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開平橋

Japanese Route Sign Number 5.svgJapanese Route Sign Number 1.svg
埼玉県道51号標識
南側、右岸から見た開平橋(2010年5月)

開平橋(かいへいはし)は、埼玉県上尾市平方川越市中老袋の境で荒川に架かる埼玉県道51号川越上尾線である。

目次

概要編集

1977年完成の橋は、河口から48.0kmの地点に架かる[1][2]全長816.8メートル(内、鋼橋部717.0メートル)、幅員10.5メートル、主径間53.3メートルの鋼単純合成箱桁橋である[3][4]。また、埼玉県の第一次緊急輸送道路に指定されている[5][6]。右岸側は荒川低地のため連続した堤防が設けられているが、左岸側は大宮台地の縁に接続されており堤防が設けられていない。また、右岸側は荒川横堤である植木第1横堤[7]に接続され、取り付け道路がその天端を通っている。すぐ西に入間川に架かる入間大橋がある。歩道は車道を挟んだ上流側および下流側の両側に設置されている。また、東武バスウエストの川越06系統(上尾駅西口-埼玉医科大学・川越駅)路線の走行経路である。上尾寄りのバス停は「平方神社前」が最寄り。

歴史編集

平方の渡し編集

 
1956年当時の旧開平橋

後の開平橋の付近には江戸時代から平方河岸があって、渡船場(平方の渡し)を兼ねていた。この渡し場は平方村にあって上尾宿川越の城下町を結ぶ道にあたっていた。船2艘を有する官渡で、渡船料は徒歩が1人3厘、荷馬が1疋8厘であった[8]。渡船は1883年の橋の開通後に廃止されたが、大水の際に臨時に渡船を運航していた[8]

1883年の橋編集

明治時代になって地元の飯田甚左衛門らが出願して、はじめて橋が架けられた[8]1883年(明治18年)12月16日[9][10]に完成した開平橋は、全長51間(92.7メートル)、幅9尺(2.73メートル)の舟橋で、杭につないだ10艘の舟の上に板を載せたものであった[11]。橋の位置は今より少し川上にあった。建設の材料と費用は近くの神社(現在の橘神社)の木を伐採して得た[10][12]。橋の一部である左岸側から2番目の船が旋回橋のように上流側に扇形に6間分開閉して、荒川を通る船が通航できるようになっていた。橋名の由来はこの様子による他[13]、平方村の開拓への思いから付けられたと言われている[14][15]。有料橋で通行料は5厘であった[11]

埼玉県立川の博物館に初代の開平橋の模型があり、橋が開閉する様子が展示されている[16]

1891年の橋編集

最初の開平橋が損傷したため、1890年(明治23年)7月に修繕願いが提出され、大修繕の末1891年(明治24年)6月に新たに舟4艘と橋脚10組(各2本)で支える橋に架けなおされた。長さ62間(約112.7メートル)、幅2間(約3.6メートル)であった[17]。この橋はもはや船の通航を許さず、荒川舟運は手前の平方河岸までとなった。終着点になった平方河岸は、しだいに鉄道に輸送を奪われつつも、最後の繁栄を迎えた。

1911年頃の橋編集

1910年(明治43年)の大水で再び壊れた開平橋は、1911年(明治44年)頃に架けなおされた。 このときに舟は廃され、橋脚がある板橋になった。また、この橋の開通によって渡船は完全に廃止された[8]。長さ62間(約112.7メートル)、幅12尺(約3.6メートル)であった[17]。橋は平方村が管理した[18]。大水のときに水面下に沈む冠水橋(かんすいきょう)で、水位が上がると橋の板を取り外さなければならなかった[18]。有料橋で通行料は1銭であった[11]。この橋は1932年-1933年頃に破損したが、日中戦争の戦時下にあって架け替えが認められなかった。 なお、1935年(昭和10年)に通行料が廃止されたといわれている[11]

1952年の橋編集

1952年(昭和27年)に新しい開平橋がやや下流側に架けられ[14]、2月16日に開通式が行われた。これは長さ91メートル、幅4.5メートルの木橋であった[19]。水位が上がると冠水することは前と同じであったが、バスやトラックの通行が可能であった。1958年9月に流失した。

1959年の橋編集

1959年(昭和34年)に鉄筋コンクリートの橋脚に架け直した。橋桁と橋面は木製で、増水すると水をかぶるのは前と同じであった。水没時に流されないようにするため、欄干がなかった。人や車の転落事故が絶えず、応急に簡易な欄干をあてた。1977年に新しい開平橋が完成した後もこの橋の使用は継続されたが、1985年(昭和60年)7月に撤去された[14][20]。取り付け道路は一部はゴルフ場の敷地に転用されたが現存している。

1977年の橋編集

1977年(昭和52年)4月1日に、今までの橋より川下の位置に総工費14億5655円をかけて永久橋が架けられた。建設には1971年(昭和46年)から6年かかった。これが現在の開平橋である。長さ816.8メートル、幅10メートルある。橋の施工は東京鐵骨橋梁、東日本鉄工、宮地鉄工所(現、宮地エンジニアリング) が担当した[3]。また、左岸側は既存の道路から下流側に分岐するように取り付け道路が整備された。

付近編集

荒川の河川敷は上流側は右岸側に、下流側は左岸側に広く取られている。その河川敷のかつての荒川と入間川の合流点の場所に三ツ又沼ビオトープ(河跡湖)があり、希少な動植物が生息する[21]。河川敷は主にゴルフ場などのレジャー施設として利用されている他は農地となっている。橋の下流側に上尾市およびさいたま市西区飛地が存在する。また、毎年夏になると橋周辺の河川敷で「あげお花火大会」が開催され、見物客で賑わう。

その他編集

  • 開平橋は埼玉県のぐるっと埼玉サイクルネットワーク構想に基づき策定された「自転車みどころスポットを巡るルート」の「荒川探訪ルート」の経路に指定されている[23]

風景編集

隣の橋編集

(上流) - 樋詰橋 - 西野橋 - 開平橋 - 上江橋 - 荒川橋梁 - (下流)

脚注編集

  1. ^ 荒川上流河川維持管理計画【国土交通大臣管理区間編】 (PDF) p. 98 - 国土交通省 関東地方整備局、2015年7月5日閲覧。
  2. ^ 企画展「荒川の橋」荒川・隅田川の橋(amoaノート第8号) (PDF)”. 荒川下流河川事務所(荒川知水資料館). 2005年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月4日閲覧。
  3. ^ a b 橋梁年鑑 開平橋 詳細データ - 日本橋梁建設協会、2015年1月4日閲覧。
  4. ^ 彩の国(92)の主な橋一覧 (PDF) - さいたま橋物語(埼玉県ホームページ)、2015年7月5日閲覧。
  5. ^ 3.7 防災機能の強化 (PDF) - 国土交通省 関東地方整備局、2015年7月5日閲覧。
  6. ^ 埼玉県の緊急輸送道路 - 埼玉県ホームページ、2015年7月5日閲覧。
  7. ^ a b 洪水を受け止める横堤 (PDF)”. 国土交通省 関東地方整備局 荒川上流河川事務所(荒川上流部改修100年). 2017年2月12日閲覧。
  8. ^ a b c d 『上尾市史』(第十巻、別編3、民俗)、103頁。
  9. ^ 開平橋1883-12-16 - 土木学会附属土木図書館、2015年7月5日閲覧。
  10. ^ a b 『上尾市史』(第十巻、別編3、民俗)、104頁。
  11. ^ a b c d 上尾歴史散歩上尾の古い地名を歩こう(上)p. 17 - 上尾歴史散歩(上尾市ホームページ)、2015年7月5日閲覧。
  12. ^ 『平方史話』184頁。
  13. ^ 『橋梁と基礎 8月号』33頁。
  14. ^ a b c 『上尾市史』(第十巻、別編3、民俗)、107頁。
  15. ^ 『平方史話』182頁。
  16. ^ 荒川の平方河岸と開平橋(舟の橋) - 和英西仏語・海洋総合辞典、2015年7月5日閲覧。
  17. ^ a b 『荒川 人文II -荒川総合調査報告書3-』225頁。
  18. ^ a b 『上尾市史』(第十巻、別編3、民俗)、106頁。
  19. ^ 開平橋1952-2-16 - 土木学会附属土木図書館、2015年7月5日閲覧。
  20. ^ 開平橋1959- - 土木学会附属土木図書館、2015年7月5日閲覧。
  21. ^ 三ツ又沼ビオトープ - 国土交通省 関東地方整備局 荒川上流河川事務所、2015年7月5日閲覧。
  22. ^ 上尾の寺社4 馬蹄寺(平方) - 上尾市教育委員会、2015年1月4日閲覧。
  23. ^ 自転車みどころスポットを巡るルート100Map(南部・県央地域)”. 埼玉県 (2017年1月19日). 2017年2月25日閲覧。

参考文献編集

  • 上尾市教育委員会・編『上尾市史』(第七巻 通史編 下)、上尾市、2001年。
  • 上尾市教育委員会・編『上尾市史』(第八巻、別編1、地誌)、上尾市、1997年。
  • 上尾市教育委員会・編『上尾市史』(第十巻、別編3、民俗)、上尾市、2002年(平成14年)3月31日。
  • 上尾百年史編纂委員会・編『上尾百年史』、上尾市、1972年。
  • 埼玉県県民部県史編さん室『荒川 人文II -荒川総合調査報告書3-』、埼玉県、1988年3月5日。
  • 石島潔・小沢照雄・国島武平・福田正二郎(執筆・編集)『平方史話』、明治百年記念顕彰建設委員会、1971年(昭和46年)7月15日。
  • 藤村光男「わが郷土の橋 荒川の橋」、『橋梁と基礎 8月号』第21巻第8号、株式会社建設図書、1987年8月1日、 31-34頁。

関連項目編集

外部リンク編集