長崎県立猶興館高等学校

長崎県立猶興館高等学校(ながさきけんりつゆうこうかんこうとうがっこう、英称:Nagasaki Prefectural Yukokan High School)は、長崎県平戸市にある県立高等学校

長崎県立猶興館高等学校
Nagasaki prefectural Yukokan high school.jpg
過去の名称 【男子校】
私塾猶興書院
私立尋常中学猶興館
長崎県立中学猶興館
長崎県立平戸高等学校猶興館
【女子校】
私立平戸女学校
私立平戸高等女学校
北松浦郡立平戸高等女学校
長崎県平戸高等女学校
長崎県立平戸高等女学校
長崎県立平戸女子高等学校
【共学】
長崎県立平戸高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 長崎県の旗 長崎県
併合学校 長崎県立平戸高等学校猶興館
長崎県立平戸女子高等学校
校訓 文武両道・自立・自発
設立年月日 1880年9月1日
創立記念日 11月4日
創立者 松浦詮
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
理数科
学期 3学期制
高校コード 42134A
所在地 859-5121
長崎県平戸市岩の上町1443
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

目次

概観編集

1880年(明治13年)9月1日、旧平戸藩松浦詮が旧藩士等の子弟教育のために「私塾猶興書院」を設立したのが始まりであり、現在の長崎県立の高等学校の中では最も歴史の古い学校で[1]、以来2万9千人を超す卒業生を送り出している。平戸市の中心市街地の東、平戸港を見下ろす平戸城の下に隣接するように位置している。現在は全日制課程普通科と理数科の2学科がある。

校名の由来は、中国の古典『孟子』巻七の尽心章句上にある。この中の、才知や徳のある「豪傑乃士」といわれるほどの人は、他に頼ることもなく、文王の教えがなくても自発的に立ち上がって善を行うことができると「自立自発」を説いた、「猶興」の教えによるものである。

校訓編集

  • 「文武両道・自立・自発」

沿革編集

略歴編集

1880年に旧平戸藩松浦詮が設立した「私塾猶興書院」が、「私立尋常中学猶興館」を経て1901年に県立移管されて「長崎県立中学猶興館」となり、また1903年に設立された「私立平戸女学校」(その後「長崎県立平戸高等女学校」)と戦後の学制改革によって統合されて男女共学の高等学校となった。統合時の名称は「長崎県立平戸高等学校」[2]であったが、5年後の1953年に再び「猶興館」の名を称して「長崎県立猶興館高等学校」となり、現在に至っている。

なお、現在の長崎県立壱岐高等学校北松西高等学校宇久高等学校および平戸高等学校は、本校の分校として設置され、後に分離・移管により最終的に独立した高校である。

年表編集

旧制中学校・新制高等学校(男子校)
  • 1880年明治13年) - 旧平戸藩主第37代松浦詮が私塾「猶興書院」を設立。
  • 1887年(明治20年) - 前年の中学校令の施行により、「私立尋常中学猶興館」と改称。
  • 1901年(明治34年) - 中学校令の改正と県立移管により「長崎県立中学猶興館」となる(「尋常」が除かれる)。
  • 1909年(明治42年) - 壱岐島に壱岐分校を設置。
  • 1912年(明治45年) - 壱岐分校が独立し、長崎県立壱岐中学校(現在の長崎県立壱岐高等学校)となる。
  • 1917年大正6年) - 中学猶興館の新校舎が落成。(現在の猶興グランドの場所)
  • 1924年(大正13年) 12月2日 - 中学猶興館校舎が全焼。
  • 1926年(大正15年) - 中学猶興館新校舎、現在地に落成。「白亜の学舎」と称された。
  • 1947年昭和22年)4月 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 旧制中学校の募集を停止(1年生不在)。
    • 新制中学校を併設(名称:長崎県立中学猶興館併設中学校、以下・併設中学校)旧制中学1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 旧制中学3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となる(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、旧制中学校が廃止され、新制高等学校長崎県立平戸高等学校猶興館」(男子校)が発足。
    • 旧制中学卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高等学校に継承され(名称:長崎県立平戸高等学校猶興館併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学へ最後に入学した3年生のみとなる。
旧制高等女学校・新制高等学校(女子校)
  • 1903年(明治36年) - 「私立平戸女学校」を設立。
  • 1913年(大正2年) - 「私立平戸高等女学校」と改称。
  • 1919年(大正8年) - 「長崎県北松浦郡立平戸高等女学校」と改称。
  • 1920年(大正9年) - 「長崎県平戸高等女学校」と改称。
  • 1922年(大正11年) - 「長崎県立平戸高等女学校」と改称。
  • 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 高等女学校の募集を停止(1年生不在)。
    • 新制中学校を併設(名称:長崎県立平戸高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)高等女学校1・2年修了者を新制中学2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となる(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、高等女学校が廃止され、新制高等学校「長崎県立平戸女子高等学校」が発足。
    • 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高等学校に継承され(名称:長崎県立平戸女子高等学校猶興館併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
新制・平戸高等学校(男女共学)
  • 1948年(昭和23年)11月 - 長崎県立平戸高等学校猶興館と長崎県立平戸女子高等学校の2校を統合し、男女共学の「長崎県立平戸高等学校」が発足。
    • 全日制 普通課程を設置。11月4日を創立記念日とする。両校の併設中学校も統合される(名称:長崎県立平戸高等学校併設中学校)。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月31日 - 併設中学校が廃止される。
    • 平戸島中部・南部の北松浦郡紐差村と津吉村(現在はどちらも平戸市)に紐差分校、津吉分校(いずれも定時制普通科。後に全日制に変更)を設置。
    • 北松浦郡志佐町(現・松浦市)に志佐分校(定時制)、平村(宇久島)に宇久分校、小値賀町に小値賀分校を設置。
  • 1950年(昭和25年)
新制・猶興館高等学校(男女共学)

基礎データ編集

所在地編集

アクセス編集

  • 西肥バス「猶興館高校入口」バス停より徒歩3分

象徴編集

校章編集

  • 旧制中学猶興館 第17回(1918年)卒業生で、旧制中学猶興館校章のデザインも手がけた千北研一によって図案化された。「蛍雪の功」を象徴する結晶を背景にし、中央に「高」の文字を置いている[3]

校歌編集

  • 1951年に制定。作詞は甫守哲治(制定当時の猶興館教職員)、作曲は内野省吾(同じく猶興館教職員)による。歌詞は、前年の1950年に入賞賞金3万円で一般公募された。集まった100編の中から数編を選び、猶興館の卒業生である作詞家・藤浦洸に選考を依頼し、選考委員会で決定した。歌詞は三番まであり、「平和」「正義」「自由」「愛」「自治」といった言葉が使われ、曲には平戸の民俗舞踊「平戸じゃんぐゎら」のリズムが取り入れられている。

制服編集

  • 男子はブレザーネクタイ。女子はブレザー、リボン。ジャージは入学年度により異なる。赤・紺(青)・緑の3色がある。

国際交流校編集

学校行事編集

1学期
  • 4月 - 始業式、入学式、対面式、新入生集団合宿、歓迎遠足
  • 5月 - PTA総会、中間考査、高3理数科課題研究発表会
  • 6月 - 高総体壮行式、高総体、生徒会役員改選、期末考査(〜7月)
  • 7月 - 合唱コンクール、三者面談、終業式(終了式)、夏季休業、オープンスクール
  • 8月前半 - 夏季補習、高1合宿(3泊4日)、高2学習会(6泊7日)、高3学習合宿、平和学習(9日 長崎原爆の日)
2学期
  • 8月後半 - 始業式(開始式)
  • 9月 - 体育祭、文化祭、防災訓練、中間考査(〜10月)
  • 10月 - 理数科合宿(高1・3)、芸術鑑賞会、理数科オープンスクール
  • 11月 - 校内外清掃活動(高1・2)、開校記念日(4日)、人権同和学習会、高2修学旅行(〜12月)
  • 12月 - 期末考査、終業式(終了式)
3学期
  • 1月 - 高3冬季補習、始業式(開始式)、高3大学入試センター試験
  • 2月 - 高校推薦入試、強歩大会、学年末考査、同窓会入会式
  • 3月 - 卒業式、高校一般入試、クラスマッチ、終業式(修了式)

生徒会活動・部活動編集

運動部編集

死亡事故

2011年7月31日、柔道部合同練習中の男子部員(当時16歳)が熱中症で倒れ病院に救急搬送、同年8月2日に死亡。

文化部編集

高校関係者と組織編集

同窓会編集

同窓会は、毎年4月または5月に総会を行い、また毎年お盆明けの土曜日に平戸で総会報告会と懇親会を行っている。長崎佐世保など長崎県内をはじめ東京関西中国北九州福岡伊万里など県外にも多くの支部がある。

著名な卒業生(関係者含む)編集

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ ここでの歴史の長さは、「各校で創立年数を数える基準となる年」で考えている。
  2. ^ 現在の長崎県立平戸高等学校は、その後1949年に設置された本校の2つの分校が1975年に分離・統合して新設された学校である。
  3. ^ かつて旧制中学猶興館の分校であった旧制壱岐中学校および現・長崎県立壱岐高等学校の校章にも雪の結晶が使用されている。

関連項目編集

外部リンク編集