関東ラグビーフットボール協会

関東ラグビーフットボール協会(かんとうラグビーフットボールきょうかい、Japan East Rugby Football Union)は、北海道・東北・関東・甲信越を管轄とする日本ラグビーフットボール協会の支部協会の一つ。

主催大会編集

大学編集

社会人編集

クラブ編集

高校編集

  • 関東高等学校ラグビーフットボール大会
  • 東北地区高等専門学校体育大会
  • 北信越高等学校ラグビーフットボール競技大会
  • 高校都予選
  • 全国高校ラグビーフットボール大会の各地方大会(北海道・東北・関東・甲信越)
  • 関東高等学校ラグビーフットボール都県対抗戦
  • 東北高等学校ラグビーフットボール合同チーム大会
  • 関東高等学校ラグビーフットボール新人大会
  • 東北高等学校ラグビーフットボール新人大会
  • 北信越高等学校新人ラグビーフットボール競技大会

中学編集

女子編集

都道県協会 と チーム数編集

傘下の都道県協会と、2020年度(令和2年度)登録チーム数(2021年3月現在)[1]

協会名 大学 高専 高校 中学 社会人





大学
OB
高校
OB




女子 小計 ラグビー
スクール
ジュニア
クラブ
合計
北海道ラグビーフットボール協会 13 2 35 5 2 25 0 1 1 23 2 84 15 0 99
青森県ラグビーフットボール協会 5 1 18 0 2 3 0 0 0 3 2 31 4 0 35
岩手県ラグビーフットボール協会 13 0 17 1 0 13 0 0 0 13 1 35 11 1 47
宮城県ラグビーフットボール協会 5 2 17 0 1 11 0 0 0 11 1 37 9 0 46
秋田県ラグビーフットボール協会 1 1 9 3 0 3 0 0 0 3 2 19 13 0 32
山形県ラグビーフットボール協会 1 1 4 2 0 1 0 0 0 1 1 10 1 0 11
福島県ラグビーフットボール協会 2 0 11 0 2 5 0 0 0 5 0 20 5 0 25
茨城県ラグビーフットボール協会 4 0 23 4 3 5 1 0 0 4 2 41 7 4 52
栃木県ラグビーフットボール協会 3 0 7 1 0 6 0 0 0 6 1 18 4 1 23
群馬県ラグビーフットボール協会 3 0 19 0 2 12 0 0 0 12 3 39 7 0 46
埼玉県ラグビーフットボール協会 11 0 47 14 6 11 0 0 0 11 2 91 19 0 110
千葉県ラグビーフットボール協会 11 0 40 5 5 14 0 0 0 14 1 76 16 2 94
東京都ラグビーフットボール協会 53 1 71 46 49 57 20 1 1 35 5 282 26 1 309
神奈川県ラグビーフットボール協会 16 0 45 14 9 32 0 0 0 32 2 84 21 1 140
山梨県ラグビーフットボール協会 3 0 8 5 2 4 0 0 0 4 1 23 4 0 27
長野県ラグビーフットボール協会 1 0 12 0 4 1 0 0 0 1 1 19 8 2 29
新潟県ラグビーフットボール協会 3 0 14 1 4 2 0 0 0 2 1 25 7 1 33
2020年度 合計 138 8 397 101 91 205 21 2 2 180 28 968 177 13 1158
前年度(2019年度)からの増減 -14 -1 -19 -14 -7 -55 -4 -114

歴史編集

1899年(明治32年) - 慶應義塾の英文学教員のエドワード・B・クラークケンブリッジ大学出身)が、田中銀之助学習院出身)と共に、塾生にラグビー指導を始める[2]。田中は後年、関東ラグビー蹴球協会の初代会長になる。

当初、慶應義塾のラグビーは同好会活動だったが[3][4]、1903年(明治36年)に慶應義塾体育会に正式加盟し、これが日本人初のラグビー部となる慶應義塾體育會蹴球部の始まりとなる[3][4]。その後、各地の大学・旧制中学(現在の高等学校)にラグビー部が次々と生まれる[5][6][7][8][9][10]

1919年(大正8年) - 第三高校(京都大学の前身)と同志社のラグビー部OBが中心となり、「オールホワイト」こと関西ラグビー倶楽部(KRAC)を設立[9][11]。プレーするだけでなく関西ラグビーの発展を目指し、西部ラグビー協会の母体となる。

1920年(大正9年) - 関西ラグビー倶楽部(KRAC)との「東西OB対抗戦」に向けて[12]慶應義塾OBを中心に関東各校OBからなるAll Japan Rugby Association(AJRA)を設立[13][14]。1903年(明治39年)早慶野球試合でのトラブル[15]以降、両校の対戦が禁止されていた[10]慶應義塾早稲田の仲を取りもち早慶戦を実施し、早慶スポーツ交流の再開になる[13]など、関東ラグビー協会の母体となる。

1922年(大正11年) - 第1回早慶戦を実施。国内ラグビー試合で初めて入場料を徴収する予定だったが、アマチュアリズムに関する議論を呼び、断念した[16]

1924年(大正13年)6月20日 - 関東ラグビー蹴球協会が発足した。慶應義塾ほか東京帝国大学早稲田など各校OBからなるAJRAが設立母体だった[17][18]。この年の早慶戦から、関東ラグビー蹴球協会主催として入場料の徴収を始める[16]

1924年(大正13年)9月 - 九州ラグビー倶楽部が創立[18]。現在の九州ラグビーフットボール協会の母体。

1925年(大正14年) - 西部ラグビー蹴球協会(現在の関西ラグビーフットボール協会九州ラグビーフットボール協会)が発足した。三高OB・同志社OBなどからなる関西ラグビー倶楽部が設立母体[19][20]。九州ラグビー倶楽部は、「西部ラグビー蹴球協会九州支部」として活動。

1926年(大正15年)11月30日 - 日本ラグビー蹴球協会(現・日本ラグビーフットボール協会)が創立[21][22]。関東ラグビー蹴球協会と、西部ラグビー蹴球協会の2つを統括運営する組織となる。

関連項目編集

外部リンク編集

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ 登録チーム数:関東ラグビーフットボール協会” (日本語). 関東ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  2. ^ 日本ラグビーフットボール史 2人のキャンタブとその役割”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  3. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 すべては同好クラブから”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  4. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 蹴球部の成立とその背景”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  5. ^ 日本ラグビーフットボール史 古都京都にラグビーの息吹が”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  6. ^ 日本ラグビーフットボール史 同志社ラグビーの功績と存在感”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  7. ^ 日本ラグビーフットボール史 早稲田ラグビー誕生の意義”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  8. ^ 日本ラグビーフットボール史 早慶ラグビーに触発された東都の諸大学”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  9. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 そのころ関西のラグビーでは”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  10. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 大正11年(1922)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  11. ^ 日本ラグビーフットボール史 大正8年(1919)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  12. ^ 日本ラグビーフットボール史 クラブ活動の原点となった東西対抗”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  13. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 早慶定期戦と主催者AJRAの役割”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  14. ^ 日本ラグビーフットボール史 大正9年(1920)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  15. ^ 「【野球】大隈重信も困惑。早慶戦ついに中止に [明治39年」 歴史ポケットスポーツ新聞を立ち読み | 大空出版の本]”. www.ozorabunko.jp. 2022年12月26日閲覧。
  16. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 ラグビー界に衝撃の入場料徴収”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  17. ^ 日本ラグビーフットボール史 関東に地域協会が設立される”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  18. ^ a b 日本ラグビーフットボール史 大正13年(1924)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  19. ^ 日本ラグビーフットボール史 1年遅れて西部協会も発進”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  20. ^ 日本ラグビーフットボール史 大正14年(1925)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  21. ^ 日本ラグビーフットボール史 協会成立の経緯と背景”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。
  22. ^ 日本ラグビーフットボール史 大正15年(1926)度”. 日本ラグビーフットボール協会. 2022年12月26日閲覧。