避暑地(ひしょち)とは、避暑のために訪れる土地。夏でも冷涼な気候であることが求められるため、標高の高い地域や、緯度の高い地域が選ばれることが多い。多くの人が避暑に訪れ、都市化している所もあるが、数軒の別荘が建ち並ぶのみの閑静な避暑地も多い。海流の影響で真夏日がない釧路は本格的な避暑地である。

逆の意味として「避寒地」があり、欧州のリヴィエラやアメリカのマイアミなどがこれにあたる。名称自体は日本では一般的ではないものの、年始・年末に多くの日本人が訪れるハワイサイパンなどもこれにあたる。

日本における避暑地編集

日本では、明治時代外国人商人宣教師教師が外国人避暑地を日本国内に造ったのが始まりで、東アジア熱帯亜熱帯地域からも日本の外国人避暑地に訪れる者が見られた。これらの避暑地は、1、2か月の長期滞在型別荘地であることが多い。

後に日本人富裕層にも広がり、現在[いつ?]では一般的に見られるようになっている。一般化してからは、別荘を所有することなく、短期の宿泊で避暑を行う者も増え、ホテル旅館コテージ温泉などの宿泊施設がそれらの避暑客に対応している。特に夏季に酷暑が長期間となることが多い太平洋ベルト地帯の大都市住民の需要が大きく、主だった商業的避暑地は三大都市圏の近辺に多い。中央高地山梨県長野県岐阜県に著名な避暑地が見られる。

近年[いつ?]の交通機関の発達により、海外の避暑地を訪れる者も珍しくなくなった。

日本三大外国人避暑地編集

外国人より「の軽井沢、の野尻湖、の高山」と称され、これらは「日本三大外国人避暑地」とされる[1][2]

本国から離れ、日本各地へ散らばって生活をしている外国人にとって、外国人避暑地は通信交通が現在より不便だった時代、年1回集まって情報交換をする重要な地区であった。現在[いつ?]は通信手段も交通手段も格段に発達したため、その面での重要性は薄れている。

野尻湖の神山国際村、七ヶ浜町高山国際村は外国人所有の別荘が未だ多く残っており、毎夏旧来の避暑客が訪れるなど、かつての趣を残している。ただし、いずれも一帯が私有地の立入禁止区域であり一般には公開されていないため(ゲーテッドコミュニティ)、世間からの認知度は年々低くなっている。一方で軽井沢は、当時から日本人に比較的オープンな土地柄であったために、著名人の来訪も相まって一大リゾート地へと発展した。そのために原点であるかつての外国人避暑客は去ったものの、地域のブランド化に成功している。

日本三大外国人避暑地
現称 観光地名 所在地 開発開始年 開発者 利用制限
高山国際村 日本三景松島 宮城県宮城郡七ヶ浜町 1889年明治22年) アメリカ 外国人所有制[3]
旧軽井沢 軽井沢 長野県北佐久郡軽井沢町 1888年明治21年) カナダ 日本人に開放
神山国際村 野尻湖 長野県上水内郡信濃町 1920年大正9年) カナダ人 外国人会員制[4]
  日本三大外国人避暑地

南アジア・東南アジアの避暑地編集

インドをはじめ南アジア東南アジアでは3~7月にかけて熱波に見舞われ、最高気温が40℃を超える日は珍しくない。そのため、西欧列強による植民地時代以降に避暑地が設けられたところが多い。

パキスタン編集

インド編集

主にヒマラヤ山麓と、西ガーツ山脈東ガーツ山脈に位置しているものが多い。

スリランカ編集

ネパール編集

ミャンマー編集

マレーシア編集

インドネシア編集

インドネシア活火山が多く存在するため、その山麓やカルデラ内に避暑地が造られることが多い。

タイ編集

カンボジア編集

ラオス編集

ベトナム編集

フィリピン編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 学院史編纂室便り No.16 (2002年11月20日)関西学院学院史編纂室)
  2. ^ 避暑地軽井沢とA.C.ショー(三田評論 No.1139(2010年11月号) 慶應義塾大学出版会
  3. ^ 高山ビーチカンパニーが管理。当避暑地に別荘がある者とその家族・知人が利用できる。
  4. ^ 野尻湖協会 (Nojiri Lake Association)が管理。会員になれば利用できる。

関連項目編集