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錯枝(さくし)は、中国戦国時代の君主。

錯枝
王(周制における爵位は子)
王朝
在位期間 前375年 - 前374年
都城
諸咎

越の太子諸咎の子として生まれた。紀元前375年7月、越王が諸咎に殺害された。10月、越の人が諸咎と越滑を殺害した。呉の人が錯枝を越王として擁立した。紀元前374年、大夫の寺区が越の乱を平定して、無余之を立てた[1]

脚注編集

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  1. ^ 史記索隠』越王句践世家所引『竹書紀年