辻潤
辻 潤（つじ じゅん、1884年〈明治17年〉10月4日 - 1944年〈昭和19年〉11月24日）は、日本の翻訳家、作家、思想家。
つじ じゅん 辻 潤 | |
|---|---|
 | |
| 生誕 |
1884年（明治17年）10月4日 東京市浅草区向柳原町 （現：東京都台東区浅草橋） |
| 死没 |
1944年（昭和19年）11月24日 東京都淀橋区上落合 （現：東京都新宿区上落合） |
| 死因 | 餓死 |
| 墓地 | 西福寺（豊島区駒込） |
| 国籍 |
 日本 |
| 出身校 |
開成中学校 国民英学会 |
| 代表作 |
『天才論』(1914年） 『ですぺら』(1924年） 『絶望の書』(1930年） |
| 非婚配偶者 | 伊藤野枝 |
| 子供 | 辻まこと（長男）、若松流二（次男） |
| 親戚 | 津田光造（義弟） |
日本におけるダダイスムの中心的人物として世に知られ、ダダイスト、エッセイスト、劇作家、詩人、哲学者、僧侶（虚無僧）、尺八奏者、俳優とも評される。「1920年代という日本史の中で物議を醸す時代、作家にとって危険な言論統制の時期に、検閲や警察のハラスメントを経験し乍ら幅広く執筆翻訳した。現代日本の歴史的人物の中で最も興味深い人物」として現在も時代や国境を越えて注目、評価される。第二次世界大戦中の1944年（昭和19年）に自宅アパートの一室で死亡しているのが見つかる。警察医は死因を狭心症として処理。民間では餓死とも言われる。画家・詩人の辻まことは長男である。
生涯 編集
1884年（明治17年）10月4日に東京府東京市浅草区向柳原町（現：東京都台東区浅草橋）の市の下級官吏の長男として生まれる。裕福だった自宅は1892年（明治25年）に父の転勤によって三重県津市に3年間移り住み[1]、辻が開成中学校へ入学した12歳の頃には没落し始め、中学校を退学せざるを得なくなった。退学後は給仕をこなしながら初代荒木竹翁に尺八を習い[1]、国民英学会の夜学へ通って1904年（明治37年）に本橋区（現：中央区）の千代田尋常高等小学校の助教員（代用教員）に採用、翌年10月には専科正教員とされた[1]。開成中学校の同級生には小倉清三郎がおり、この頃から辻は幸徳秋水が発行する「平民新聞」を購読し、多くのアナキストとの親交をもつ。1908年（明治41年）には浅草区の精華高等小学校へ異動となり[1]、1911年（明治44年）には上野高等女学校（現：上野学園中学校・高等学校）の英語教師に赴任する傍ら、チェーザレ・ロンブローゾの著作を「天才論」と題して翻訳し始めた。のちの退職の原因となった伊藤野枝との恋愛問題については、辻が上野高等女学校の英語教師として転任後に野枝が4年生で編入学してきて知り合い、翌年に交際が発覚して辻が退職させられたものである[1]。辻はこれ以降、定職に就くことができなくなったため翻訳を仕事として野枝との同棲を選び[1]、野枝との間に1913年（大正2年）に生まれた長男は辻一、その2年後である1915年（大正4年）に生まれた次男は辻流二（若松流二）である。1914年（大正3年）にはかつて辻が翻訳していた「天才論」が出版されてベストセラーとなり[1]、野枝は平塚らいてうが編集長を務めていた雑誌「青鞜」の主力社員として活躍する。この頃に、辻と同じアナキストでのちに野枝と共に甘粕事件で殺害される大杉栄が辻夫妻と面会している。
野枝が手掛ける雑誌「青鞜」は、1916年（大正5年）に廃刊となる。仕事を失った野枝は大杉を追って出奔し、辻は当初、浅草で「バンタライ社」として英語、尺八、ヴァイオリンの教授という看板を掲げるが翌年には比叡山に籠り、放浪生活同然の境遇となる。1922年（大正11年）にはダダイズム運動を知り、自らをダダイストと名乗るようになる。この運動は林芙美子・武林無想庵・原民喜らに多大な影響を与えた。辻は野枝と別れた後に小島きよと同棲するが[1]、1923年（大正12年）9月1日に発生した関東大震災を経て同年9月16日に大杉と野枝が殺害される甘粕事件が発生したことを新聞の号外で知る[1]。この事件について辻は「婦人公論」に掲載された「ふれもすく」において「まことに悲惨である。惜しむべきである。悲しむべきである。さらに恐ろしいことであり、お話にならぬ出来事である。開いた口が塞がらぬほどに馬鹿げたことである」と痛烈に批判している[1]。
1924年（大正13年）には読売新聞に連載していたエッセイ「惰眠洞妄語」の中で、刊行されて間もない宮沢賢治の詩集「春と修羅」を取り上げて高く評価した。これは、賢治が中央の文芸関係者に評された最初の事例とされている。
1928年（昭和3年）には読売新聞社の第1回文芸特置員という名目でパリに約1年間滞在する[2]も、大半の時間を画家への希望を失っていた長男・まことと共に中里介山著「大菩薩峠」を読む日々とした[1]。帰国後は松尾季子と同棲しながらマックス・スティルネル著「唯一者とその所有」などの著訳書の出版や詩文の雑誌掲載を行ったものの、1932年（昭和7年）頃からは自宅の2階から「オレは天狗だぞ!!」と叫びながら飛び降りて青山脳病院に入院したり[1]、パーティー会場に参加しては「クワッ!クワッ!」と言いながらテーブルの上を駆け回るなどの兆候が現れる。旅先で警察に保護されてはまことが引き取りに向かう事が増えた[1]。1933年（昭和8年）には「変な顔」と題した文章に「自分も幾度か『歎異抄』という書を繰り返し読んで、親鸞の説に傾倒しているのだが、如何せん未だに親鸞のような絶大な信仰を獲得することが出来ないから、自分では情けないことだと考えているばかりで、どうかしてそのような『安心立命』を得たいものだと密かに念じてはいるのである」と書き、辻が仏教に救いを求めていたことがうかがえる。
晩年の辻は、以前から親交があって1934年（昭和9年）に亡くなっていた竹久夢二の次男・不二彦の自宅に1942年（昭和17年）から居候し[1]、1944年（昭和19年）1月に淀橋区上落合のアパート「静怡寮」の一室に滞在するようになるが[1]、放浪生活を終えたのは同年7月になってからだった[1]。そして同年11月25日、辻が室内で死亡しているのが見つかった。死因は餓死と見られ、少なくとも発見される前日には亡くなっていたとみられる。60歳没[1]。戒名は醇好栄潤信士[3]。墓は染井村（現：豊島区駒込）の西福寺にあり、墓碑はパリで親交のあった松尾邦之助らによって建立された。
著書 編集
- 浮浪漫語 下出書店 1922
- ですぺら 新作社 1924
- どうすればいゝのか? 昭光堂文芸部 1929(烏有叢書)
- 絶望の書 万里閣書房 1930
- 癡人の独語 書物展望社 1935
- 〔ボウフラ〕以前 昭森社 1936
- 辻潤集 全2巻 現代社 1954
- 辻潤著作集 全6巻別巻1 オリオン出版社 1969-70
- 辻潤選集 五月書房 1981.10 玉川信明編
- 辻潤全集 全8巻別巻1 五月書房 1982
- ダダイスト・辻潤 書画集 『虚無思想研究』編集委員会 1994
- 辻潤…孤独な旅人 玉川信明編 五月書房 1996.11
- 絶望の書 ですぺら 辻潤エッセイ選 講談社文芸文庫 1999.8
翻訳 編集
- 天才論 ロンブロゾオ 植竹書院 1914
- 阿片溺愛者の告白トーマス・デクウインシー 三陽堂書店 1918
- 響影 狂楽人日記 マコーウエル 三陽堂出版部 1918
- ド・プロフォンディス 一名・獄中記 オスカア・ワイルド 越山堂 1919
- 唯一者とその所有 人間篇 マツクス・スティルネル 日本評論社出版部 1920
- 一青年の告白 ジヨウジ・ムウア 新作社 1924
- 無政府主義と社会主義 プレカアノフ 世界大思想全集 第29巻 春秋社 1928
- 螺旋道 訳編 新時代社 1929
登場作品 編集
- 『風よ あらしよ』(2022年、 NHK BSプレミアム 、演 : 稲垣吾郎)