速中性子線治療(そくちゅうせいしせんちりょう、Fast neutron therapy)は放射線療法の一手法。

ワシントン大学に設置されている治療装置(2007年、現在は更新済み)。
中性子の照射を患部に限定するための装置の模式図

概要 編集

線形加速器サイクロトロンシンクロトロンなどの加速器から患部に中性子線を照射する[1]

世界で最初に行われた粒子線によるがん治療が速中性子線治療で1938年9月から1943年2月にかけてローレンス・バークレー国立研究所で250名が主に60インチサイクロトロン (Mean energy 16MeV) で治療され、17名の長期生存が得られた[2]。しかし、皮膚、骨などに強い障害が生じて一時中止された。1966年にイギリスで再開され、日本国内では放射線医学総合研究所で1969年にヴァンデグラフ型加速器を使用した速中性子線治療が試みられ、1975年にはサイクロトロンによる速中性子線治療が開始された[3]

生物学的な効果は、X線治療の4倍、陽子線治療の3倍とされる。唾液腺腫瘍、頭頚部腺様嚢胞癌、骨・軟部組織肉腫前立腺腫瘍、頭頚部腫瘍などに有効性が認められたものの、脳腫瘍食道癌膵臓癌子宮癌膀胱癌などは効果が見られず、前立腺癌治療の晩期直腸障害をはじめ晩期障害が標準放射線の治療よりも高く、治療施設、照射方法によって発生率が大きく異なることが判明した[4]。日本国内では1970年代から1980年代に進められたが、皮膚潰瘍などの副作用があり、大掛かりな装置が必要なのでガンマナイフサイバーナイフ重粒子線がん治療のような他の手法の実用化に伴い、日本国内では下火になり、現在は中性子捕捉療法が試みられる[5]

適用 編集

作用原理 編集

加速された中性子線を照射すると組織中の主に水素原子核から、陽子を弾き飛ばしながらエネルギーを失って、その過程で腫瘍細胞のデオキシリボ核酸 (DNA) に損傷を与える。中性子源としては、サイクロトロン発生速中性子、14-MeVT-d速中性子が使用される[4]

特徴 編集

  • X線に対する速中性子線の生物学的効果比 (Relative Biological effectiveness : RBE) は1.0以上でX線の照射よりも腫瘍に対して効果がある。
  • 人体照射時の線量分布は体表面で線量が高く、深部に行くに従って漸減する。
  • 線エネルギー付与 (Linear Energy Transfer:LET) で速中性子線を受けた細胞の回復はX線より低い。
  • 速中性子線の酸素増感比 (Oxygen enhancement ratio : OER) はX線よりも低い。
  • 後に実用化された外照射放射線治療法と比較してピンポイントでの正確な照射が困難で皮膚のような正常な細胞にも損傷を与える。

脚注 編集

  1. ^ 恒元博, 久津谷譲、「速中性子線治療について」 『日本放射線技術学会雑誌』 1973年 29巻 1号 p.2-10, doi:10.6009/jjrt.KJ00001368533
  2. ^ Stone, R. S. "Neutron therapy and specific ionization." The American journal of roentgenology and radium therapy 59.6 (1948): 771-785.
  3. ^ 野田真永, 村田和俊,中野隆史、「1 歴史」 『Radioisotopes』 2015年 64巻 6号 p.367-369, doi:10.3769/radioisotopes.64.367
  4. ^ a b 松岡, 祥介; 辻井, 博彦 (1996). "がん治療に用いられる速中性子線". 放射線利用振興協会. 2013-7-13時点のオリジナルよりアーカイブ。2017-7-9閲覧 {{cite web}}: |accessdate=の日付が不正です。 (説明)
  5. ^ "放医研に「速中性子線治療から陽子線更に重粒子線治療へ、 そして PET 研究へと転換するように」と梅垣からの提案" (PDF). 日本画像医療システム工業会. 1971. 2017-7-8時点のオリジナルよりアーカイブ (PDF)。2017-7-8閲覧 {{cite web}}: |accessdate=|archivedate=の日付が不正です。 (説明)

参考文献 編集

  • 森田新六, 中野隆史, 恒元博. "速中性子線治療の適応と問題点." 癌の臨床 31 (1985): 1552-1559.

関連項目 編集

外部リンク 編集