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野村 三郎(のむら さぶろう、1933年 - )は、ウィーンに拠点を置く、日本音楽評論家音楽社会学者、ウィーン・メロス音楽研究所代表[1]

「ウィーンの音楽界では最も著名な日本人」と評される[2]

経歴編集

鹿児島県生まれ[1]

1952年に上京し[3]早稲田大学に学び、大学院博士課程を修了(学位は取得していない)[1]

鹿児島短期大学教授を経て[1]1970年にウィーンへ留学し、ウィーン大学ウィーン国立芸術大学に学んだ[4]東邦音楽大学教授となり、後に理事にもなった[1]

また、霧島国際音楽祭の創設にも関わった[1]

1991年、東邦音楽大学の研修施設として東邦ウィーンアカデミーを開設のために再度ウィーンに渡り、1999年まで、その責任者を務め、以降も活動の拠点をウィーンに置いている[4]

おもな著書編集

  • ウィーン・フィルハーモニー : その栄光と激動の日々、中央公論新社、2002年
  • グリュース・ゴット・ウィーン2005!! : モーツァルトから小澤までウィーンを聴く、観る、歩く、ショパン、2005年
    • ウィーン三昧 : ウィーンを聴く、観る、歩く、ショパン、2007年
  • 「音楽的」なピアノ演奏のヒント : 豊かなファンタジーとイメージ作り、音楽之友社、2012年
  • ウィーン国立歌劇場 : すみからすみまで、音楽之友社、2014年

評論活動では、『音楽の友』、『音楽藝術』、『ムジカノーヴァ]』、『ショパン』などに多数の寄稿を残している[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g ライナー・キュッヒルと音楽評論家野村三郎氏によるウィーン・トーク&ライヴ (PDF)”. 音楽之友社. 2015年1月8日閲覧。
  2. ^ ウィーン在住野村三郎氏の来日講演と講座”. 日本ラトビア音楽協会 (2010年11月16日). 2015年1月8日閲覧。
  3. ^ 野村三郎 (2012年12月15日). “書斎の窓から『21世紀へ』”. 野村三郎. 2015年1月8日閲覧。
  4. ^ a b 野村三郎『オーストリア日本人会設立50周年記念誌 オーストリア日本人会の50年』(PDF)オーストリア日本人会、2008年12月1日、17-18頁。2015年1月8日閲覧。

外部リンク編集