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アメリカ軍による空襲を予告する伝単。画面左上に「長野」の文字が見える

長野空襲(ながのくうしゅう)とは、太平洋戦争中の1945年8月13日に、アメリカ海軍エセックス級航空母艦ハンコックベニントンから発進した艦載機F4U及びF6F)62機により、長野県長野市及び上田市が受けた空襲である。

当時アメリカ軍の設定した全国180の空襲対象都市の中で、長野市は64位、上田市は144位に設定されていた。[1]

目次

概要編集

  • 午前6時50分頃 - 長野飛行場機銃掃射。駐機してあった練習機が数十機破壊される。
  • 午前8時半頃 - 国鉄長野駅舎と隣接する長野機関区(現メルパルク長野)にロケット弾を発射するが不発。長野機関区はその後3回に亘り銃撃を受ける。
  • 午前9時10分頃 - 川合新田地区と松岡地区の民家に爆弾を投下。近くの長野飛行場に機銃掃射。
  • 午前11時50分頃 - 松代町の民家に向けて爆弾を投下した。
  • 正午頃 - 若槻の国立傷痍軍人長野療養所(現東長野病院)にロケット弾を発射し機銃掃射。国鉄篠ノ井駅にもロケット弾を発射するも外れ民家に命中。近隣民家に機銃掃射。
  • 午後1時半頃 - 長野市内西南方面に機銃掃射および爆撃を行う。
  • 午後3時半頃 - 長野電鉄河東線信濃川田駅と、同地区の民家や小学校などを機銃掃射。篠ノ井駅周辺も機銃掃射。

被害編集

脚注編集

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  1. ^ 長野県内の他都市では、松本市が66位、岡谷市が125位、飯田市が177位に設定されていた。

関連項目編集

外部リンク編集