金 履祥(きん りしょう、1232年 - 1303年)は、南宋末期の儒学者は吉甫、は仁山。婺州蘭渓県の出身。

金履祥(金仁山)
誕生 1232年
婺州蘭渓県
死没 1303年
国籍 南宋
ジャンル 朱子学
文学活動 金華学派
代表作 『仁山文集』
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略歴編集

南宋の理宗紹定5年(1232年)に生まれた。

宝祐2年(1254年)から24歳で何基に、後に何基の弟子である王柏に学んだ。

徳祐元年(1275年)、史館編修の職に推挙されたが、官途に就かなかった。

南宋が滅亡した後は、婺州金華県の仁山に朱子学の講義を行う私塾を開き、講学に専念した。主な弟子に許謙がいる。

大徳7年(1303年)、71歳で没。

著作編集

  • 通鑑前編
  • 『大学章句疏義』
  • 『論語孟子集註考証』
  • 『尚書表註』
  • 『書経註』
  • 『仁山文集』

関連項目編集

伝記資料編集

  • 元史』巻189 金履祥伝