ロッテグループ > 重光武雄

重光 武雄(しげみつ たけお、1922年10月4日[2](戸籍上の生年月日であり、実際は1921年[3]) - )は、日本実業家である。日本統治時代の朝鮮慶尚南道蔚山郡(現・蔚山広域市)出身の在日韓国人一世。本名は辛 格浩(シン・キョクホ、またはシン・キョッコ、신격호)。ロッテグループ会長、日本プロ野球のチーム千葉ロッテマリーンズ大韓民国プロ野球のチームロッテ・ジャイアンツのオーナーを務める。韓国第5位のロッテグループ財閥の総帥でもある。

しげみつ たけお(シン・キョッコ)
重光 武雄(辛 格浩)
生誕 (1922-10-04) 1922年10月4日(95歳)
(実際は1921年
大日本帝国の旗 日本統治時代の朝鮮慶尚南道蔚山郡
大韓民国の旗韓国蔚山広域市
国籍 大韓民国の旗 韓国[1]
出身校 早稲田実業学校
職業 ロッテホールディングス会長
千葉ロッテマリーンズオーナー
ロッテ・ジャイアンツオーナー
辛 格浩(重光 武雄)
各種表記
ハングル 신격호
漢字 辛格浩
発音: シゲミツ タケオ
シンキョクホ(シンギョッコ)
日本語読み: しげみつ たけお
ローマ字 Shin Kyukho
Shigemitsu Takeo
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目次

経歴編集

  • 1921年 - 日本統治時代の朝鮮(現韓国)の慶尚南道蔚山郡で5男5女の長男として誕生[4]
  • 1942年 - 関釜連絡船に乗って日本本土へ転居。新聞・牛乳配達などをしながら文学徒の夢を抱いた[4]。 
  • 1944年 - 早稲田実業学校卒業。卒業後に日本人の友人の勧めで切削油生産工場を設立し、事業家の道に入った。 戦時中の連合国の爆撃で建設したばかりの工場は全焼したが、 辛の誠実な性格を信じて5万円という多額[5]を出資した日本人投資家は、稼働前に工場が爆撃で灰になっても辛を最後まで信じた。 崩れた軍需工場で石鹸を作って再起して、辛はその日本人投資家に借金を1年半で全額返済、感謝の気持ちで住宅1軒を贈った[4][6]
  • 1947年 - 戦後に進駐軍のチューインガムが人気なのを見て、ガム製造に乗り出す[7][8]
  • 1948年 - 6月株式会社ロッテ設立。代表取締役社長に就任。
  • 1954年 - サッカーW杯予選出場のために来日する韓国代表チームの支援活動を始める[7]。のちに1964年東京オリンピックの韓国選手団を支援。
  • 1967年 - 4月韓国ロッテ製菓設立して、日本で稼いだ資金で一方的に韓国に投資した。 辛会長は韓国に進出する際、食品会社ではなく重化学会社の設立を希望していたが、石油化学事業はLGグループが事業者になって断念した。製鉄業を朴正煕大統領に勧められたが、後にポスコという国家がやることになって製鉄業は諦めた[6]
  • 1969年 - 岸信介の仲介で東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)のスポンサーとなり、球団名をロッテオリオンズとするが、球団経営は引き続き大映に委ねた。
  • 1971年 - 大映の経営危機により、正式にロッテオリオンズの経営権を譲り受けるが、オーナー職は球団の個人株主で大映経営時代の副オーナーだった中村長芳に委ねた。
  • 1972年 - 中村が退任して他球団の経営権を買収したため、11月ロッテオリオンズのオーナーに就任。
  • 1979年 - ロッテホテル開業。最終的に利益を出すのが難しいホテル業は韓国に一流ホテルがなかったので日本の帝国ホテルを参考にして成功する[6]。1988年のソウルオリンピックの際には同ホテルに五輪組織委員会本部が置かれた[7]
  • 1997年3月にオープンした釜山ロッテワールドの開館式では、日本の元首相4人が韓国に来て一緒にテープカットを行った。 日本現地でも珍しいことで、交遊の幅広さを示した[6]。 
  • 2009年 - 7月1日、創業以来務めてきたロッテグループ社長を退き、会長に就任した。
  • 2015年 - 7月、代表権のない名誉会長に退いた。[9]

三つの経営原則編集

  •  理解できていない事業にはいきなり手をつけないこと
  • 可能性がある事業を始める時は徹底的に調査をしながら準備するということ。
  • 事業に失敗しても株主も経営者も誰も被害を受けない範囲で投資資金を借り入れること[6]

親族編集

  • 妻:盧順和(ノ・スンファ)(1922-51)- 最初の夫人。長女をもうけた[10]
  • 妻:重光初子(旧姓:竹森)(1927-)- 日本人で、長男と次男をもうけた。生家とともにロッテグループの大株主[11]
  • 妾:徐美敬(ソ・ミギョン)(1959-)- 初代ミスロッテ(1977年)。次女をもうけた。
  • 長女:辛英子韓国語版(シン・ヨンジャ)(1941-) - ロッテ百貨店共同創業者、ロッテ福祉財団理事長[12]。2016年7月7日、横領罪で逮捕。[13] 2017年1月19日、ソウル中央地裁より懲役3年が言い渡された。[14]
  • 長男:重光宏之(辛東主) - 元日本ロッテグループ副会長[15]
  • 次男:重光昭夫(辛東彬)- 韓国ロッテグループ会長兼千葉ロッテ球団オーナー代行兼韓国ロッテジャイアンツオーナー。
  • 次女:辛ユミ(1983-)- ロッテホテル顧問。
  • 弟:辛春浩(シン・チュンホ)- 韓国の食品メーカー農心の創業者。
  • 甥:辛東仁韓国語版 - 元・韓国ロッテジャイアンツオーナー代行。

脚注編集

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  1. ^ ロッテグループ、日本ロッテが事実上支配 朝鮮日報 2015年7月30日
  2. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.221
  3. ^ [홍성추의 재벌가 인사이드(30)롯데그룹, 일본 기업될까? 한국 기업 될까?] 朝鮮日報 2015年1月14日
  4. ^ a b c 辛格浩ロッテ会長、文学徒から半世紀で40兆ウォンのグループに育成(1)
  5. ^  当時の日本の会社員の平均月給は80〜100円程度
  6. ^ a b c d e 辛格浩ロッテ会長、文学徒から半世紀で40兆ウォンのグループに育成(2)
  7. ^ a b c 町井久之関連人物・重光武雄
  8. ^ http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/971652/1
  9. ^ <ロッテ経営権紛争>親族3人が長男の辛東主側に(2) _ Joongang Ilbo _ 中央日報
  10. ^ <ロッテ経営権紛争>親族3人が長男の辛東主側に(2)中央日報日本語版、2015年07月31日
  11. ^ <ロッテ経営権紛争>辛格浩会長に妻が解決法提示、大株主として後継議論中央日報日本語版、2015年08月02日
  12. ^ 日韓グローバル企業の“お家騒動”…ロッテ・グループ、長女が父親の日本行きに同行…目的は次男の理事職解任だった WoW!Korea 7月29日
  13. ^ 産経新聞 7月7日ロッテ創業者の長女を逮捕 韓国地検、裏金2.6億円受領疑い [1]
  14. ^ 統合ニュース 2017/1/19 ロッテ創業者長女 一審で懲役3年の実刑判決=韓国[2]
  15. ^ “ロッテ持ち株会社、重光宏之副会長を経営陣から追放 創業者の長男”. 産経新聞社. (2015年1月9日). http://www.sankei.com/economy/news/150109/ecn1501090024-n1.html 2015年1月10日閲覧。 

参考文献編集

  • 『魂の相克 在日スポーツ英雄列伝』大島裕史, 在日本大韓体育会、講談社 (2012/2/10)