遷移

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遷移確率振幅から転送)

遷移(せんい)とは、「うつりかわり」のこと。類義語として「変遷」「推移」などがある。

自然科学の分野では transition の訳語であり、一般に、何らかの事象(物)が、ある状態から別の状態へ変化すること。さまざまな分野で使われており、場合によって意味が異なることもある。以下に解説する。

物理学や化学における遷移 編集

物理学化学では、物質エネルギーを吸収(あるいは放出)し、状態が変化することを遷移、transitionと言う。なお、あるから別の相へ変わる相転移 (phase transition) のことを「相遷移」とは言わない。

量子論における遷移 編集

たとえば原子が光を放出・吸収する場合、原子は光との相互作用によってある定常状態からエネルギーの違う他の定常状態に時間変化する。このような状態の変化を遷移という。量子論での遷移の概念を最初に提唱したのはニールス・ボーアである(ボーアの原子模型)。そして遷移振幅の確率を計算できる方法はポール・ディラックによって構築された[1]

遷移確率 編集

ここでは例としてエネルギー固有状態摂動が加わったときの遷移確率について考える。ハミルトニアン固有ベクトル(固有関数)であるエネルギー固有状態は定常状態であり、系の外部からの摂動が無ければ系は定常状態にとどまっている。外部からの摂動が加わると、系は新たなハミルトニアンの固有状態になっていないときはシュレディンガー方程式に従って時間変化し、他の定常状態に遷移する。始状態 に摂動が加わってからt秒後の状態を とすると、状態 から別の定常状態 への遷移確率 で定義され、 遷移振幅と呼ばれる。

たとえば摂動が加わってt秒後の系 において、摂動を取り除き、間髪入れずにエネルギーの測定をしたとする。このときエネルギーの測定は摂動が加わってない状態で行われている。よってエネルギーの測定値が がである確率はボルンの規則より、摂動が無いときのハミルトニアンの に対応する固有ベクトル を用いて と表せる。よってこのとき遷移確率が100%であるということは、最初 だった系が、摂動によってt秒後には測定値が100%の確率で が得られる状態 に行き着いており、他の状態は重ね合わせられていないことを意味する。

摂動が加わって十分に時間がたつと、遷移確率は時間tに比例することが多いため、単位時間当たりの遷移確率 がよく用いられる。時間依存を考慮した散乱理論によると、摂動 が与えられて十分に時間が経過したときの単位時間あたりの遷移確率 は以下のように表される。

 

ここで はデルタ関数でエネルギー保存を表す。 は摂動 に対応したT行列である。

一般的には摂動が小さいとして、摂動論によって求められた遷移確率を用いることが多い。この場合、T行列要素は次のように摂動展開される。

 
 
 

摂動の一次の範囲まで(一次のボルン近似)では、遷移確率は次のように与えられる(フェルミの黄金律)。

 

一次の摂動が選択律などで禁止されている場合や光散乱などを扱う場合には、より高次の摂動を計算しなければならない。二次の摂動まで含めた場合は、 の遷移は仮想的な中間状態 を経由する。この中間状態ではエネルギーが保存されなくてよいが、 の状態が主要になる。この二次の摂動まで含めた場合の遷移確率は次のように与えられる。

 

具体例 編集

これらの遷移は、ヤブロンスキー図などを用いて表現される。

流体力学における遷移 編集

流体力学では、層流から乱流に流れの状態が変化することを層流から乱流に"遷移"するという。

群集生態学における遷移 編集

群集生態学では、ある基質上の生物群集が時間的経過にそって、一定の不可逆な種組成の変化をしめす場合にこの言葉を使う。特に、植物群集を中心にした遷移は、生態系の発達にも関わって重要である。

情報工学における遷移 編集

オートマトン理論として知られている情報工学の一分野では、遷移とはシステムの状態が変化することを意味する。有限オートマトンは矢印付きの弧でその遷移を表す一方、ペトリネットは特別なノードの要素として表す。状態遷移表状態遷移図も参照されたい。

脚注 編集

  1. ^ C・ロヴェッリ『すごい物理学講義』河出文庫、2019年、163頁。