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金羊毛騎士団

金羊毛騎士団(きんようもうきしだん、フランス語: Ordre de la Toison d'orドイツ語: Orden vom Goldenen Vliesオランダ語: Orde van het Gulden Vlies英語: Order of the Golden Fleece)は、ブルゴーニュ公フィリップ善良公によって作られた世俗騎士団

英語に基づいてゴールデン・フリース騎士団、フランス語に基づいてトワゾン・ドール騎士団とも。

目次

歴史編集

 
金羊毛勲章(頸飾)
火口金と火打石の意匠が連なり、中央に羊が吊るされている

概要編集

1430年に、フィリップ善良公(ル・ボン)がポルトガル王女イザベルと結婚する際に、イングランドガーター騎士団に倣って作られた。聖アンデレ(サン・タンドレ)を守護聖人とし、異端を排除してカトリックを守護することを目的の1つにしており、宗教改革時にはメンバーをカトリックのみに限定していた。

名称はギリシア神話イアソンの物語(金羊毛)と、旧約聖書士師記ギデオンの物語に由来している[1]。これはフィリップ善良公が、十字軍を想定していたからである[2]。モットーは「我らの働きに報償に値しないものはない」(Pretium Laborum Non Vile)。なお「金羊毛皮」は錬金術の達人の象徴でもある。

一方、ブルゴーニュ公国は政治的な対立を内包し集権力は弱かったため、ブルゴーニュ及び周辺諸国の諸侯を儀礼体系に組み込む、外交的な意図があったとも指摘されている[3]。1468年にブルッヘ(現ベルギー)の聖母教会で、第11回の会合が開催された際には、当時の騎士団員全員の紋章を描いた板絵が残されており、ブルゴーニュ貴族の身分、地位及びアイデンティティの象徴となった[2]

黎明期編集

第1回集会は、聖アンデレの祝日である1429年11月30日に、リール(現フランス)で開催された[4]。集会直前に公表された騎士団規約で、団員数は団長であるブルゴーニュ公1名と騎士30名の、計31名と定められ、第1回集会までに25名が選出された[5]

衣装は、銀鼠色の縁取りが施された膝丈の真紅のローブに、同じく真紅のマントであり、マントには火口金と火打石の文様が施された[5]。この意匠はフィリップ善良公がジャン無怖公(サン・プール)より継承したもので、敵対するオルレアン家の紋章である棍棒を削り、さらに燃やすという標語に由来する[6]

後、百年戦争におけるアジャンクールの戦いオルレアン公シャルルが捕虜となり、フィリップ善良公がその解放に尽力した縁で、オルレアン公シャルルとマリー・ド・クレーヴの結婚を成立させた[7]。二人の結婚式の直後、1440年11月30日に開催された、第6回目の集会でオルレアン公シャルルは38番目の騎士となった[8]

1453年のコンスタンティノープル陥落による東ローマ帝国滅亡を受け、フィリップ善良公は1454年に十字軍集会を開催し、参列者に十字軍宣誓(雉の宣誓)を行わせた[9]。1456年、ローマ教皇カリストゥス3世が十字軍結成を欧州諸侯に呼びかけると、フィリップ善良公は遠征計画を作成し、同年6月、金羊毛騎士団の第9回集会で、フランス国王に対し十字軍宣誓に応じ、遠征を行うよう要請した[10]。また、この第9回集会では、かつての十字軍国家であるアンティオキア公国の名目上の君主ジョアン・デ・コインブラが騎士団員となった[11]。ただし、この十字軍は実現しなかった[2]

1467年6月、フィリップ善良公が逝去し、シャルル突進公(ル・テメレール)が団長となる。シャルル突進公は1468年4月末から5月に開催された第19回騎士団会議で、政敵であるクロワ一族3名を大逆罪で告発する[12]。君主として司法裁判にかけ死刑とすることも可能だったが、騎士団としては名誉のみを扱うとし、彼らは領外追放となった[13]

1477年シャルル突進公が戦死し、一人娘のマリーハプスブルク家マクシミリアンと結婚した。それに伴い、公位と騎士団がハプスブルク家に継承された。ハプスブルク家は16世紀に飛躍的に勢力を伸ばし、それに伴って金羊毛騎士団の地位も上昇した。当初31名とされていた定員は、領土の拡大に伴いカール5世により51名に増員。その後も増員されている。

1700年にカルロス2世が崩御してスペイン・ハプスブルク家が断絶する。スペイン継承戦争を経て、王朝がブルボン朝に代わったとき、騎士団はスペインオーストリアに分かれた。

現在編集

現代スペインにおいては、王家の授与する最高位の勲章として存在しており、対象はカトリック教徒に限定されず、日本人では明治天皇以降今上天皇まで、近代に入ってからの全ての天皇がスペイン金羊毛勲章を受章している。

一方オーストリアでは、第一次世界大戦後にハプスブルク家のカール1世が帝位を失ったものの、騎士団主権者をベルギーアルベール1世が受け継ぐという提案がスペインの反対でつぶれたため、元皇太子オットーを経て、その長男カールへと騎士団主権者が受け継がれた。

ギャラリー編集

勲章編集

会議・式典編集

歴史上の人物編集


現在のスペイン金羊毛騎士団員編集

   
スペインの金羊毛勲章(綬章)

主権者編集

画像 紋章 君主号
名前
(生年)
(在位)
叙任日 備考
    スペイン国王
フェリペ6世
(1968年生まれ)
(2014年即位 - 在位中)
1981年 2014年から騎士団主権者

その他の騎士団員編集

画像 紋章 君主号/爵位
名前
(生年)
(君主の場合の在位期間)
叙任日 備考
    前スペイン国王
フアン・カルロス1世
(1938年生まれ)
(1975年即位 - 2014年退位)
1941年 前主権者
    旧ギリシャ国王
コンスタンティノス2世
(1940年生まれ)
(1964年即位 - 1974年廃位)
1964年 1974年にギリシャ王位廃位
    スウェーデン国王
カール16世グスタフ
(1946年生まれ)
(1973年即位 - 在位中)
1983年
    前ルクセンブルク大公
ジャン
(1921年生まれ)
(1964年即位 - 2000年退位)
1983年
    日本天皇
今上天皇
(1933年生まれ)
(1989年即位 - 在位中)
1985年
    前オランダ女王
ベアトリクス
(1938年生まれ)
(1980年即位 - 2013年退位)
1985年
    デンマーク女王
マルグレーテ2世
(1940年生まれ)
(1972年即位 - 在位中)
1985年
    イギリス女王
エリザベス2世
(1926年生まれ)
(1952年即位 - 在位中)
1988年
    前ベルギー国王
アルベール2世
(1934年生まれ)
(1993年即位 - 2013年退位)
1994年
    ノルウェー国王
ハーラル5世
(1937年生まれ)
(1991年即位 - 在位中)
1995年
    旧ブルガリア国王
シメオン2世
(1937年生まれ)
(1943年即位 - 1946年廃位)
2004年 1946年にブルガリア王位廃位
ブルガリア首相(2001-2005)
    ルクセンブルク大公
アンリ
(1955年生まれ)
(2000年即位 - 在位中)
2007年[14]
    ハビエル・ソラナ
(1942年生まれ)
2010年[15] スペインの政治家
    ヴィクター・ガルシア・デ・ラ・コンチャスペイン語版
(1934年 生まれ)
2010年[16] スペインの文献学者
    前アンドラ共同大公(前フランス大統領)
ニコラ・サルコジ
(1955年生まれ)
(2007年即位 - 2012年退位)
2011年[17]
    エンリケ5世・イグレシアススペイン語版
(1930年生まれ)
2014年[18] ウルグアイ・スペインの経済学者・政治家
    アストゥリアス女公
レオノール・デ・ボルボン
(2005年生まれ)
2015年
10月30日[19]
フェリペ6世の長女
第一位王位継承権者

現在のオーストリア金羊毛騎士団員編集

 
オーストリアの金羊毛勲章(頸飾)
 
オーストリアの金羊毛勲章(綬章)

現在もオーストリア・ハプスブルク家が主催する金羊毛騎士団は、ハプスブルク一族、旧ドイツ諸侯家などを団員としている。現役国家元首としては、ベルギー国王、ルクセンブルク大公、リヒテンシュタイン侯が在籍する。前述の通り、ベルギー国王、ルクセンブルク大公はスペイン金羊毛騎士団員でもある。

団員資格をカトリック教徒の男性に限定しており、そのため帝政時代から、日本の皇室のみならず、同じ欧州でも非カトリックの英国王家なども団員となったことはない。オーストリアの金羊毛勲章を受けることは、現在でもドイツ系の王侯貴族の間では格式ある名誉とされる[20]

主権者編集

画像 名前
(生年)
叙任日 備考
  ハプスブルク=ロートリンゲン家当主
カール・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1961年生まれ)
1961年 2000年から騎士団主権者

その他の騎士団員(一部)編集

画像 名前
(生年)
叙任日 備考
  旧バイエルン王家当主
フランツ・フォン・バイエルン
(1933年生まれ)
1960年
  ベルギー国王
アルベール2世
(1934年生まれ)
1962年
  ルクセンブルク大公
ジャン
(1936年生まれ)
1972年
アンドレアス・サルヴァトール・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1936年生まれ)
1972年 フーベルト・ザルヴァトール・フォン・エスターライヒ=トスカーナの次男
アルプレヒト・ホーエンベルク
(1931年生まれ)
1973年 マクシミリアン・ホーエンベルクの三男
旧ヴュルテンベルク王家当主
カール・フォン・ヴュルテンベルク
(1936年生まれ)
1975年
  オーストリア=エステ大公
ローレンツ
(1955年生まれ)
1977年 妻はベルギー王女アストリッド
ニコラウス・ロプコヴィッツドイツ語版
(1931年生まれ)
1978年
ミヒャエル・サルヴァトール・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1949年生まれ)
1980年 フーベルト・ザルヴァトール・フォン・エスターライヒ=トスカーナの五男
  リヒテンシュタイン侯爵
ハンス・アダム2世
(1945年生まれ)
1981年
  旧ポルトガル王家当主
ドゥアルテ・ピオ・デ・ブラガンサ
(1945年生まれ)
1982年
ナイペルク伯爵家ドイツ語版当主
ヨーゼフ・フーベルト・フォン・ナイペルク
(1918年生まれ)
1983年
ホーエンベルク公爵家英語版当主
ゲオルク・ホーエンベルク
(1929年生まれ)
1985年
  ゲオルク・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1964年生まれ)
1987年
カール・クリスティアン・ハプスブルク=ロートリンゲン英語版
(1954年生まれ)
1991年 カール・ルートヴィヒ・ハプスブルク=ロートリンゲンの次男
  シュヴァルツェンベルク侯爵家英語版当主
カレル・シュヴァルツェンベルク
(1937年生まれ)
1991年 TOP 09初代党首、チェコ外務大臣
ヨーゼフ・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1960年生まれ)
1992年
  レーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=ローゼンベルク家当主
アロイス・コンスタンティン・ツー・レーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=ローゼンベルクドイツ語版
(1941年生まれ)
1996年
  マリアーノ・フーゴ・ツー・ヴィンディシュ=グレーツ英語版
(1955年生まれ)
2000年 ヴィンディシュ=グレーツ家ドイツ語版
ブルガリア王国王子
クブラト・サクスコブルクゴツキ
(1965年生まれ)
2002年 最後の国王シメオン2世の第3王子
  ベルギー国王
フィリップ
(1960年生まれ)
2008年
  リーニュ公爵家当主
ミシェル・ド・リーニュドイツ語版
(1951年生まれ)
2011年
  アルベルティン家当主
アレクサンダー・フォン・ザクセン=ゲッサフェ英語版
(1954年生まれ)
2012年
  フェルディナント・ズヴォニミル・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1997年生まれ)
ハプスブルク=ロートリンゲン家継嗣
  ニコラウス・フォン・リヒテンシュタイン
(1947年生まれ)
  エドゥアルト・ハプスブルク=ロートリンゲン
(1967年生まれ)
2016年 ハンガリーの駐バチカン・マルタ騎士団大使
エマヌエル・ツー・ザルム=ザルムドイツ語版
(1961年生まれ)
2016年

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ 河原 2006, p.147
  2. ^ a b c 河原 2006, p.148
  3. ^ 掘越 1996, p.198
  4. ^ 掘越 1996, p.185
  5. ^ a b 掘越 1996, p.186
  6. ^ 掘越 1996, p.186-187
  7. ^ 掘越 1996, p.187
  8. ^ 掘越 1996, p.188
  9. ^ 掘越 1996, p.178-179
  10. ^ 掘越 1996, p.181-182
  11. ^ 掘越 1996, p.182-183
  12. ^ 掘越 1996, p.203-206
  13. ^ 掘越 1996, p.210-213
  14. ^ Spanish: [1] BOE 07-04-14, Spanish official journal (accessed on June 9, 2007)
  15. ^ Spanish: [2] BOE 07-04-14, Spanish official journal (accessed on June 9, 2007)
  16. ^ Spanish: [3] BOE 10-01-23, Spanish Official Journal (accessed on January 23, 2010)
  17. ^ iafrica.com | news | world news | Sarkozy to get Golden Fleece”. News.iafrica.com (2011年11月25日). 2012年5月3日閲覧。
  18. ^ Spanish: [4] BOE 14-03-29, Spanish Official Journal (accessed on March 30, 2014)
  19. ^ Spanish: [5] BOE 15-10-31, Spanish Official Journal (accessed on October 31, 2015)
  20. ^ “【世界勲章物語】金羊毛勲章 「欧州最高の格式」の数奇な運命 関東学院大教授・君塚直隆”. 産経ニュース. (2016年7月21日). http://www.sankei.com/life/news/160721/lif1607210007-n1.html 2017年10月20日閲覧。 

参考文献編集

関連項目編集