追憶 (1973年の映画)

1973年制作のアメリカの映画作品

追憶』(ついおく、The Way We Were)は、1973年アメリカ映画シドニー・ポラック監督。脚本を書いたアーサー・ローレンツは、大学時代に体験した学生運動を元にストーリーを練り上げた。

追憶
The Way We Were
監督 シドニー・ポラック
脚本 アーサー・ローレンツ
製作 レイ・スターク
出演者 バーブラ・ストライサンド
ロバート・レッドフォード
音楽 マーヴィン・ハムリッシュ
主題歌追憶
撮影 ハリー・ストラドリング・ジュニア
編集 マーガレット・ブース
配給 コロンビア ピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1973年10月16日
日本の旗 1974年4月13日
上映時間 118分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
興行収入 $45,000,000[1]
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あらすじ編集

理想主義的な左翼思想に傾倒する頑固なケイティーと、政治的主義にとらわれない考えを持つ人気者のハベル。信条が正反対の2人は大学で出逢い、卒業後それぞれの道を進む。第二次世界大戦の最中、ケイティーは偶然ニューヨークで、軍人となったハベルと再会し恋人同士になる。ケイティーはハベルの友人らのブルジョア気質に馴染めず、2人は一時は別れそうになるが戦後結婚した。学生時代から小説を書き本を何冊か出版していたハベルは脚本家としてハリウッドで徐々に認められるようになる。

しかし、マッカーシズムの時代が幕を開け、ハベルらがよく集まる映画監督の家に赤狩りの盗聴器が仕掛けられていたのを知ると、ケイティーの政治思想が再燃し、妊娠中にもかかわらず同志らと政府へ抗議に行った。そのことでますます反政府的な言論が制限的になりハベルの仕事にも影響を及ぼし、ハベルはふとしたきっかけで昔の彼女と浮気をする。よりにもよって学生時代の女とのハベルの浮気を知ったケイティーは傷つき、ハベルもケイティーの理想主義に疲れ果て、2人の仲に深い亀裂が入り始める。離婚を決意した2人だったが、ハベルはケイティーが無事に女児を出産したのを見届けてからケイティーの元を去った。

それから時が経ち、ケイティーはニューヨークでハベルを偶然見かけて声をかけた。ハベルはケイティーの知らない女性と再婚し、ケイティーも再婚していたが相変わらずその日も政治活動に熱心だった。ケイティーは懐かしいハベルに、娘が綺麗に成長していることを告げ、夫婦同伴で家に遊びにきてと言った。だがハベルはそれはできないよと告げ、2人は穏やかにお互いを愛しげに抱擁し合いその場で別れた。

キャスト編集

役名 俳優 日本語吹替
TBS 機内上映版[2]
ハベル・ガードナー ロバート・レッドフォード 有川博 野沢那智
ケイティ・モロスキー バーブラ・ストライサンド 弥永和子
J・J ブラッドフォード・ディルマン キートン山田
キャロル ロイス・チャイルズ 小宮和枝
ジョージ パトリック・オニール 平林尚三
フランキー ジェームズ・ウッズ
不明
その他
藤本譲
巴菁子
塚田正昭
竹口安芸子
小野健一
羽村京子
上山則子
島香裕
大滝進矢
菅原淳一
梅津秀行
日本語版製作スタッフ
演出 小山悟 
翻訳 高橋京子 
効果 遠藤堯雄/桜井俊哉 
調整 切金潤 
制作 東北新社
初回放送 1985年5月23日
『木曜ロードショー』

編集

余話編集

  • 2000年に発売されたDVDのメイキング・ドキュメンタリーには、本編でカットされたシーンがインタビューの場面で取り入れられている。ケイティが車の運転をしていると、政治運動をしている女子学生がおり、昔の自分を思い出すシーンである。
  • メイキングでは、ハベルとケイティが別れる理由も異なっているカットされたシーンが紹介されている。

参考資料編集

脚注編集

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出典編集

  1. ^ The Way We Were (1973)” (英語). Box Office Mojo. 2010年3月23日閲覧。
  2. ^ 『声のスターのすべて TV洋画の人気者』 162頁。

外部リンク編集