鈴木義男

鈴木義男

鈴木 義男(すずき よしお、1894年1月17日 - 1963年8月25日)は、日本の政治家法学者弁護士日本国憲法における生存権の制定・平和主義の誕生に寄与した。

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来歴・人物編集

1894年(明治27年)1月17日福島県白河市で生まれる。東京帝国大学を卒業後に学者(教授)となり、東京女子大学教授・東北帝国大学教授・法政大学教授を歴任する。退職後は弁護士業を開業して、帝国弁護士会理事となった。

第二次世界大戦後日本社会党の結成に関わり憲法草案の作成に関与。また、海野晋吉尾崎行雄らの憲法懇話会にも関わって、ここでも憲法草案作成に携わる。1946年衆議院選挙福島全県区日本社会党より出馬、初当選。中選挙区制では福島2区に転じ、衆議院議員7期(所属政党は日本社会党→右派社会党→日本社会党→民主社会党)。この間、1947年(昭和22年)から1948年(昭和23年)まで片山内閣芦田内閣司法大臣法務総裁を務めた。日本国憲法第25条生存権規定成立には、鈴木義男の果たした役割が大きかったことが最近の研究で指摘されている。1946年8月1日、帝国憲法改正案小委員会の第7回審議において、「それならば生存権は最も重要な人権です」という鈴木の気迫のこもった一言で、委員会の流れが生存権承認の方向に変わった。[1]その後、専修大学学長・東北学院院長にもなった。

1963年(昭和38年)8月25日に69歳で死去。

歴史学者油井大三郎は孫[2]

帝国議会・国会での委員編集

著書編集

  • 『二色刷六法全書 参考条文加除自在』監修 創造社 1932 
  • 『選挙違反刑罰の実例 量刑研究資料』編 有斐閣 1937 
  • 『新憲法読本』鱒書房 1948
  • 『新選擧運動の解説 政治資金規正法と改正選擧法について』神谷尚男本田正義共著 近代書房 1948
  • 『社会主義のおはなし』東京教育研究所 1954
  • 『判例訴因法』横井大三共著 日本評論新社 1956 社会科学双書

伝記編集

  • 『鈴木義男』鈴木義男伝記刊行会編 1964

脚注編集

  1. ^ 清水まり子「鈴木義男と生存権規定成立への関与――研究ノート・その2」〔仁昌寺正一他『キリスト教教育と近代日本の知識人形成(2)』東北学院大学、2012年75-111頁
  2. ^ 麻布学園 図書館だより No.52, p. 24 (PDF)
  3. ^ 日本国憲法制定時の関係会議録(衆議院)小委員会”. 衆議院憲法審査会. 衆議院 (1946年7月25日). 2015年11月3日閲覧。

 

関連項目編集


公職
先代:
片山哲
  司法大臣
第48代:1947 - 1948
次代:
廃止
先代:
新設
  法務総裁
第1-2代:1948
次代:
吉田茂