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貴人鄭氏 (成宗)

李氏朝鮮第9代国王成宗の後宮

貴人鄭氏(きじん ていし、クィイン チョンシ、귀인 정씨、生年不詳 - 1504年3月20日)は李氏朝鮮第9代国王成宗後宮。本貫は草溪鄭氏朝鮮語版。鄭仁石(てい じんせき、チョン・インソク、정인석1424年?[脚注 1]。 - 1504年)の娘。金伊(きんい、クミ、금이[2]

貴人鄭氏
귀인 정씨
全名 鄭金伊
出生 不詳
死去 1504年
配偶者 成宗
父親 鄭仁石
母親 不詳
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目次

生涯編集

鄭仁石の娘として誕生し長じて王宮に入り2人の王子と1人の翁主(側室を母とする王女)を出産した。1483年時点では淑容に[3]、1504年時点では昭儀に封じられていたと記録されている[4]。同じく成宗の後宮であった淑儀厳氏とともに王妃尹氏を訴え、その後尹氏は廃位され賜死された[5][6]

燕山君は母親の廃位と死はこのふたりのせいだとして深く恨み[5]、1504(燕山10)年3月20日深夜、鄭氏と厳氏を王宮の庭に連れ出し緊縛して暴力を振るっただけでなく鄭氏の息子である安陽君李㤚朝鮮語版と鳳安君李㦀朝鮮語版に棒で2人を殴るよう命じた。李㤚は目の前にいるのが実母だと分からないまま2人を殴ったが李㦀は母親だと気付き何もしなかったという。燕山君はこれに激怒して2人が息絶えるまで殴らせた上、2人の遺体をバラバラにして塩漬けにし山や野にばら撒いて遺棄させた[7]。父鄭仁石も80歳を過ぎた高齢者で連座の対象ではなかった[1]にもかかわらず同年4月斬首刑に処せられている[8]

中宗即位後に身分が回復され貴人を追贈された[9]

家系編集

脚注・文献編集

脚注
  1. ^ 1504年時点で数え81歳であった[1]
  2. ^ 1488年に弟に対して身分を良人に引き上げる命令が出されている[10]
文献
  1. ^ a b 「義禁府堂上許琛, 金勘啓 嚴氏父山壽年八十二, 其姊金召史爲丹溪副正妻, 孽妹末今爲許則同妻, 兄嚴誨爲山松繼後, 鄭氏父仁石年八十一. 律云 年八十以上者, 不在緣坐之限, 出嫁及過房者, 皆不坐.」朝鮮王朝実録 燕山君日記52巻、燕山10年3月27日戊子2回目
  2. ^ 「推刷都監提調朴崇質, 金壽童, 金勘啓 王子女四家及鄭金伊, (銀召史)〔銀召伊〕 家, 今已封署, 請令郞廳帶軍士守直. 傳曰 㤚等家金銀, 珠玉, 寶器等, 輸置于尙衣院. 鄭金伊卽鄭氏, (銀召史)〔銀召伊〕 卽嚴氏。」朝鮮王朝実録 燕山君日記52巻、燕山10年3月28日己丑9番目
  3. ^ 「殿下初配韓氏, 亦明澮之女, 早薨, 諡曰 恭惠王后. 次配廢妃尹氏, 生男諱, 封爲世子. 次配鈴原府院君 壕之女, 生女, 幼. 淑儀金氏生一女, 嚴氏生一女, 淑容鄭氏生二男一女, 淑媛洪氏生三男一女, 宮人河氏生一男, 金氏生一女, 沈氏生一女, 皆幼.」朝鮮王朝実録 成宗実録155巻、成宗14年6月12日癸酉1回目
  4. ^ 「傳曰 銀召伊, 鄭金伊, 於里尼, 豆大等亦依克均等例, 瀦家, 立石紀罪, 埋屍處竝立石. 又令金勘等製罪名文. 銀召伊卽成宗後宮昭儀嚴氏, 鄭金伊卽成宗後宮昭儀鄭氏, 於里尼卽成宗保母, 豆大 成宗時典言也.」朝鮮王朝実録 燕山君日記54巻、燕山10年6月27日丙戌6回目
  5. ^ a b 심량근 귀인정씨(貴人鄭氏) (朝鮮語) people.aks.ac.kr 2019.2.2 10:20 (UTC) 閲覧
  6. ^ 有人詐稱監察尚宮家人。当初于権淑儀家。淑儀上之。其投書。厳鄭両昭容。将謀害中宮及元子云云。・・・上将廃中宮。・・・己酉夏五月。賜廃妃尹氏死。 燃藜室記述 第6輯「尹妃廃死」(国立国会図書館デジタルコレクション pp.227-228)
  7. ^ 「㤚, 㦀 鄭氏之出. 王以母妃尹氏廢死, 由於嚴, 鄭之譖, 夜縛嚴, 鄭于宮庭, 手自亂擊踐踏之, 召㤚, 㦀, 指嚴, 鄭曰 撲此罪人. 㤚暗不知爲誰撲之, 㤚心知其爲母, 不忍加杖. 王不之快, 令人亂撲, 備諸慘酷, 竟殺之. 王手劎立慈順王大妃寢殿外, 厲聲連叫曰 速出庭下. 甚迫. 侍女皆散走, 大妃猶不出, 賴王妃愼氏追到力救, 得不危. 王捽 㤚, 㦀髮, 至仁粹大妃寢殿, 開戶辱之曰 此大妃愛孫, 所進觴可一嘗. 督 㤚進爵, 大妃不得已許之. 王又曰 愛孫其無賜乎? 大妃驚, 遽取布二匹賜之. 王曰 大妃何殺我母? 多有不遜之辭. 後令內需司取嚴, 鄭屍, 裂而醢之, 散棄山野.」朝鮮王朝実録 燕山君日記52巻、燕山10年3月20日辛巳5回目
  8. ^ 「命斬嚴山壽, 鄭仁石.」朝鮮王朝実録 燕山君日記52巻、燕山10年4月1日壬辰7番目
  9. ^ 「傳曰 卒嚴貴人, 鄭貴人 【被害於燕山】 三年祭物, 磨鍊題給.」」朝鮮王朝実録 中宗実録1巻、中宗1年11月11日丙戌4回目
  10. ^ 「命淑容 鄭氏同生及仁粹王大妃殿侍女尙宮曺氏同生皆永許爲良.」朝鮮王朝実録 成宗実録220巻、成宗19年9月18日、戊寅2回目

関連項目編集