長屋宏和

長屋 宏和(ながや ひろかず、1979年12月31日-)は東京都渋谷区出身のレーシングドライバーファッションデザイナー、ピロレーシング代表である。

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人物編集

昭和女子大学附属昭和幼稚園、昭和女子大学附属昭和小学校、笹塚中学校、堀越高等学校卒業。

14歳から八王子市片倉のDAY DREAMでレーシングカートを始め、2年後、世田谷区上祖師谷のカブヤマレーシングに移籍し、1996年地方カート選手権関東東、1997年・1998年全日本カート選手権、ワールドカップに参戦。

1999年は「エルフ(elf)スカラシッププログラム」(フランスのレーシングスクール「ラ・フィリエール」に日本人を送り込み「勝てるF1ドライバー」を育てようと言うプログラム)でフォーミュラルノーキャンパスに参戦。

2000年、2001年は帰国し、フォーミュラドリームに参戦。シリーズ3位。

2002年は戸田レーシングから全日本F3選手権に参戦。

大クラッシュ、そしてレース復帰編集

2002年10月13日に鈴鹿サーキットで行われたF1世界選手権日本グランプリ前座レースのフォーミュラ・ドリームに全日本F3ドライバーとしてゲスト参戦した。しかしレース2周目のスプーンカーブ手前で、英国F3から同じくゲスト参戦していた細川慎弥のマシンと接触。細川のマシン後輪に乗り上げフロントノーズからサンドトラップに着地した。衝撃が吸収されなかったマシンは縦に6回転半したのち、タイヤバリアを飛び越え、中継用カメラのにぶつかり(カメラマンは幸いにも難を逃れた)さらにその後方の観客席フェンス上部へと衝突した[1]。この大クラッシュで頸髄損傷四肢麻痺の重度障害者となる。

鈴鹿中央病院に1ヶ月半、東京厚生年金病院に半年、国立リハビリテーションセンター病院に半年、シアトルのユニバースシティーワシントン病院に3か月、国立リハビリテーションセンター病院に半年入院。

退院後、2004年12月5日、無限プレイングカートフェスティバルでレース復帰。指の使えないドライバーがカートレースに出場し無事完走という世界初の快挙を成し遂げる。

2005年5月、「いつも自分の好きな洋服を着たい」という気持ちから、既製服補正業28年の実績をもつ、母・長屋恵美子の技術と、自身のアイデアを組み合わせ、チェアウォーカー(車椅子生活者)・ファッションブランド「ピロレーシング」を立ち上げる。

同年9月、ピロレーシングファッションショーを開催し、TBS夢の扉 〜NEXT DOOR〜」で取り上げられ注目を集める。お尻に縫い目のない、チェアウォーカーにやさしいだけでなくファッションとしてもクオリティの高いジーンズを開発・販売。現在、ピロレーシングの商品開発に取り組みながら、F1チャンピオンの夢に向かい訓練を続けている。

2010年8月12日、富士スピードウェイでK4-GPに出場し完走。 同年9月11日、三越銀座店4階に常設店舗「リフォームサロン アトリエロングハウス」出店。

ファウスト A.G. アワード2010社会貢献活動賞受賞。

2012年、レッドブルボックスカートレース参戦。

2013年、人間力大賞グランプリ受賞、内閣総理大臣奨励賞受賞。

2014年、秋の園遊会に参列。天皇陛下からお言葉を頂く。

2015年、2016年、ツインリンクもてぎで開催のK-TAIエンジョイクラスにレース参戦。

また、全国各地で講演活動を行っている。

受賞編集

著書・DVD編集

  • それでも僕はあきらめない(大和出版/ISBN 978-4804761435)
  • それでも僕は夢を追い続ける(TSUTAYAビジネスカレッジ/ASIN B00H3UHX3W)

モデル編集

  • ミズノレーシングスーツモデル

脚注編集

  1. ^ 週刊オートスポーツNO.889 2002年10/24号 11頁 今週のNEWS&TOPICS「F1日本GPサポートレース FDで長屋宏和が大クラッシュ」より。

外部リンク編集