駅は盛土上にあり、高架化されていた[4]。複々線化工事の際に盛土部を撤去、高架橋に改められている[4]。
2013年度(平成25年度)の鉄道事業設備投資計画において行先案内表示器の設置が企図され[11]、2014年1月頃に設置された[要出典]。
利用状況
編集2023年度(令和5年度)の1日平均乗降人員は26,183人である[小田急 1](小田急線全70駅中40位)。
近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は以下の通り。
年度 | 1日平均 乗降人員[13] |
1日平均 乗車人員[14] |
出典 |
---|---|---|---|
1956年(昭和31年) | 9,090 | [* 1] | |
1957年(昭和32年) | 8,586 | [* 2] | |
1958年(昭和33年) | 9,655 | [* 3] | |
1959年(昭和34年) | 9,985 | [* 4] | |
1960年(昭和35年) | 21,429 | 10,494 | [* 5] |
1961年(昭和36年) | 22,036 | 11,096 | [* 6] |
1962年(昭和37年) | 23,965 | 12,068 | [* 7] |
1963年(昭和38年) | 26,310 | 13,239 | [* 8] |
1964年(昭和39年) | 28,155 | 14,174 | [* 9] |
1965年(昭和40年) | 29,826 | 15,047 | [* 10] |
1966年(昭和41年) | 29,140 | 14,529 | [* 11] |
1967年(昭和42年) | 29,159 | 14,478 | [* 12] |
1968年(昭和43年) | 24,721 | 12,214 | [* 13] |
1969年(昭和44年) | 30,248 | 14,946 | [* 14] |
1970年(昭和45年) | 29,585 | 15,259 | [* 15] |
1971年(昭和46年) | 32,234 | 16,386 | [* 16] |
1972年(昭和47年) | 35,250 | 17,697 | [* 17] |
1973年(昭和48年) | 35,857 | 18,167 | [* 18] |
1974年(昭和49年) | 37,188 | 18,891 | [* 19] |
1975年(昭和50年) | [注 1]37,353 | 18,564 | [* 20] |
1976年(昭和51年) | 35,418 | 17,428 | [* 21] |
1977年(昭和52年) | 32,498 | 16,109 | [* 22] |
1978年(昭和53年) | 31,791 | 15,976 | [* 23] |
1979年(昭和54年) | 31,160 | 15,590 | [* 24] |
1980年(昭和55年) | 29,594 | 15,300 | [* 25] |
1981年(昭和56年) | 30,498 | 15,271 | [* 26] |
1982年(昭和57年) | 30,960 | 15,552 | [* 27] |
1983年(昭和58年) | 31,784 | 15,681 | [* 28] |
1984年(昭和59年) | 32,156 | 15,666 | [* 29] |
1985年(昭和60年) | 32,175 | 15,691 | [* 30] |
1986年(昭和61年) | 33,002 | 16,108 | [* 31] |
1987年(昭和62年) | 32,902 | 16,059 | [* 32] |
1988年(昭和63年) | 33,106 | 16,211 | [* 33] |
1989年(平成元年) | 32,128 | 15,730 | [* 34] |
1990年(平成 | 2年)31,535 | 15,797 | [* 35] |
1991年(平成 | 3年)31,574 | 15,810 | [* 36] |
1992年(平成 | 4年)31,005 | 15,382 | [* 37] |
1993年(平成 | 5年)30,530 | 15,070 | [* 38] |
1994年(平成 | 6年)30,021 | 14,754 | [* 39] |
1995年(平成 | 7年)29,472 | 14,492 | [* 40] |
1996年(平成 | 8年)28,854 | 14,170 | [* 41] |
1997年(平成 | 9年)26,770 | 13,804 | [* 42] |
1998年(平成10年) | 26,362 | 13,590 | [* 43] |
1999年(平成11年) | 25,672 | 13,131 | [* 44] |
2000年(平成12年) | 25,626 | 13,038 | [* 45] |
2001年(平成13年) | 25,480 | 12,905 | [* 46] |
2002年(平成14年) | 25,156 | 12,728 | [* 47] |
2003年(平成15年) | 24,833 | 12,527 | [* 48] |
2004年(平成16年) | 24,354 | 12,496 | [* 49] |
2005年(平成17年) | 25,041 | 12,830 | [* 50] |
2006年(平成18年) | 25,736 | 13,200 | [* 51] |
2007年(平成19年) | 26,663 | 13,637 | [* 52] |
2008年(平成20年) | 26,410 | 13,438 | [* 53] |
2009年(平成21年) | 25,926 | 13,151 | [* 54] |
2010年(平成22年) | 25,493 | 12,932 | [* 55] |
2011年(平成23年) | 24,889 | 12,628 | [* 56] |
2012年(平成24年) | 25,479 | 12,904 | [* 57] |
2013年(平成25年) | 25,779 | 13,064 | [* 58] |
2014年(平成26年) | 25,796 | 13,061 | [* 59] |
2015年(平成27年) | 26,498 | 13,412 | [* 60] |
2016年(平成28年) | 26,724 | 13,505 | [* 61] |
2017年(平成29年) | 27,258 | 13,770 | [* 62] |
2018年(平成30年) | 28,149 | 14,244 | [* 63] |
2019年(令和元年) | 28,656 | 14,495 | [* 64] |
2020年(令和 | 2年)21,101 | 10,688 | [* 65] |
2021年(令和 | 3年)[小田急 2]22,423 | ||
2022年(令和 | 4年)[小田急 3]24,471 | ||
2023年(令和 | 5年)[小田急 1]26,183 |
駅周辺
編集世田谷区の豪徳寺に伝わる「招き猫」の伝説に因み、2010年6月12日に駅前に御影石で作られた招き猫像が設置された[15][16]。
隣の駅
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 当駅の乗降人員最高値年度
出典
編集- ^ 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、98-99頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ 佐藤信之「小田急電鉄連続立体化・複々線化事業を振り返る」『鉄道ピクトリアル』第68巻第6号(通巻946号)、電気車研究会、2018年6月1日、66 - 68頁、ISSN 0040-4047。
- ^ “小田急線 新駅舎のデザイン決定 世田谷の豪徳寺など5駅”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 29 朝刊. (1998年4月17日)
- ^ a b c d 編集部「小田急の複々線区間工事前後を見る」『鉄道ピクトリアル』第68巻第6号(通巻946号)、電気車研究会、2018年6月1日、37頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b c 杉田弘志「小田急電鉄 列車運転の変遷とその興味」『鉄道ピクトリアル』第60巻第1号(通巻829号)、電気車研究会、2010年1月10日、210頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b 『小田急線世田谷代田 - 喜多見間(6.4km)の複々線化が11月21日(日)に完成します。―これに伴い、12月11日(土)にダイヤ改正を実施し、所要時間の短縮を図ります―』(プレスリリース)小田急電鉄、2004年10月6日。オリジナルの2005年3月8日時点におけるアーカイブ 。2021年5月4日閲覧。
- ^ 『12月11日(土)、小田急線のダイヤ改正を実施 -複々線化区間の延伸、新種別の導入で所要時間が短縮します-』(プレスリリース)小田急電鉄、2004年10月6日。オリジナルの2005年3月8日時点におけるアーカイブ 。2021年5月4日閲覧。
- ^ 『2016年3月26日(土)小田急線ダイヤ改正を実施します ロマンスカー停車駅の新設および東京メトロ千代田線直通列車の増発』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2015年12月18日、6頁。オリジナルの2019年6月6日時点におけるアーカイブ 。2020年5月10日閲覧。
- ^ 『代々木上原 - 登戸間の「複々線化」により小田急の通勤が変わる! 2018年3月、新ダイヤでの運行開始 〜ラッシュピーク混雑率150%、町田〜新宿間の最大12分短縮を実現〜 〜快速急行の登戸停車や列車種別の新設で、都心へのアクセス向上〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2017年11月1日。オリジナルの2019年4月15日時点におけるアーカイブ 。2020年5月10日閲覧。
- ^ “豪徳寺駅のご案内 駅立体図”. 小田急電鉄. 2023年6月3日閲覧。
- ^ 2013年度の鉄道事業設備投資計画 (3)サービスの向上 ③行先表示装置の新設 (PDF) - 小田急電鉄(2013年4月30日閲覧)
- ^ 世田谷区統計書 - 世田谷区
- ^ レポート - 関東交通広告協議会
- ^ 東京都統計年鑑 - 東京都
- ^ 幸呼ぶ招き猫像 豪徳寺でお披露目 読売新聞 2010年6月13日 東京朝刊29頁
- ^ “発祥の地アピール 世田谷・豪徳寺駅前 招き猫像を設置”. 東京新聞 (2010年6月17日). 2014年3月2日閲覧。
- ^ “東京とんぶらこ824 豪徳寺(世田谷区)”. (2018年6月2日)
- 小田急電鉄の1日平均利用客数
- ^ a b c “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2024年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月14日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- 東京都統計年鑑
- ^ 昭和31年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和32年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和33年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和34年
- ^ 昭和35年
- ^ 昭和36年
- ^ 昭和37年
- ^ 昭和38年
- ^ 昭和39年
- ^ 昭和40年
- ^ 昭和41年
- ^ 昭和42年
- ^ 昭和43年
- ^ 昭和44年
- ^ 昭和45年
- ^ 昭和46年
- ^ 昭和47年
- ^ 昭和48年
- ^ 昭和49年
- ^ 昭和50年
- ^ 昭和51年
- ^ 昭和52年
- ^ 昭和53年
- ^ 昭和54年
- ^ 昭和55年
- ^ 昭和56年
- ^ 昭和57年
- ^ 昭和58年
- ^ 昭和59年
- ^ 昭和60年
- ^ 昭和61年
- ^ 昭和62年
- ^ 昭和63年
- ^ 平成元年
- ^ 平成2年
- ^ 平成3年
- ^ 平成4年
- ^ 平成5年
- ^ 平成6年
- ^ 平成7年
- ^ 平成8年
- ^ 平成9年
- ^ 平成10年 (PDF)
- ^ 平成11年 (PDF)
- ^ 平成12年
- ^ 平成13年
- ^ 平成14年
- ^ 平成15年
- ^ 平成16年
- ^ 平成17年
- ^ 平成18年
- ^ 平成19年
- ^ 平成20年
- ^ 平成21年
- ^ 平成22年
- ^ 平成23年
- ^ 平成24年
- ^ 平成25年
- ^ 平成26年
- ^ 平成27年
- ^ 平成28年
- ^ 平成29年
- ^ 平成30年
- ^ 平成31年・令和元年
- ^ 令和2年