長谷部銀次
長谷部 銀次(はせべ ぎんじ、1998年7月29日 - )は、愛知県岡崎市出身[3]の日本のプロ野球選手(投手)[4]。左投左打。広島東洋カープ所属。
広島東洋カープ #39 | |
---|---|
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 愛知県岡崎市 |
生年月日 | 1998年7月29日(26歳) |
身長 体重 |
184 cm 85 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2022年 ドラフト6位 |
初出場 | 2024年7月21日[1] |
年俸 | 1000万円(2025年)[2] |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
|
経歴
編集プロ入り前
編集岡崎市立竜美丘小学校在学時に[5]兄の影響でソフトボール部に入部[3]。岡崎市立竜海中学校[6]では軟式野球部に所属した[3]。
中京大中京高校時代の2015年夏には第97回全国高等学校野球選手権大会に控え投手として出場[7]。
学業成績も優秀であったため、慶應義塾大学総合政策学部のAO入試を突破し[8]、2017年、東京六大学の慶應義塾大学野球部に入部[9]。大学時代は故障なども多く、公式戦の登板数は少なかった[10]。
2021年4月、社会人野球の強豪・トヨタ自動車に入社[8]。
2022年10月20日に行われたドラフト会議では広島東洋カープから6位指名を受け[11]、11月24日に契約金3500万円、年俸800万円で契約を結んだ(金額は推定)[12]。背番号は39。広島からトヨタ自動車の選手が指名されるのは、栗林良吏、高校・大学でも先輩であった中村健人に続き3年連続。なお、ドラフト会議開催日は長谷部の八世祖父の杉田玄白の誕生日でもあった[13]。
広島時代
編集2023年は、二軍で39試合に登板し、2勝3敗3セーブ、防御率は5.62を記録するも、一軍登板はなかった[14]。11月11日、現状維持となる推定年俸800万円で契約を更改した[15]。
2024年、二軍で19試合に登板し、1勝2敗、防御率1.02を記録し、7月16日に出場登録された[16]。7月21日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でプロ初登板を果たし、1回無失点に抑えた[1]。
人物
編集- 中村健人は、高校、大学、社会人、プロ野球の全てのチームで1学年上の先輩である。
系譜
編集母方の先祖は杉田玄白[7]。銀次は玄白から数えると雲孫に当たる[7]。家系には父も含めて代々学者が多い[7]。
先祖
編集- 八世祖父 - 杉田玄白(江戸時代の医師)
- 七世祖父 - 杉田立卿(眼科医)
- 六世祖父 - 杉田成卿(蘭学者)
- 五世祖父 - 乙骨太郎乙(洋学者、「君が代」 国歌選定に関与)
- 高祖父 - 江崎政忠(帝室林野管理局技師、実業家)
- 曾祖父 - 江崎悌三(昆虫学者)
- 曾祖母 - シャルロッテ・ヴィッテ(日独交流に尽力)
- 祖父 - 手島孝(法学者、九州大学名誉教授、熊本県立大学元学長)
- 大叔父 - 江崎悌一(日本航空パイロット、よど号事件時のパイロット)
両親
編集選手としての特徴
編集最高球速149km/hのクロスファイヤー気味で内角に食い込むストレートを武器とする[8]。慶應時代のチームメイトだった木澤尚文によると、普段は物静かだが、マウンドに上がったときは普段とはギャップのある威圧感に溢れているという[17]。
詳細情報
編集年度別投手成績
編集年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2024 | 広島 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 25 | 7.0 | 1 | 0 | 5 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.86 |
通算:1年 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 25 | 7.0 | 1 | 0 | 5 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.86 |
- 2024年度シーズン終了時
年度別守備成績
編集年 度 |
球 団 |
投手 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
2024 | 広島 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
通算 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
- 2024年度シーズン終了時
記録
編集- 初記録
- 投手記録
- 初登板:2024年7月21日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、7回裏に5番手で救援登板、1回無失点[1]
- 初奪三振:2024年9月19日、対東京ヤクルトスワローズ20回戦(明治神宮野球場)、8回裏に中村悠平から空振り三振
- 初ホールド:2024年10月3日、対東京ヤクルトスワローズ24回戦(明治神宮野球場)、6回裏に3番手で救援登板、2回無失点
背番号
編集- 39(2023年 - )
脚注
編集- ^ a b c 「広島の2年目左腕・長谷部がプロ初登板 1回無失点の好投 22年にトヨタ自動車から6位で入団 今季ファームで防御率1.02をマーク」『デイリースポーツ』2024年7月21日。2024年7月22日閲覧。
- ^ 「広島 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2024年10月30日閲覧。
- ^ a b c 「新入部員紹介!その10<長谷部 銀次>」『慶應義塾大学野球部ブログ』2017年6月20日。2021年9月19日閲覧。
- ^ 「長谷部銀次」『週刊ベースボールONLINE』。2021年9月19日閲覧。
- ^ 「第35回岡崎市小中学校児童・生徒 統計グラフコンクール審査結果 (PDF)」『岡崎市』。2021年9月20日閲覧。
- ^ 「中京大中京のチーム紹介:第96回全国高校野球地方大会 愛知大会」『中日新聞Web』。2021年9月19日閲覧。
- ^ a b c d 「「杉田玄白の子孫」甲子園に出場していた 中京大中京の2年生左腕」『スポーツニッポン』2015年8月21日。2021年9月19日閲覧。
- ^ a b c 「トヨタのルーキー長谷部はあの偉人の子孫 149キロ直球と明晰な頭脳で「解体新書」超えるインパクトを」『スポニチ』2021年2月6日。2021年9月19日閲覧。
- ^ 「杉田玄白の子孫、慶大新入生の中京大中京・長谷部」『デイリースポーツ』2017年2月5日。2021年9月19日閲覧。
- ^ 「公式戦登板1イニングもドラフト候補へ。慶應大左腕は杉田玄白の子孫」『web Sportiva』2020年4月6日。2021年9月19日閲覧。
- ^ 「【ドラフト会議】「解体新書」杉田玄白の子孫がプロ野球選手に! 広島がトヨタ自動車・長谷部を6位指名」『スポニチ』2022年10月20日。2022年10月21日閲覧。
- ^ 「【広島】ドラ6長谷部銀次「長く投げ続けられる選手に」母方祖先には「解体新書」杉田玄白」『日刊スポーツ』2022年11月24日。2023年10月1日閲覧。
- ^ 「カープ6位、先祖は杉田玄白 長谷部、トヨタ自動車から3年続き指名」『中国新聞』2022年10月20日。2022年10月21日閲覧。
- ^ 「カープ長谷部 来季1軍へ発想の転換 「打たせない」→「打たせる」意識 今秋からサイドスロー挑戦」『デイリースポーツ』2023年11月27日。2024年1月26日閲覧。
- ^ 「【広島】2023年契約更改一覧」『スポーツ報知』2023年12月16日。2024年1月26日閲覧。
- ^ 「【広島】プロ2年目・長谷部銀次を1軍登録 ファームで防御率1.02」『日テレNEWS NNN』2024年7月16日。2024年7月22日閲覧。
- ^ 「【野球】春季リーグ戦開幕前インタビュー③ 木澤尚文選手×長谷部銀次選手 ~チームを支えるピッチング~」『KEIO SPORTS PRESS』2020年8月6日。2021年9月19日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 個人年度別成績 長谷部銀次 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手プロフィール - 広島東洋カープ公式サイト
- 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE
- 長谷部銀次 (@ginji_39_carp) - Instagram
- 長谷部 銀次 (@ginji_hasebe) - X(旧Twitter)