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長尾 景孝(ながお かげたか)は、戦国時代武士高津長尾氏6代・総社長尾氏9代当主。

 
長尾景孝
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 不明
別名 通称:平五郎
戒名 仁英全恵
官位 左衛門佐
主君 上杉憲寛憲政
氏族 総社長尾氏
父母 父:長尾顕景
兄弟 景孝憲景景総
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略歴編集

父・長尾顕景上野国守護代の地位を獲得したが、勢力を拡大した長野氏によって圧迫された。

大永7年(1527年)、幼児であった景孝は顕景から家督を譲られた。しかし天文15年(1545年)に弟・景総に家督を譲った。天文20年(1551年)の最後に以降の史料にほとんど名前が見えなくなることから程なく没したとも考えられる。その一方で、景総が早くから後北条氏に仕えていた事が確認される事から、上杉憲政が越後に落ち延びた時に同行して、総社長尾家の家督が景総に奪われた可能性も否定できない[1]

伝承編集

一部の伝承に景孝が直江信綱であるとする説[2]もあるが、現在はほぼ否定されている。50歳を過ぎた成人武将が家臣筋の婿養子になることは年齢的にあまりにも現実的ではないからである。ただし、直江信綱が長尾景孝の子など、総社長尾家の関係者であった可能性も否定は出来ず、この問題の確定には新たな関連史料の出現を待つしかないと見られている[1]

脚注編集

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  1. ^ a b 黒田基樹「惣社長尾氏に関する基礎的考察」『戦国期 山内上杉氏の研究』岩田書院、2013年。ISBN 978-4-87294-786-1
  2. ^ 木村康裕 「直江信綱」、戦国人名辞典編集委員会編 『戦国人名辞典』 吉川弘文館、2006年。ISBN 978-4-642-01348-2