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間宮 純一(まみや じゅんいち、1908年8月25日 - 1981年11月16日)は、将棋棋士。六段。溝呂木光治門下。静岡県伊豆の国市大仁出身。

人物編集

宇多源氏佐々木氏、佐々木神社神主家系間宮。呉服屋木屋や(株)間宮堂(東芝テック)の創業者間宮勝三郎の孫。マミヤ光機製作所の創業者間宮精一の甥。間宮家の家業の呉服屋木屋を継いだ間宮徳次郎の長男が間宮純一(久夢斎)六段。谷口藍田の外孫。

師匠の溝呂木光治は小野五平十二世名人の晩年の弟子である。

1946年、四段で順位戦C級に参加。その後もC級に在籍し続けたが、ついに勝ち越す事はなかった。

「間宮久夢斎」と称していた事もある。序盤から入玉を目指すという独特の棋風だった。放浪の棋士として知られ、また借金の無心を繰り返したため、しまいには日本将棋連盟から退会勧告を受けて1957年に退会。生家を継いだ弟の間宮登(登也)が生活の面倒を見ていた。弟はアマチュアながら有段将棋棋士、鈴木貫太郎総理縁戚。

昇段履歴編集

  • 1942年 四段
  • 1947年5月10日 五段(順位戦C級下位)
  • 1948年4月1日 六段(順位戦C級上位)

関連項目編集