遅刻(ちこく、: tardiness)とは、(事前に)決められた時刻に遅れること[1]

概説 編集

国や文化圏ごとに遅刻に対する考えかたは大きく異なる。

イタリアでは列車が「遅れる」とは15分以上の遅れを指し、5 - 10分程度の遅延は遅れとは見なされない[2]フランスTGVも15分以上ズレなければ遅れとは見なされない[2]イギリスでは10分以内であれば遅れとは見なされず、ドイツでは5分以内は遅れとは見なされない[2]

このほか、ヨーロッパの大学の講義では伝統的に、講義は規定の時刻から15分程度遅れるものとされていることが珍しくなく、アカデミック・クォーターなどと呼ばれている。

アメリカ 編集

アメリカ合衆国でインターネット求人サイトを運営するキャリアビルダー社が、2011年に全米7000人の従業員と3000人の雇用者を対象にアンケートを行い統計をとった結果では、アメリカ人の16%は週に1度以上遅刻し、また27%は月に1度以上遅刻をしている、ということが明らかになった[3]。遅刻をした米国人が述べた理由を上位から挙げると次のようになる[3]

  • 道路がひどく混んでいたため(交通渋滞)(31%)
  • 寝不足によって(睡眠不足)(18%)
  • 悪天候により(11%)
  • 子供を学校に連れて行ったため。子供の面倒を見るため。(8%)

ただし、同社が雇用者に対して行った調査では、34%ほどの雇用者が、遅刻を理由として従業員を解雇したことがある、と回答しており[3]、必ずしも雇用者側が従業員の遅刻に大らかな訳ではない。

日本 編集

かつての日本でも、遅刻は一般的であった[4]。明治時初期に工業技術を伝えに来日したオランダ人技術者たちは、日本人がまったく時間を守らないことに呆れ、困り果てたという[4]。その後、時計が普及し、定時法などの西洋の時間のシステムが導入されても、相変わらず工場では遅刻が一般的で、鉄道などでも30分ほどの遅刻は当たり前であった[4]

そこで、日本政府は、「時の記念日」を制定するなどして、国ぐるみで時間規律の浸透に力を入れた[4]。その結果として、日本では昭和時代の初期に、時間を厳格に守る習慣ができた[4]

ただし、琉球諸島では、その他の地域とは異なった独特の時間感覚がある(ウチナータイム)。

将来を決定する入学試験当日などで交通機関の遅延による遅刻が生じた場合、各事業者の発行する遅延証明書が有効になる場合が多い。ただしこれらは遅延そのものを証明するのが目的であり、それによる各交通機関の責任や、遅延証明書の提示により各々の責任の免除を保障する性質のものではない。

遅刻の主な原因としては次のようなものがある。

  • 公共交通機関の遅れ(例えば鉄道では、荒天、ポイントや架線の故障、不況時の飛び込み自殺の増加などによって生じる)
  • 寝坊(目覚まし時計のかけ忘れ、低血圧で起きられない体質 等)
  • 事前の用意不足、出発間際になってから開始した用意
  • 出発間際に起こした様々な失敗
  • 日時を間違える
  • 事件や事故の被害に遭う

南アメリカ 編集

南アメリカでは、待ち合わせに10 - 20分程度遅れてくることはごく一般的で、たまたま早くついた場合は、早く着いた者同士で喋りを楽しむ文化がある。

ブラジルでは約束の時間に多少遅れても許容される文化は「ブラジリアンタイム」と呼ばれている[5]。しかし、試験などは厳格に実施されており、公立大学の入学判定、一次試験の代用、私立大学への政府奨励金の支給などに影響する全国中等教育学力試験(ENEM)では校門に警備員等が配置され、定刻を過ぎると試験会場の学校の校門は閉鎖されるため受験できない[5]

時差や夏時間による遅刻 編集

海外への出張旅行などの場合、時差を失念すると遅刻を引き起こすことがある。アメリカなどではによって数時間の誤差が生じる(アメリカ国内では最大4時間、ロシアでは最大10時間。)ために、時計を修正することが必要である。また、渡航地域によっては夏時間による時間のずれも生じる。

スポーツやテーブルゲーム等における遅刻 編集

スポーツの試合や対局を行うテーブルゲームなど相手がいる競技においても遅刻をしないことは原則であるが、遅刻した場合の扱いは、競技やゲームの種類による。

チェスは、試合開始の時刻と定められた時刻に、対局時計先手側(つまり白色側)の時計を作動させ始め、持ち時間が減ってゆく。あらかじめそれぞれの持ち時間は30分と決められた試合では、先手が10分遅刻して到着すれば、すでに10分を消費した扱いになり残り20分の状態で初手を打ち始めることになる[6]。30分遅刻した段階で持ち時間ゼロという扱いになる[6]

スポーツの場合は、一定時間の遅刻をすると、放棄試合や失格等の措置が取られ不戦敗となり、ペナルティーが課せられる事が多い。

  • 日本の公認野球規則の規定では、球審が試合開始時刻にプレイを宣告してから、一方のチームが5分を経過してもなお競技場に出ない場合には没収試合となる。
  • 囲碁の場合は、日本棋院の規定では、囲碁棋士が対局に遅刻した場合は遅刻時間の3倍の時間を持ち時間から引かれる。また原則として1時間の遅刻で不戦敗となる。
  • 将棋の場合は、日本将棋連盟の規定では、将棋棋士が対局に遅刻した場合は遅刻時間の3倍の時間を持ち時間から引かれ、それにより持ち時間が無くなった場合は不戦敗となる。また、2013年に規定が改正され、たとえ持ち時間が3時間以上の棋戦であっても、1時間の遅刻で不戦敗とされるようになった[7]

戦略・戦術的な遅刻 編集

ロシアの大統領のウラジーミル・プーチン首脳会談などで毎回遅刻することで有名である[8]

2016年ころにドイツの調査会社がイギリスのインデペンデント紙の依頼でまとめた「ウラジミール・プーチンの会談の遅れぶり概算表」によると、最も長くプーチンに待たされた首脳はドイツのメルケル首相で、2014年に4時間15分の遅刻を記録。2位は僅差で、ウクライナのヴィクトル・ヤヌコーヴィチ前大統領の4時間。3位は同率が3人おり、安倍晋三首相(当時)、ユーリヤ・ティモシェンコ元ウクライナ首相、ルカシェンコ・ベラルーシ大統領それぞれ3時間(2016年)だった。安倍首相は、2018年も2時間半待たされたことにより、その時点で累計記録でトップに立った可能性もあった[8]

プーチンが遅刻する理由については、要人をあえて待たせることにより、自身の権威を高める「政治的なパワープレイ」だという指摘も多い[8]。米国大統領のドナルド・トランプも時刻を守らないことで知られていたが、ヘルシンキでの首脳会談では、プーチンのほう待ちぼうけを食らわせたことで、アメリカ大統領を「上回った」とビジネス・インサイダー誌は表現したという[8]。Newsweek誌もプーチンが遅刻するのは意図的常套手段であり、それにより会談を出だしから有利に進めることができると判断しているという[9]

北朝鮮の指導者は(金正日も金正恩も)、友好国の中国へと専用列車で移動する時に、予定よりもわざと遅れて動いたり、逆に予定よりも早く動くということを繰り返し、事前に公表した予定どおりに動くことは意図的に避けている。一説によると、わざと気まぐれに遅刻したり早く動くことで、線路ごと爆破されて暗殺されることを防いでいるという。中国のメディアは2004年のリョンチョン駅列車爆発事件金正日の暗殺を狙った事件と言う[10]。息子の金正恩に対しても、正恩を憎む北朝鮮国内の人物によって、専用列車を爆破する暗殺計画が練られたが、未遂に終わったという[11]

日本史における有名な遅刻 編集

脚注 編集

  1. ^ 広辞苑第六版
  2. ^ a b c 『定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか』
  3. ^ a b c http://www.careerbuilder.com/share/aboutus/pressreleasesdetail.aspx?id=pr676&sd=1%2F12%2F2012&ed=12%2F31%2F2012
  4. ^ a b c d e 『遅刻の誕生』
  5. ^ a b 相談窓口担当者のための「多文化」ってこういうこと”. 公益財団法人 愛知県国際交流協会. 2020年12月5日閲覧。
  6. ^ a b [1]
  7. ^ 田丸の勝率、里見香奈女流四冠へのコメントと遅刻の罰則規定について - 田丸昇、2013年9月2日(2013年12月5日閲覧)。
  8. ^ a b c d [2]
  9. ^ Newsweek, 遅刻魔プーチンの本当の「思惑」とは
  10. ^ [3]
  11. ^ [4]

参考文献 編集

  • 橋本毅彦・栗山茂久編『遅刻の誕生』(2001年8月、三元社)ISBN 9784883030835
  • 三戸祐子『定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか』(新潮文庫。2005年4月24日、新潮社ISBN 9784101183411

関連項目 編集