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間島 冬道(まじま ふゆみち、文政10年(1827年) - 明治23年(1890年))は、江戸時代後期から明治時代武士。勤皇の志士として活動した。また歌人であり、政治家、銀行家である。初名は正興、正休。通称は万次郎。子に銀行家で歌人の間島弟彦他。孫に閨秀画家の池田蕉園がいる。

略歴編集

文政10年(1827年)10月8日に、尾張藩士として生まれる。植松茂岳に国学を学び、継いで和歌を熊谷直好に学んだ。明治維新後に、刑法官判事となる。後に湧谷県地検事や名古屋県参事、宇和島県令、大宮県知事などを歴任。後に第十五国立銀行支配人に就任。

明治5年(1872年)に職を辞して歌人としての活動に精力を注ぎ、明治19年(1886年宮内省御歌所寄人となり、明治六歌仙の一人と呼ばれる。

明治23年(1890年)9月30日没(享年64)。東京都の谷中霊園に眠る。

書籍編集

  • 『間島冬道翁全集』間島弟彦発行、大正8年。

参考資料編集

  • 日本人名大辞典