那須衆(なすしゅう)は、江戸時代交代寄合として、幕府に仕えた旗本のうち、那須氏下野国福原1000石)・福原氏下野国佐久山3500石)・蘆野氏下野国芦野3016石)・大田原氏下野国森田1300石)の四家を指す。四衆(那須衆・美濃衆伊那衆三河衆)の一つ。当初は那須氏と一族の福原氏、芦野氏、千本氏、伊王野氏に大田原・大関氏を加えた七氏からなり、小田原征伐に参陣せず那須氏は所領没収され、他の6氏は本領安堵・加増を受けている。江戸期の那須衆は伊王野氏が無嗣断絶となったほかは、大田原・大関氏は大名となっている。

参考文献編集

  • 日本城郭史学会・西ヶ谷恭弘編『国別城郭・陣屋・要害・台場事典』東京堂出版 2002年を一部加筆。

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