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関谷 ひさし(せきや ひさし、1928年1月14日 - 2008年2月25日)は、福岡県北九州市出身の漫画家である。本名は関谷久(読み方はペンネームと同じ)。

来歴・人物編集

門司商業学校(現福岡県立門司大翔館高等学校)2年生の頃から漫画を描き始める。卒業後は松山練習航空隊入隊、自動車部品販売店勤務を経て、新九州新聞社に入社、タブロイド月3回刊の『まんが新九州新聞』の記者となる。社の経営が次第に思わしくなくなり、中央の漫画家に原稿料支払いが困難になると、代わりに作品を描いた。1957年に新聞の休刊とともに新九州新聞社を退社して上京。

本格的に漫画家生活に入った翌年の1958年には『ジャジャ馬くん』(『冒険王』)がヒットし人気を集めた。1959年には『ジャジャ馬くん』はラジオ東京(現・TBSラジオ)でラジオドラマとしても放送されている[1]

1963年『ストップ!にいちゃん』『ファイト先生』で第9回小学館漫画賞受賞。代表作は、明朗ギャグ漫画『ストップ!にいちゃん』『少年No.1』など。特に『ストップ!にいちゃん』は『鉄腕アトム』や『鉄人28号』と人気を分け合うヒットとなった。その後は長らく作品発表が途絶えるが、理由の一つは自作品のアニメ化を断っていたためと言われている[2]

2008年死去。同年11月に晩年に書き溜めていた新作『侍っ子』が刊行。

2009年10月3日、北九州市門司区門司港地区の栄町銀天街アーケードに2009年12月27日までの期間限定で、関谷ひさしの足跡を紹介するミニ資料館「昭和レトロ館」がオープンした[3]

2012年8月3日、北九州市小倉北区浅野あるあるCity5階・6階に『北九州市漫画ミュージアム』がオープンした。関谷ひさしの仕事場の再現するコーナーができた他、肉筆原稿約1万6千点が収蔵されている[4]

作品リスト編集

アシスタント編集

脚注編集

  1. ^ 米沢嘉博『戦後野球マンガ史: 手塚治虫のいない風景』平凡社、2002年、61-64頁。ISBN 9784582851540
  2. ^ Episode90 天才アーティスト伝(1)孤高の天才マンガ家・関谷ひさし”. 未来への羅針盤. KBC九州朝日放送 (2011年10月16日). 2015年7月27日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ 2009年10月3日読売新聞[リンク切れ]門司港に昭和レトロ館、漫画家・関谷さんの足跡紹介
  4. ^ 毎日新聞 2012年11月21日 地方版[リンク切れ]九州・山口テーマパーク:我が「館」のお宝/九州