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概要編集

ゴダールの長篇劇映画第6作である。アルベルト・モラヴィアの同名小説を原作に、当時、2年前に結婚したばかりの妻アンナ・カリーナとの愛の問題に苦悩したゴダールが、自己を投影し、愛の不可能性を描いた[1]。当時の日本同様、斜陽化著しいヨーロッパの映画産業での映画づくりを描き、ハリウッド一辺倒の世界への不安も描かれている[1]。ドイツのサイレント映画の巨匠で、戦後アメリカのB級映画作家となったフリッツ・ラングが本人役で出演し、愛の問題にも映画産業の問題にも的確な言説を吐いている[1]

本作は1963年4月から5月に、イタリア南部・カンパニア州ナポリ県にあるカプリ島、およびラツィオ州にあるローマ市内のイタリア国立撮影所チネチッタでロケーション撮影が行われた。

アメリカ人プロデューサーとの撮影が頓挫するフリッツ・ラングは、劇中で映画『オデュッセイア』を撮ろうとしているが、現実世界のラングは、1960年の『怪人マブゼ博士』以降の監督作はなく、同作が遺作になっている。ゴダールがラングの助監督として本作に登場している。

本作は、フランスより先にイタリアで公開されたが、イタリア版では、ジョルジュ・ドルリューの音楽が、ピエロ・ピッチオーニの軽快なジャズに差し替えられて公開された。

ストーリー編集

 
チネチッタエントランス

女優カミーユ・ジャヴァル(ブリジット・バルドー)と脚本家のポール・ジャヴァル(ミシェル・ピッコリ)は夫婦である。夜、ふたりのアパルトマンのベッドルームでの会話は無意味、でもそれは夫婦らしいものであった。

翌朝、ポールはアメリカから来た映画プロデューサー、ジェレミー・プロコシュ(ジャック・パランス)と会った。ジェレミーはフリッツ・ラング(本人)が現在撮影中の映画『オデュッセイア』があまりにも難解であるとし、この脚本のリライトをポールに発注してきた。昼になって、カミーユが現れ、夫妻はジェレミーに自宅に誘われた。自宅でジェレミーは、カミーユをカプリ島でのロケーション撮影に来ないかと言う。それは夫が決めること、とカミーユは答えた。

アパルトマンに帰った後のポールとカミーユは、なぜかしっくりこない。夜、ふたりは別々の部屋で寝ることになる。ジェレミーから再び、カミーユへのロケのオファーの電話があった。ポールはポールで、本人次第だと答えてしまう。電話の後で激したカミーユは、ポールを軽蔑すると言い放つ。ジェレミーの誘いで映画館に行った後、カミーユはオファーを承諾した。

カプリ島。ここにはジェレミーの別荘がある。撮影現場でラング監督とはやはりうまくいかないジェレミーは、カミーユに、別荘へ戻ろうと言う。カミーユはポールを一瞥するが、ポールは、カミーユがジェレミーと別荘に帰ることを軽く承諾した。ポールは、それよりも、ラング監督との映画『オデュッセイア』の問題について議論をつづけたいのだ。

遅れて別荘に着いたポールは、カミーユに、あの日ポールに言い放った「軽蔑」ということばの真意を問いただす。答えはなかった。

翌朝、ポールに手紙が届く。そのカミーユからの手紙には、ジェレミーとローマへ発つと書かれていた。おなじころ、ハイウェイで派手な衝突事故が起きていた。大型車にぶつかり大破したスポーツカーには、血まみれの男女の死体があった。ジェレミーとカミーユの変わり果てた姿であった。

スタッフ編集

キャスト編集

役名 俳優 日本語吹き替え
テレビ版1 テレビ版2
カミーユ・ジャヴァル(女優) ブリジット・バルドー 北島マヤ 渋沢詩子
ポール・ジャヴァル(脚本家) ミシェル・ピコリ 滝田裕介 臼井正明
ジェレミー・プロコシュ(映画プロデューサー) ジャック・パランス 大塚周夫
フランチェスカ・ヴァニーニ ジョルジア・モル 北浜晴子
フリッツ・ラング(映画監督) フリッツ・ラング[2] 早野寿郎
ラングの助監督 ジャン=リュック・ゴダール
撮影監督 ラウール・クタール
シレン リンダ・ベラス

関連書籍編集

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  1. ^ a b c allcinemaサイト内の記事「軽蔑」の記述を参照。
  2. ^ 本人役での出演

関連項目編集

外部リンク編集