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近藤 鉄雄(こんどう てつお、1929年8月11日2010年3月4日)は、日本政治家自由民主党衆議院議員三木派・河本派に所属した。愛称は「コンテツ」。 1987年ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星付大賞、2000年勲一等旭日大綬章を受賞。

近藤 鉄雄
こんどう てつお
生年月日 (1929-08-11) 1929年8月11日
出生地 山形県南陽市
没年月日 (2010-03-04) 2010年3月4日(80歳没)
死没地 東京都
出身校 一橋大学経済学部
カリフォルニア大学バークレー校
前職 大蔵省課長補佐
所属政党 自由民主党
称号 勲一等旭日大綬章
ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星付大賞
親族 義父:野原正勝(元労働大臣)
子:近藤洋介(衆議院議員)

日本の旗 第56代 労働大臣
内閣 宮沢内閣
在任期間 1991年 - 1992年

内閣 第3次中曽根内閣
在任期間 1986年 - 1987年

選挙区 旧山形1区
当選回数 9回
在任期間 1972年 - 1996年
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目次

経歴・人物編集

母の実家のあった山形県南陽市で生まれ、米沢市で育った。父は海軍軍人で、近藤が小学校3年時に37歳で戦死した。以後、織物工場の寮母となった母の手ひとつで育てられた[1]

海軍兵学校高等商船学校を経て1953年一橋大学経済学部を卒業。マルクス経済学杉本栄一ゼミ出身。在学中は、ゼミの同期の宮川公男(一橋大学名誉教授)、玉井龍象金沢大学名誉教授)とともに、日曜日朝から杉本の家で開かれるゼミで、杉本の指導の他、ゼミの特別研究生であった伊東光晴京都大学名誉教授)や浅野栄一中央大学名誉教授)、ゼミOBの宮崎義一(京都大学名誉教授)、宮崎犀一(元東京女子大学教授)からも指導を受けた[2]

1953年大蔵省に入省(現財務省、昭和28年旧制入省組)。入省同期に、津島雄二安倍基雄吉野良彦、松尾直良(元関税局長)、河合一郎(元名証理事長)など。1954年フルブライト留学生としてカリフォルニア大学バークレー校に留学。後にカリフォルニア大学バークレー校日本同窓会会長及び名誉会長を務めた。

経済企画庁出向していた折、当時、長官だった三木武夫と出会い、通訳兼かばん持ちで三木の外遊に同行。政治の道に進むきっかけとなる[1]。その後、国際通貨基金日本代表理事補、大蔵省大臣官房調査課課長補佐等を歴任した後に退官。1969年総選挙に自民党公認で旧山形1区から出馬するが、落選。1972年9月の衆院補選[注 1]で初当選し、以後通算9期務める。出身地の山形県南部(南陽市や米沢市など)にはベテランの木村武雄などが地盤としていたため、家族と共に大票田の山形市に居を構えた[注 2]

小選挙区が導入されると、居住していた山形1区山形市)には新進党で有力だった鹿野道彦が強力な地盤を築いていたため、郷里の山形2区米沢市)で立候補。米沢市を地盤としてきた遠藤武彦と公認を争うことになり、閣僚経験のあるベテラン議員であり以前の選挙ではいつも遠藤を下風に立たせていたことから近藤が公認を得る。しかし、家族を山形市に住まわせ縁遠くなっていたことも一因として地元住民の好感を得られず、1996年総選挙では遠藤に敗れてしまう[注 3]。引退を決意し、長男・洋介を後継者に指名[注 4]。政界引退後、1997年に新時代戦略研究所を設立し代表取締役に就任。

所属派閥の三木派がハト派色の強かった中で、近藤自身はタカ派であり、自民党保守派の政策集団・青嵐会に三木派からただ一人メンバーとして参加した。また、口が悪かった点も中川一郎浜田幸一ら他の青嵐会メンバーと共通している。山崎拓は、青嵐会の強硬論についていけずに脱会を宣言した後、中川の命を受けた近藤に数日間にわたる執拗な説得を受けたという。その一方で、反金権の政治姿勢をとった点など所属派閥の領袖で師匠・三木に通じている面もある[注 5]

河本派の幹部として、経済企画庁長官労働大臣を歴任した。また、大蔵省時代の米国留学の経験から、金融関係をはじめ、米国やドイツなどの議員に知人も多かった。海部内閣時代には派閥の事務総長として、首相官邸と党側の間に立って苦労した。1990年には自民党金融問題調査会長(初代)に就任。証券不祥事再発防止策やノンバンクの土地関連融資規制問題などバブル崩壊の後始末に取り組む[3]。ほかに、自民党県連会長を2度務めた[4]

1993年2月の山形知事選では副知事だった高橋和雄擁立の中心となり、加藤紘一が推した土田正剛(当時山形県議会議員・現東根市長)などとの分裂選挙となる。高橋は当選するが選挙後、近藤は自民党党紀委員会から6ヶ月間の役職停止処分を科せられ、政調審議委員などを辞任した[5][注 6]

2010年3月4日すい臓がんのため、入院中の東京都内の病院で死去した。80歳没[6]。同月20日に米沢市で営まれた葬儀には後援会関係者ら約千人が参列。大蔵省の同期で後を追うように政界に進んだ津島雄二が弔事を読み、「コンテツさん、お別れの言葉を述べることがどれほどつらいことか」と遺影に呼びかけた[7]

遠藤利明や自民党県連幹事長を歴任した今井栄喜など、数多くの秘書歴任者が近藤の下から県政界に巣立った[4][8]

エピソード編集

郵政解散による2005年衆議院総選挙で話題となった「刺客候補」の一人・片山さつきは、舛添要一の元妻であることが知られているが、外遊中にパリでの案内役を務めた片山を気に入った近藤が、舛添に紹介したのが二人のなれ初めであるという。

家族・親族編集

義父は第3次佐藤内閣労働大臣を務めた野原正勝[注 7]、長男は無所属(以前は希望の党所属)衆議院議員の近藤洋介[注 8]

著書編集

  • 『税務署長日記』やまがた『若い世代』の会、1965年。
  • 『アメリカの若い農民とお嫁さんたち』やまがた『若い世代』の会、1966年。
  • 『世界を駆ける』経済往来社、1966年。
  • R.V.ローザ著、鈴木源吾監訳、津坂明、近藤鉄雄訳『国際通貨改革論』至誠堂、1966年。
  • 『原子力事始』近藤鉄雄、1982年。
  • 『超不死鳥の飛び立ち : 原子力の国際戦略』 電力新報社、1983年。
  • 『欧米における電気通信事業の視察報告』近藤鉄雄、1983年。
  • 編・著『テレコム開国 : 国際通信情報戦略ゼミナール』 コンピュータ・エージ社、1984年。
  • 『通信・情報・ニューメディア : 現代政治の新しい次元』通信情報戦略研究会、1984年。
  • 編著『環太平洋INS戦略 : 通信衛星が拓く新「太平洋の時代」』 東急エージェンシー出版部、1985年。
  • 『現代日本の経済政策 : 円高への挑戦』現代政策研究会、1986年。
  • 『現代日本の経済政策 : 国民化と国際化の戦略』現代政策研究会、1987年。
  • 近藤鉄雄編、J.デューゼンベリー ほか著『新展開・日米経済 : 均衡ある発展を求めて』ティビーエス・ブリタニカ、1989年。
  • 『リ・ホームの時代 : 日本経済国民化ビジョン』現代政策研究会、1994年。
  • 『リ・ホームの時代 : 豊かな「生活大国」への選択』 IN通信社、1994年。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 華山親義堀田政孝の死去に伴い実施
  2. ^ 旧山形1区は県庁所在地の山形市と南部の中心地米沢市を併せた選挙区だった
  3. ^ 遠藤は新進党・民主党推薦で出馬、後に自民党に移籍し2000年の総選挙以来、自民党の公認候補として選挙戦を戦っている
  4. ^ 2000年の総選挙では民主党推薦の無所属で出馬し落選、2003年の総選挙からは民主党公認で出馬し、比例復活で当選している
  5. ^ 1976年ロッキード事件田中角栄が逮捕されたとき、自民党の有志代議士会で「国民は田中逮捕でよかったと思っている。これからは三木体制でいくべきだ」と発言。事件が表沙汰になる前、派閥は違うが田中がよく面倒を見ていた近藤の発言に憤慨した田中派橋本龍太郎に殴られかけた。
  6. ^ 高橋は12年後の知事選で加藤の推した斎藤弘に敗北する。ちなみに、この時近藤の息子・洋介は高橋知事を支援している
  7. ^ 妻が野原の二女・宏子。
  8. ^ 大蔵官僚時代の米国派遣時に妻も伴ったため、ワシントンD.C.生まれである。

出典編集

  1. ^ a b 「第3次中曽根内閣 閣僚の横顔 近藤鉄雄・経企庁長官 56 」『朝日新聞』1986年7月23日
  2. ^ 「経済学と人生(玉井龍象先生を囲んでの研究会) (玉井龍象教授退官記念号)」
  3. ^ 「宮沢内閣の横顔」『朝日新聞』1991年11月6日
  4. ^ a b 「議員多数巣立つ 元労相 近藤鉄雄さん死去」『朝日新聞』山形版 2010年3月5日
  5. ^ 「近藤前労相を処分 6ヶ月役職停止に 自民党紀委」『朝日新聞』1993年3月12日
  6. ^ 近藤鉄雄氏が死去 宮沢内閣で労相”. 共同通信 (2010年3月4日). 2010年3月26日閲覧。
  7. ^ 「近藤鉄雄氏葬儀に1000人 米沢」『朝日新聞』山形版 2010年3月21日
  8. ^ 今井県議、勇退へ・山形市区 「次世代に託す」”. 山形新聞 (2019年1月21日). 2019年5月11日閲覧。
公職
先代:
小里貞利
  労働大臣
第56代:1991年 - 1992年
次代:
村上正邦
先代:
平泉渉
  経済企画庁長官
第37代:1986年 - 1987年
次代:
中尾栄一
議会
先代:
中村弘海
  衆議院科学技術委員長
1981年 - 1982年
次代:
森美秀