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金成町(かんなりちょう)は、2005年まで宮城県栗原郡にあったである。キャッチフレーズは、「健康で豊かな生活ができるまち、金成町」。栗原市の一部にあたる。

金成町
金成町、有壁駅
金成町、有壁駅
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
一迫町鶯沢町金成町栗駒町志波姫町瀬峰町高清水町築館町若柳町花山村
栗原市
現在の自治体 栗原市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
栗原郡
団体コード 04528-4
面積 78.45km2
総人口 7,971
推計人口、2005年3月1日)
隣接自治体 栗原郡:若柳町志波姫町築館町栗駒町
岩手県 一関市西磐井郡:花泉町
町の木 ハギ
町の花 ケヤキ
町の虫 ホタル
金成町役場
所在地 989-5171
宮城県栗原郡金成町沢辺字町沖200番地
旧金成町役場。現在は栗原市金成総合支所(2005年12月)
座標 北緯38度47分58.3秒
東経141度3分58.4秒
Kannari-Miyagi.png
特記事項 世帯数:2,272世帯(2004年9月1日)
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地理編集

宮城県の最北部、岩手県との県境に位置する。町の北部が丘陵地、中部、南部が平地となっている。町の南部を西から東に三迫川が流れる。

国道4号が南から北に抜ける。市街地はこの道路沿いに三か所あり、沢辺と金成は南部、有壁は北部にある。沢辺は国道が三迫川を渡る北岸に、金成はそれより北東約2キロの丘とその麓にある。有壁は丘陵中の盆地である。

歴史編集

縄文時代、古墳時代の埋蔵遺跡が多く発見されている。平安後期には奥州藤原氏の支配下に入った。南北朝時代には、津久毛橋城が南朝の北畠顕信の拠点になった。江戸時代に仙台藩の支配下になり、金成に三迫川流域を支配する代官所が置かれた。また奥州街道の沢辺、金成、有壁宿が置かれた。

沿革編集

行政編集

  • 歴代町長

初代 - 佐藤曜三郎(元萩野村長)

教育編集

小学校・中学校

金成小中一貫校

交通編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
歴史民俗資料館(2005年12月)

祭り編集

イベント編集

出身有名人編集

関連項目編集