酒井 忠節(さかい ただたか)は、江戸時代中期の越前国敦賀藩の世嗣。官位播磨守

 
酒井忠節
時代 江戸時代中期
生誕 寛保2年(1742年
死没 寛政8年5月26日1796年7月1日
官位 播磨守
越前敦賀藩世嗣
氏族 酒井氏(雅楽頭家)
父母 酒井忠香水野忠定
兄弟 忠恕忠節水谷勝政忠言山名豊磐忠貞忠進内藤正弼正室、
水野忠敞正室、浅野長富正室、
酒井忠記正室、滝川利雍正室、酒井忠貞
酒井忠恭
土井利信娘・由利
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略歴

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越前国敦賀藩4代藩主・酒井忠香の次男として誕生。母は水野忠定の娘。正室は酒井忠恭の娘、継室は土井利信の娘・由利。

兄・忠恕が夭逝したため、藩主・忠香の嫡子となる。宝暦7年(1757年)、9代将軍。徳川家重御目見する。安永3年(1774年)、病弱を理由に廃嫡された。代わって、弟・忠言が嫡子となった。

寛政8年(1796年)に没した。