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金海金氏(キメキムシ、きんかいきんし、김해김씨)は、朝鮮半島の氏族の一つ。本貫金海とする。現在の韓国最大の氏族集団である。

金海金氏
各種表記
ハングル 김해 김씨
漢字 金海 金氏
発音 キメ=キムシ
日本語読み: きんかい きんし
ローマ字 Gimhae Kim
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金海金氏の紋章

目次

始祖編集

始祖は駕洛国(金官伽倻)の王・首露王とされる。このため駕洛金氏ともいう。一族では新羅建国の功臣・金庾信が知られる。また、金海許氏(首露王の王妃許黄玉の姓を名乗った二人の息子が祖)と仁川李氏も始祖を首露王としており、同本貫として扱われた。金海許氏は金海首露王の王妃で、ルーツはインドのアショカ王の家系に繋がり、インドから漂流して金海にたどり着いてその後、首露王に見初められ王妃となった。 王妃の王陵にはその家系にまつわるインドの家系の写真や系図などがあり、本家の家系を引き継ぐ者のみ閲覧などが出来る。[要出典]

2004年に、許黄玉の「インド渡来説」を立証する科学的証拠が示された[1]ソウル大学医学部の徐廷ソン教授と翰林大学医学部のキム・ジョンイル教授は、韓国遺伝体学会で、「許黄玉の子孫と推定される金海にある古墳の遺骨を分析した結果、韓民族のルーツであるモンゴル北方系とは異なり、インド南方系だった」と報告した[2]ミトコンドリアDNAを保持しており、遺骨からミトコンドリアDNAを抽出して全体の塩基配列を分析した[3]許黄玉はインドのサータヴァーハナ朝の王女で、48年伽耶に渡来した。許黄玉は10人の息子を産んだが、そのうち2人に許姓を与え、それが金海許氏の起源である[4]。「インド渡来説」が事実なら、子孫は母方の許氏のDNA形態を受け継いでインドなど南方系のミトコンドリアDNAを持っている[5]。これについて「4つの遺骨のうち、1つからこのような結果を得た」とし「『インド渡来説』の立証を確固たるものにするには、もう少し綿密な研究を要する」と説明した[6]

三国史記』『金庾信列伝』によれば、金庾信は首露王を祖先とする12世孫であり、金庾信碑には、その祖先は黄帝の子の少昊金天氏の後裔であり、そのため金氏を名乗っていたとする[註釈 1]

金姓と金海の本貫が与えられた人物編集

脚注編集

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註釈編集

  1. ^ 『三國史記』列傳 第一:金庾信 上
    金庾信 王京人也 十二世祖首露 不知何許人也 以後漢建武十八年壬寅 登龜峯 望駕洛九村 遂至其地 開國 號曰加耶 後改爲金官國 其子孫相承 至九世孫仇亥 或云仇次休 於庾信爲曾祖 羅人自謂少昊金天氏之後 故姓金 庾信碑亦云 軒轅之裔 少昊之胤 則南加耶始祖首露 與新羅同姓也

参考文献編集