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野見神社(のみじんじゃ)は、大阪府高槻市にある神社である。式内社論社で、旧社格郷社

野見神社

Nomijinja01.jpg
拝殿

所在地 大阪府高槻市野見町6-6
位置 北緯34度50分43秒
東経135度37分16.5秒
座標: 北緯34度50分43秒 東経135度37分16.5秒
主祭神 須佐之男命
野見宿禰命
社格 式内社(小)・郷社
創建 9世紀末
例祭 10月第2月曜日
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須佐之男命野見宿禰命祭神として祀る。

由緒編集

9世紀末、平安時代中期の宇多天皇の時代(887年 - 897年)、この地方に疫病がはやり、神託により牛頭天王(ごずてんのう、須佐之男命)を祀ったところ、疫病が治まったので、社殿を造営したという。江戸時代までは「牛頭天王社」と称していた。

10世紀末に高槻城が築城され、城内守護として崇敬されたが[1]、16世紀、高山右近が高槻城主となったとき、右近はキリスト教を信仰していたため、高槻城内にあった当社の社殿を破壊し社領を没収した。1619年元和5年)、高槻城主松平紀伊守が社殿を再建した[2]

明治元年の神仏分離により祭神の名を須佐之男命に変更した。さらに野見宿禰命を合祀して「野見神社」に改称した[2]。このため、延喜式神名帳に記載された式内社野見神社の論社の一つとされているが、『大阪府史蹟名勝天然記念物』では、式内・野見神社に擬せるために野見宿禰を合祀して「野見神社」に改称したものであると断じ、式内・野見神社の後裔社は同じ高槻市内の上宮天満宮摂社「野身神社」であるとしている。明治4年、式内社であるとして県社に列格したが、明治5年11月に郷社に降格された。

祭神編集

行事編集

  • 歳旦祭 - 1月1日
  • とんど祭 - 1月15日
  • 節分祭 - 2月3日
  • 奉納泣き相撲 - 4月29日
  • 夏越の大祓(茅の輪神事) - 6月30日
  • 秋季例大祭 - 10月第2月曜日
  • 新嘗祭 - 11月23日
  • 年越の大祓 - 12月31日

境内編集

社殿編集

  • 本殿 - 1682年
  • 拝殿 - 2003年(平成15年)改築

摂末社編集

 
摂社 永井神社 唐門
  • 永井神社 - 初代高槻藩永井直清を祀る。1793年(寛政5年)9代藩主永井直進創建。当初は「直清神社」と称し、幕末には「直清権現」と呼ばれていた。
社殿・唐門四脚門) - 高槻市指定有形文化財(2005年〈平成17年〉6月14日指定)江戸時代(1848年〈嘉永元年〉11代藩主永井直輝)。
例祭: 4月24日[3]
例祭: 10月第2日曜日[3](野見神社秋季宵宮)
  • 四社明神 - 福神社、稲荷神社、磐神社、祖霊社としてそれぞれ存在していた社を大正時代一社にした。
例祭: 4月11日[2]
福神社 - 志那都比古神(しなつひこのかみ)、志那都姫神(しなつひめのかみ)、火産霊(ほむすび)、金山比古神(かなやまひこのかみ)、金山姫神(かなやまひめのかみ)、埴山比古神 (はにやまひこのかみ)、弥都波能売神(みづはのめのかみ)を祀る。1797年(寛政9年)永井直進創建[3]
稲荷神社 - 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。1799年(寛政11年)永井直進創建[3]
磐神社 -八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢姫神(やちまたひめのかみ)、久那斗神(くなどのかみ)を祀る。1739年(元文4年)永井流之助創建[3]
祖霊社 - 1878年(明治11年)創建[3]
  • 高槻えびす神社 - 蛭子大神。1956年(昭和31年)創建。1966年(昭和41年)現在の社殿造築[3]
高槻えびす祭: 1月10日(9日・宵えびす、10日・本えびす、11日・残り福)
  • 護国神社
例祭: 5月第3日曜日[3]

脚注編集

  1. ^ 高槻城内守護 野見神社”. 野見神社. 2014年12月13日閲覧。
  2. ^ a b c 野見神社 御由緒・年間行事”. 野見神社. 2014年12月13日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 野見神社 - 摂末社”. 野見神社. 2014年12月13日閲覧。

外部リンク編集