貞子内親王

後陽成天皇の皇女、二条康道の北政所

貞子内親王(ていしないしんのう、慶長11年(1606年9月 - 延宝3年6月17日1675年8月9日))は、江戸時代皇族公家。摂政・二条康道北政所。幼名は逸宮

貞子内親王
続柄 後陽成天皇第六皇女

全名 貞子(ていし)
身位 内親王
出生 慶長11年(1606年9月
死去 延宝3年6月17日1675年8月9日)(享年70)
配偶者 二条康道
子女 二条光平
父親 後陽成天皇
母親 近衛前子
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元和9年(1623年11月24日に祝言を挙げた。媒酌人は太閤・鷹司信房夫妻。

延宝3年(1675年)薨去。享年70。二尊院に葬られた。戒名は貞了院宮。

一族編集

出典編集