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阪急3000系電車
神戸本線の3000系3082F(2010年)
神戸本線の3000系3082F(2010年)
基本情報
運用者 阪急電鉄
製造所 ナニワ工機
製造年 1964年 - 1969年
製造数 114両
投入先 神戸線
主要諸元
編成 3 - 8両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流 1500 V
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 2.8 km/h/s
減速度(常用) 4.5 km/h/s
減速度(非常) 5.0 km/h/s
車両定員 座席48・立席92(先頭車)
座席52・立席98(中間車)
座席48・立席102(簡易中間化改造車)
自重 27.0.2 t (3550形)
- 38.0 t (3000形、3500形)
全長 19,000 mm
全幅 2,750 mm
全高 4,015 mm
車体 普通鋼
台車 FS-345、FS-45
主電動機 SE534
主電動機出力 170 kW × 4
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 5.31
制御方式 抵抗制御
制動装置 電磁直通ブレーキ発電ブレーキ(HSC-D)
保安装置 ATS
デッドマン装置
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阪急3100系電車
箕面線の3100系3158F(2007年)
箕面線の3100系3158F(2007年)
基本情報
製造年 1964年 - 1967年
製造数 40両
投入先 宝塚線
主要諸元
編成 3 - 8両編成
主電動機 SE535
主電動機出力 120 kW × 4
歯車比 6.07
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今津北線の3000系非表示幕車
(1988年2月27日 梅田駅 - 西宮北口駅間)

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阪急3000系電車(はんきゅう3000けいでんしゃ)は、1964年昭和39年)に登場した阪急電鉄電車通勤形車両)である。神戸線・宝塚線の昇圧に伴う切換即応車であり、昇圧非対象車の代替と輸送力増強への対応も兼ねて増備された。

本稿では3000系の宝塚線仕様である阪急3100系電車(はんきゅう3100けいでんしゃ)についても記述する。

本項目では解説の便宜上、梅田方先頭車+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:3050以下8両編成=3050F、3160以下4両編成=3160F)する。中間に組み込まれる先頭車は基本的に考慮しない。

登場の背景編集

1960年代阪急神戸本線は、架線電圧の 600 V から 1500 V への昇圧に対応した複電圧車2021系が在籍していたが、機器の構造が複雑で保守に難があるという欠点があった。そこで、より簡素化を図った昇圧切り換え即応車両として設計されたのが3000系・3100系である[1]。3100系は3000系の宝塚線版であり、2000系に対する2100系と同じ思想である[1]

神戸線・宝塚線の昇圧のほか、昇圧対象外となった小型車の廃車代替と輸送力増強用の新造にも対応することになり[1]、1964年(昭和39年)から1969年(昭和44年)の間に3000系の114両、3100系の40両が製造された[1]

車体・接客設備編集

 
車内

車体は2000系・2100系を基本としている。側下降窓は2021系と同様のフレームレス方式を採用、戸閉装置は上戸閉機である[2]

連結部の貫通路は従来の広幅から狭幅に変更され、ドアチェック付きの引き戸が設置された[3]920系以来の広幅貫通路は取りやめ、以後は全車でこの狭幅貫通路が採用された[4]

また、高度経済成長による急速な乗客増と、旧梅田駅の構造的問題による増結不可の影響で、可能な限りの混雑緩和策として、3054F・3154F以降は座席の長さが短く、奥行きが浅いものに変更され、立席スペースが従来より広く取られていた車両が登場し、同系の多数を占める存在となった。

主要機器編集

3000系では、600Vでも高速性能を十分に発揮するため、出力170 kW・電圧375 Vの主電動機(東京芝浦電気製 SE-534[5])を4台装備した。制御方式は抵抗制御、駆動方式はWN駆動、歯車比は5.31である。

3100系は主電動機が出力120kWのSE-535(定格回転数1520rpm)とされ、歯車比も2100系と同じ6.07で低速向けに設定されているが、それ以外は3000系と同一である。昇圧切換時の運用を弾力的に行う観点から、神戸線の普通運用が可能なよう発電ブレーキ時の許容端子電圧を3000系より高く設計する配慮がなされたが、実際に神戸線で定期運用された実績はない[1](3100系登場時の神戸本線普通列車の最高速度は105km/h)。

昇圧切り換えを簡便かつ確実に行うため、回路構成は簡素化が図られた[1]。600 V ではM車単独での通常運転が可能であるが、1500 V では一方を高圧車・もう一方を低圧車として直列に接続して制御する「おしどり方式」の2両ユニットとなる[1]。切り換えはナイフスイッチの操作のみで可能であった[6]

電動発電機 (MG) はTc車に2台装備し、1台が故障した際でも、もう1台がバックアップ可能な機器構成とした。ブレーキ装置は発電ブレーキ併用の電磁直通ブレーキ(HSC-D)が採用された。

台車はミンデンドイツ式金属ばね台車で、電動台車がFS-345、付随台車がFS-45である。制輪子は製造途中よりレジンシューが本格的に採用された[7]

形式編集

2021系まではモーターの有無でのみ形式区分がなされていたが、3000系・3100系からは運転台の有無で形式区分され、中間車には500番台が付与された。

編成配置は2000系・2100系と同様、大阪方先頭車が付随車である。2000系列のような増結車のパンタグラフ接近の問題は生じなかったが、今回は池田車庫の検修設備の問題に直面した[2]。立地の都合から検査場を大阪方面に延伸できず、付随車は対応できても電動車は不具合との理由から[2]、3000系の宝塚線運用も考慮して3000系・3100系とも配置復帰は見送られた[8][2]。この問題は1971年の平井車庫への移転により解消しており、神戸線用の5000系から再び大阪方が電動車となった[8]

3000系編集

装備品は現在の状態を記す。

2017年9月に形式呼称が変更された。右が変更後の形式[9]

  • 3000形 (M'c) /Mc3000形(運転台撤去車はM3000形)
三宮・宝塚方の先頭に連結される制御電動車。電動発電機 (MG) を搭載する。一部運転台が撤去されて中間車となった車両もある。3000 - 3033の34両が製造された。
  • 3500形 (M) /M3500形
中間電動車パンタグラフを2基装備する。3500 - 3533の34両が製造された。
  • 3050形 (Tc) /Tc3050形(運転台撤去車はT3050形)
梅田・西宮北口方の先頭に連結される制御車空気圧縮機 (CP) を搭載する。一部運転台が撤去されて中間車となった車両もある。3050 - 3083の34両が製造された。
  • 3550形 (T) /T3550形
付随車。3550 - 3561の12両が製造された。

3100系編集

形式は以下のとおり。

3650形のみ、2017年9月以降も残存していたため、同車のみ新形式呼称が適用された。右が変更後の形式。

  • 3100形 (M'c)
宝塚方の先頭に連結される制御電動車。MGを搭載する。3100 - 3111の12両が製造された。
  • 3600形 (M)
電動車。パンタグラフを2基装備する。3600 - 3611の12両が製造された。
  • 3150形 (Tc)
梅田方の先頭に連結される制御車。CPを搭載する。3150 - 3161の12両が製造された。
  • 3650形/T3650形 (T)
付随車。3650 - 3653の4両が製造された。
モーターを搭載しないTcおよびTは、3000系の同車種と同性能であり、実際に初期から3550形が3650形の代用として編成されている。

製造編集

当初の編成は4両+2両の6両編成で登場した。

← 大阪
神戸・宝塚 →
竣工
Tc M T Mc Tc Mc
3050 3500 3550 3000 3051 3001 1964年12月[2]
3052 3501 3551 3002 3053 3003
Tc M T Mc Tc Mc
3150 3600 3650 3100 3151 3101 1964年12月[2]
3152 3601 3651 3102 3153 3103

1965年の3054F・3154F以降の編成は、収容力向上のため座席定員が減少している[7]

← 大阪
神戸・宝塚 →
竣工
Tc M T Mc Tc Mc
3054 3502 3552 3004 3055 3005 1965年9月[7]
3056 3503 3553 3006 3057 3007
3058 3504 3554 3008 3059 3009 1965年12月[7]
3060 3505 3555 3010 3061 3011 1966年2月[7]
3062 3506 3556 3012 3063 3013 1966年3月[7]
Tc M T Mc Tc M Mc
3154 3602 3652 3104 3155 3603 3105 1965年12月[7]
3156 3604 3653 3106 3157 3605 3107

1966年以降の新造車は、3両+3両の6両編成となった。

← 大阪
神戸・宝塚 →
竣工
Tc M Mc Tc M Mc
3064 3507 3014 3065 3508 3015 1966年7月[7]
3066 3509 3016 3067 3510 3017
3068 3511 3018 3069 3512 3019 1966年8月[7]
3070 3513 3020 3071 3514 3021 1966年12月[7]
3072 3515 3022 3073 3516 3023
M
3517 1966年11月[7]
3518
Tc M Mc Tc M Mc
3158 3606 3108 3159 3607 3109 1966年11月[7]
3160 3608 3110 3161 3609 3111
M
3610 1966年11月[7]
3611 1967年[10]

単独M車も製造され、電動車が奇数で製造された初期編成に組み込まれた[7]

← 大阪
神戸・宝塚 →
竣工
Tc M Mc Tc M Mc
3074 3519 3024 3075 3520 3025 1967年6月[7]
3076 3521 3026 3077 3522 3027
3078 3523 3028 3079 3524 3029
3080 3525 3030 3081 3526 3031 1967年8月[7]
3082 3527 3032 3083 3528 3033
M
3529 1967年8月[11]
3530
3531
3532
3533
T
3557 1967年8月[11]
3558
3559
3560

1969年には、付随車が1両製造されている[10]

← 大阪
竣工
T
3561 1969年[10]

主な改造編集

冷房化改造編集

 
冷房化・パンタグラフ移設後の3500形
 
スイープファン設置車

1975年(昭和50年)より冷房化改造が行われるとともに、制御機器の1C8Mへの更新も実施された。冷房装置は新たに開発された10500cal/h (12.2kW) 冷房装置を3基搭載した[12]

電装機器は1C8M方式のM'Mユニットへの変更が行われ、3500形・3600形に主制御器(3000系はPE29A、3100系はPE29B[10])を、3000形・3100形に電動発電機などの補機類を装備した。3000形・3100形のパンタグラフは撤去されて3500形・3600形に移され2基搭載となった。

パンタグラフ部分の通風ダクト(モニター)は撤去されずに残されたが、3500形では後に撤去された。当時は山陽姫路までの乗り入れが検討されており[12]、山陽電鉄線内のトンネル通過のためにパンタグラフ折畳高さを下げる必要性からの措置である[12]。3600形ではその必要性がなく、モニターが残された[12]。この乗り入れは実現しなかった。

後期改造車の3008からは、長編成化に伴って編成中間に組み込まれた先頭車の運転台撤去・中間車化改造も行われ、以下の車両で実施された[12]。3100系では支線区の短編成運用を考慮し、運転台撤去は行われていない[7]

  • Mc'→M - 3000、3002、3004、3006、3008、3010、3012
  • Tc→T - 3051、3053、3055、3057、3061、3063

運転台機器や前照灯は撤去され、乗務員扉は撤去されて小窓が代わりに設置されたが、車内の仕切りは残され、車庫内の移動用の簡易運転台が設置されている。また、1970年ごろより編成に組み込まれていた2000・2021系の付随車についても、同時に冷房化改造が実施されたが、2021形のうち電装解除車については、2171形への改番(元番号+150)が、元先頭車は、3000系の中間車化改造車と同様の改造(ただし、簡易運転台は未設置)を受けて中間車化改造されている。

1982年以降の冷房化は、後述の表示幕設置と並行して行われ、冷却能力向上のために「スウィープファン」と呼ばれる送風ファンが取り付けられ、冷房装置の設置位置がより中央に集められる形になった。3000系の改造は1984年施工の3054Fを最後に終了した。3100系は1985年の3154Fを最後に改造を終了したが、この編成は、神戸・宝塚線では最後の冷房改造車でもある。

表示幕設置編集

 
種別・行先表示幕設置当初(急行の種別表示が現在とは異なる)
 
一部の方向幕未設置車は種別表示灯に行先を表示 2009.8.23 西宮北口にて

1981年より種別・行先表示幕(方向幕)が設置された。前面の標識灯は、通過標識灯と尾灯とが別々となって窓下に移設されたが、運転台奥行きが狭いため、6000系以降とは異なり、台座を介して取り付けられている。側面幕は種別・行先一体型となり、従来電光式の列車種別表示器があった場所に設置された[13]。1981年の3100系3152Fが阪急最初の表示幕改造車となり、3000系では1982年(昭和57年)より実施された。

なお、この時点で中間に組み込まれていた運転台付車両については、設置工事は見送られるか、あるいは運転台が撤去された。

冷房化済みの編成に、追加で表示幕を設置改造した車両もある。基本的には方向幕付き冷房改造車と同様だが、側面の方向幕取り付け位置が変更されている。この改造は、1988年に施工された3066Fを最後に終了し、未改造車については、車内化粧板の交換のみ実施された。3100系における追加改造は、1986年実施の3150Fの1編成に留まった。

一部の方向幕未設置車は種別表示灯に行先を表示していた。表示は固定となる。表示幕設置車を伊丹線用4連として編成組替の際に先頭車の正面が未設置(乗務員室に操作盤が無い)の場合、側面表示幕は「普通 塚口-伊丹」の固定表示となっていた。(該当編成は既に廃車)

スカート設置編集

 
スカートを設置した宝塚線の3000系

1995年3月より、宝塚線所属の3000系にスカートが設置された[14]。対象は8両編成4本の両端となる3007・3011・3013・3017・3052・3060・3062・3066の8両である[14]

速度の低い宝塚線での障害物巻き込み防止の効果を期待しての発想によるもので、他線への転出、他線からの新規転入の度に着脱されている[14]

このスカートは平井車庫で作成されたこともあって、他形式より若干角ばった独自の形状となっているが、2006年に今津(北)線から転入した3050Fのみ5000系リニューアル車と同じ形状のものが設置された。

阪神・淡路大震災編集

1995年に発生した阪神・淡路大震災では、3100系3109が伊丹駅の崩落に巻き込まれて廃車になった[14]。代車として3000系の3022に3109の主電動機を取り付け、運転台整備の上で2代目3109に編入した[14]

3022の代車は先頭車を使用する必要がないため、阪神・淡路大震災の直前に運用を終了していた、2800系の2842の電装機器を3000系のものに交換して暫定的に組み込まれた。同年夏には2021(→ 2071)系2171が3000系の機器で再電装されて正式に2代目3022に改造され2842を置き換えた。2171も製造時から中間車だったため、2代目3022は唯一の完全な中間車車体の3000形になった[15]

震災ではパンタグラフが破損した車両が発生し、今津線で使用する一部の3500形から三宮(宝塚)方の1基が撤去され、破損品の補充と予備部品の確保に充てられた。暫くそのままであったが、2000年以降5000系のリニューアルに伴うパンタグラフ交換で発生した余剰品が搭載され、2007年に大半が2基搭載に戻された[16]

運用編集

 
今津線西宮北口駅で入換え中の非冷房時代の3050(1974年)
 
今津線の3000系3058F
 
伊丹線転用後の3054F
(前照灯はLED化)

製造当初は神戸線の昇圧による改造開始まで暫くの期間があったため、当時の標準的な編成であったTc-M-T-Mc+Tc-Mcの4+2両の6両編成で登場した。1966年以降は神戸線の昇圧が近づいたこともあって、Tc-M-Mc+Tc-M-Mcの6両編成での製造に変更されるとともに、それ以前に製造された編成についても、3500形を新造して昇圧に備えた[17]

1966年に宝塚線、翌年に神戸線で開始の7両編成運転に際しては、6両編成の3000系・3100系に2000・2021系の付随車の編入も行われ[11]、Tc-M-T-M'c+Tc-M-M'cの構成となった。1967年(昭和42年)には、最後まで単独M車が残っていた5本が3500形を組み込んで2両ユニットに変更されて昇圧準備が完了した。

1967年10月8日、神戸線の架線電圧は1500Vへ昇圧された[11]。神戸線では翌1968年に1500V専用の5000系投入と1010系・1100系の1500V改造車の出場に伴い、宝塚線の昇圧に備えて3000系の一部が600Vに戻され[11]、1969年の昇圧実施に対応した。

昇圧後も神戸・宝塚線の主力車両として、特急から各駅停車に使用された。今津線においても昭和40年代後半から常に3000系4両編成2本が配置され、1977年(昭和52年)の同線の6両編成化まで使用された。1970年(昭和45年)の日本万国博覧会開催時には神戸線・宝塚線からの臨時列車として京都線千里線での入線実績もある。

1988年の春より、3100系は箕面線・伊丹線への転属を皮切りに支線運用が開始され、本線に残る車両はすべて方向幕付きの3本のみになった。これらの編成も、1998年までに支線に転出している。なお、3161については、甲陽線・今津(南)線での運用に備え、CPを1台増設している。

3000系の支線運用は、1988年(昭和63年)秋に今津線に転属した3072Fより開始された。当初は今津(北)線と伊丹線での運用であったが、2000系の廃車進行により、1991年(平成3年)からは3両編成で甲陽線および今津(南)線でも使用される様になった。方向幕取り付け車でも支線へと転出した編成も現れた。3両編成に組み込まれる3050形にはCPが1台増設され、3071形として区別されている。

1996年には、3100系3156Fの4両が能勢電鉄に譲渡された[14]

支線運用車のうち、甲陽線と今津(南)線の車両については、1998年秋のワンマン化の際に6000系と入れ替えられ、のち今津(北)線と伊丹線に転属した。

2000年代に入ってからは、スウィープファン(補助送風機)付き冷房機を持つ編成を神戸本線に、スウィープファンなしの編成を宝塚本線に集結させ、両線の3000系の仕様を統一する編成交換が行われた[18]。その後も、宝塚線へは2編成[19]が転属し、今津線へも1編成転属した結果、神戸線での使用編成は4編成にまで減少した。

2005年より、同年1月10日に発生した武庫之荘西踏切での自動車との衝突事故(当該車両:C#3005)[20]を受けて、本線系統の車両にATS更新と非常ブレーキの電気指令化改造工事[21]・スタフ切替器の交換が実施された。また、走行能力向上のために速度計のデジタル表示化、CPの位置変更も実施され、2008年3月までに全編成が施工完了された。3100系でも実施されている。

2011年公開の映画『阪急電車 片道15分の奇跡』では、今津線の3000系表示幕未設置車が撮影に使用され、2010年11月末より映画撮影用の臨時列車が運転された[22]。2011年の上映に合わせてPRヘッドマークが掲出された[23]

2011年の東日本大震災の影響による節電対策の一環として、同年7月25日から9月22日までの平日ダイヤで神戸本線の一部普通列車が8両編成から6両編成に変更され、この運用に3000系の6両編成が充当された[24]

2014年3月ごろより、箕面線・伊丹線に所属する編成の前照灯が、従来のシールドビームからLEDに交換されている[25]

廃車編集

 
伊丹線3077Fの3100(2013年)
 
さよならヘッドマークを付けた3101(2016年7月)
 
最後の3100系3651を組み込んだ3052F(2018年3月)

震災を除く廃車は1996年より開始され、非表示幕車から優先して廃車が進められた。3100系3156Fの4両は、1996年12月の廃車後に能勢電鉄へ譲渡された。

1998年の甲陽線・今津南線ワンマン化で余剰となった編成のうち、3100系3161Fの3両(3161-3609-3111[26])は神戸線所属のまま平井車庫に疎開留置されていたが、1999年12月27日に平井車庫から正雀工場へ回送、廃車となった[27]

9000系の増備に伴い、2007年には神戸本線の3056Fが今津線へ転属した。2代目3022を組み込んだ3072Fは、3056Fより脱車の2055・2080とともに2008年3月25日付で廃車となった[28]。その後も9000系による置き換えが進み、2011年2月に3078Fが6両に減車され、今津(北)線に転属した[29]。2011年3月には3068Fが、翌4月には3070Fが2075・2184・2085・6600とともに廃車となった。

今津(北)線最後の行先表示幕未設置車となった3058Fは、2011年9月10日に運用を離脱し、23日に正雀工場に回送された[30]

2012年2月21日に3074Fが4両に減車され、箕面線に転属した。翌22日には余剰となった3158Fが正雀工場に回送された[31]

2013年1月18日には、神戸本線最後の8両編成3054Fが4両に減車され、伊丹線に転属した[32]。翌19日に3159Fが正雀工場に回送された[33]

2013年6月、3066Fが4両に減車され箕面線に転属[34]、3080Fが正雀工場に回送された[35]

2014年1月には今津(北)線の3050Fが伊丹線に転属[36]、翌2月には阪急最後の行先表示幕未設置車であった3077Fが正雀工場に回送された[37]。これにより、阪急ひいては日本の大手私鉄から行先方向板車両が完全消滅となり、全て幕式またはLED式に統一された。

2014年6月、1000系の増備に伴って方向幕車の廃車も開始された。宝塚本線最後の3064Fが廃車となり、同時に8両編成の3000系も消滅した[38][39]さらに、8月には今津(北)線の3076Fが[40]正雀工場へ回送された。

その後廃車は一旦ストップしたが、2016年以降、5000系・6000系・7000系の転入により、各支線に残る車両の置き換えが本格化した。同年6月に今津線の3154F、7月に今津線の3152Fと箕面線の3066F・3074F、8月には伊丹線の3150F、箕面線の3060Fが相次いで消滅した[41]。3100系は3052Fに組み込みの3651号の1両を残すのみとなり、伊丹線の3100系3150Fには6月から7月にかけて引退記念ヘッドマークが掲出された[42][41]

2017年6月上旬、今津(北)線の3078Fが、10月5日には3082Fが[43]正雀工場に回送された。

2018年1月24日、伊丹線の3050Fが[44]、4月11日には今津(北)線最後の3056Fが、7月21日には伊丹線の3052Fが正雀工場に回送された[45]。3052Fには3100系最後の3651号が組み込まれていたため、この廃車をもって阪急の3100系は形式消滅となった。

2019年1月31日の時点では、伊丹線用の3054F・3062Fの4両編成2本8両を残すのみとなったが[46]、2019年3月には3062Fが正雀工場から廃車陸送された[47]。これにより、3000系は3054Fが残るのみとなっている。

廃車になった3000および3100の貫通扉は正雀工場内の阪急ミュージアムで保存されている。

編成編集

簡便化のため形式番号は省略し、車種記号のみとした。中間組込先頭車は運転台のある側にcの文字を、運転台撤去車は撤去側にoの文字を付している。

1987年編集

1987年10月現在[48]。全車8両編成、冷房化完了後。

← 梅田
三宮・宝塚 →
所属 冷房化[48] 表示幕化[48] 備考
Tc M T M'o To M T M'c
3050 3000 3550 3000 o o 3051 3529 2073 3001 神戸線 1982年 冷房化時
3052 3501 3551 3002 o o 3057 3518 2179 3007 宝塚線 1982年 冷房化時
3056 3503 2080 3006 o o 3055 3517 2055 3005 神戸線 1983年 冷房化時
3060 3505 3555 3010 o o 3061 3532 2053 3011 宝塚線 1980年 1989年
3062 3506 3556 3012 o o 3063 3533 2175 3013 神戸線 1982年 冷房化時
Tc M T M'c Tc M T M'c
3066 3509 3559 3016 c c 3067 3510 2093 3017 宝塚線 1976年 1988年
3068 3511 2187 3018 c c 3059 3531 2072 3009 宝塚線 1976年 未施工
3076 3521 3557 3026 c c 3077 3522 2076 3027 神戸線 1974年 1987年
3078 3523 3558 3028 c c 3079 3524 2075 3029 宝塚線 1982年 冷房化時
Tc M T M'c Tc M To M'c
3074 3519 3561 3024 c c 3075 3520 2191 o 3025 神戸線 1975年 1985年
3082 3527 3560 3032 c c 3083 3528 o 2077 3033 神戸線 1981年 冷房化時
Tc M T M'o Tc M T M'c
3058 3504 3554 3008 o c 3069 3512 2177 3019 神戸線 1979年 未施工
Tc M To M'c Tc M T M'c
3064 3507 2190 o 3014 c c 3065 3508 2059 3015 神戸線 1976年 1985年
3070 3513 2188 o 3020 c c 3071 3514 2063 3021 宝塚線 1977年 未施工
3072 3525 2189 o 3022 c c 3073 3516 2061 3023 神戸線 1977年 未施工
Tc M To M'o To M T M'c
3054 3502 o 2079 3004 o o 3053 3530 2088 3003 宝塚線 1984年 冷房化時
Tc M To M'c Tc M To M'c
3080 3525 o 2071 3030 c c 3081 3526 o 2074 3031 神戸線 1976年 未施工
Tc M T M'c Tc M To M'c
3150 3600 3650 3100 c c 3151 3611 2176 o 3001 宝塚線 1975年 1986年
3152 3601 3651 3102 c c 3153 3607 2178 o 3103 宝塚線 1981年 冷房化時
3156 3604 3653 3106 c c 3157 3605 2173 o 3107 宝塚線 1978年 未施工
3158 3606 3552 3108 c c 3159 3610 o 2087 3109 宝塚線 1975年 未施工
Tc M T M'c Tc M T M'c
3154 3602 3652 3104 c c 3155 3603 2171 3105 宝塚線 1985年 冷房化時
3160 3608 3553 3110 c c 3161 3609 2078 3111 宝塚線 1975年 未施工

1997年編集

1997年10月1日現在[49]。震災復旧後で3022・3109は2代目。

← 梅田
三宮・宝塚 →
所属 備考
Tc M T M'o To M T M'c
3050 3500 3550 3000 o o 3051 3529 2073 3001 神戸線
3052 3501 3551 3002 o o 3057 3518 2179 3007 宝塚線
3056 3503 2080 3006 o o 3055 3517 2055 3005 神戸線
3062 3506 3556 3012 o o 3063 3533 2175 3013 宝塚線
Tc M T M'o To M To M'c
3060 3505 3555 3010 o o 3061 3532 2188 o 3011 宝塚線
Tc M To M'c Tc M T M'c
3064 3507 2190 o 3014 c c 3065 3508 2059 3015 神戸線
Tc M T M'c Tc M T M'c
3066 3509 3559 3016 c c 3067 3510 2093 3017 宝塚線
3078 3523 3558 3028 c c 3079 3524 2075 3029 神戸線
Tc M T M'c Tc M To M'c
3074 3519 3561 3024 c c 3075 3520 2191 o 3025 神戸線
Tc M T M'c Tc M To M'c
3082 3527 3560 3032 c c 3083 3528 o 2077 3033 神戸線
Tc M T M'c Tc M T M'c
3150 3600 3650 3100 c c 3151 3611 2176 3101 宝塚線
3152 3601 3651 3102 c c 3153 3607 2178 3103 宝塚線
← 西宮北口
宝塚 →
所属 備考
Tc M M'c Tc M M'c
3054 3502 3004 c c 3053 3530 3003 神戸線
Tc M M'c Tc M M'c
3058 3504 3018 c c 3069 3512 3019 神戸線
Tc M M'o Tc M M'c
3068 3511 3008 o c 3059 3531 3009 神戸線
Tc M M' Tc M M'c
3072 3515 3022 c 3073 3516 3023 神戸線
Tc M M'c Tc M M'c
3154 3602 3104 c c 3155 3603 3105 神戸線
← 塚口
伊丹 →
所属 備考
Tc M T M'c
3076 3521 3557 3027 神戸線
3077 3522 2076 3026 神戸線
Tc M T M'c
3157 3605 3554 3107 宝塚線
3158 3606 3552 3108 宝塚線
3160 3608 3553 3110 宝塚線
Tc M To M'c
3159 3610 o 2079 3109 神戸線
← 甲陽園・今津
所属 備考
Tc M M'c
3070 3513 3020 神戸線
3071 3514 3021 神戸線
3080 3525 3030 神戸線
3081 3526 3031 神戸線
Tc M M'c
3161 3609 3111 神戸線
← 梅田
備考
T
2088
T
3652

2007年編集

3000系の第1次廃車開始前、2007年4月1日現在の編成を記す[50]

← 梅田
三宮・宝塚 →
所属 備考
Tc M T M'o To M T M'c
3050 3500 2184 3000 o o 3051 3529 2085 3001 宝塚線
3052 3501 3651 3002 o o 3057 3518 2179 3007 神戸線
3054 3502 3551 3004 o o 3053 3530 3652 3003 神戸線
3056 3503 2080 3006 o o 3055 3517 2055 3005 神戸線
3062 3506 3556 3012 o o 3063 3533 2175 3013 宝塚線
Tc M T M'o To M To M'c
3060 3505 3555 3010 o o 3061 3532 2188 o 3011 宝塚線
Tc M To M'c Tc M To M'c
3064 3507 2190 o 3014 c c 3065 3508 o 2090 3015 宝塚線
Tc M T M'c Tc M T M'c
3066 3509 3559 3016 c c 3067 3510 2093 3017 宝塚線
3078 3523 3558 3028 c c 3079 3524 2075 3029 神戸線
3082 3527 3560 3032 c c 3083 3528 3550 3033 神戸線
Tc M T M'c Tc M To M'c
3074 3519 3561 3024 c c 3075 3520 2191 o 3025 宝塚線
← 西宮北口
宝塚 →
所属 備考
Tc M M'c Tc M M'c
3058 3504 3018 c c 3069 3512 3019 神戸線
3070 3513 3020 c c 3071 3514 3021 神戸線
3076 3521 3026 c c 3151 3522 3027 神戸線
Tc M M'o Tc M M'c
3068 3511 3008 o c 3059 3531 3009 神戸線
Tc M M' Tc M M'c
3072 3515 3022 c 3073 3516 3023 神戸線
Tc M M'c Tc M M'c
3152 3601 3102 c c 3153 3607 3103 神戸線
3154 3602 3104 c c 3155 3603 3105 神戸線
塚口
伊丹
所属 備考
Tc M T M'c
3080 3525 3557 3030 神戸線
Tc M To M'c
3081 3526 2176 o 3031 神戸線
Tc M T M'c
3150 3600 3650 3101 神戸線
3077 3611 2076 3100 神戸線
3157 3605 3554 3107 宝塚線
3158 3606 3552 3108 宝塚線
3160 3608 3553 3110 宝塚線
Tc M To M'c
3159 3610 o 2079 3109 神戸線
休車
← 梅田
備考
To
2178 o

2016年編集

第1次廃車完了(方向板車全廃)後、第2次廃車開始前の2016年4月1日現在の編成を記す[51]。3000系は33両、3100系は17両に減少した。

← 西宮北口
宝塚 →
所属 備考
Tc M M'c Tc M M'c
3078 3523 3028 c c 3079 3524 3029 神戸線
3082 3527 3032 c c 3083 3528 3033 神戸線
Tc M M'o To M M'c
3056 3503 3006 o o 3055 3517 3005 神戸線
Tc M M'c Tc M M'c
3152 3601 3102 c c 3153 3607 3103 神戸線
3154 3602 3104 c c 3155 3603 3105 神戸線
← 塚口・石橋
伊丹・箕面 →
所属 備考
Tc M T M'c
3050 3500 3558 3001 神戸線
3052 3501 3651 3007 神戸線
3054 3502 3551 3003 神戸線
3060 3505 3555 3011 宝塚線
3062 3506 3556 3013 神戸線
3066 3509 3559 3017 宝塚線
3074 3519 3561 3025 宝塚線
Tc M T M'c
3150 3600 3650 3101 神戸線

2019年編集

3100系が全廃、3000系が伊丹線用4両編成2本のみとなった2019年1月31日時点の編成を記す[46]。このうち3062Fは同年3月に廃車陸送されている[47]

塚口
伊丹
所属 備考
Tc M T M'c
3054 3502 3551 3003 神戸線
3062 3506 3556 3013 神戸線

能勢電鉄3100系編集

 
能勢電鉄の3100系。前面が独自の形態に改造されている。

能勢電鉄の3100系は、1996年12月に阪急3100系1編成4両を譲受し、1997年に運用を開始した。

譲受車は3156Fで、車番は阪急時代の3156-3604-3653-3106を改番し、3170-3620-3670-3120として使用されている[14]。形式は妙見口方から3170形 (Tc) -3620形 (M)-3670形 (T) -3120形 (M'c) となっている。

導入に際してアルナ工機で改造され、車内は化粧板が木目からグレー系に、座席モケットがゴールデンオリーブから青色にそれぞれ張替えられ、つり革も握り部の形状が円形から三角形のものに交換された。車外についても、標識灯を腰部に移設し、アルミ製の板をその周囲に巻いたほか、車番も左窓上に記載するなど、従来の能勢電鉄への譲渡車とは一線を画した仕上がりとなった。

2017年8月にはスカートが設置された[52]

編成は2014年4月1日現在[53]。括弧内は阪急時代の番号。

備考
Tc M T M'c
3170
(3156)
3620
(3604)
3670
(3653)
3120
(3106)

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g 山口益生『阪急電車』142頁。
  2. ^ a b c d e f 山口益生『阪急電車』143頁。
  3. ^ 『日本の私鉄 阪急』1998年、84頁。
  4. ^ 『復刻版・私鉄の車両5 阪急電鉄』56頁。
  5. ^ 直流直巻補極補償線付き。定格電流 500 A・定格回転数 2150 rpm・許容回転数:4500 rpm・最弱界磁率 30%。
  6. ^ 『私鉄の車両5 阪急電鉄』53頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 山口益生『阪急電車』144頁。
  8. ^ a b 篠原丞「宝塚線 車両・運転のエピソード」『鉄道ピクトリアル』2015年3月号、電気車研究会。68頁。
  9. ^ 「大手私鉄ファイル 車両配置表」『鉄道ファン』2019年8月号付録、交友社
  10. ^ a b c d 山口益生『阪急電車』227頁。
  11. ^ a b c d e 山口益生『阪急電車』145頁。
  12. ^ a b c d e 山口益生『阪急電車』146頁。
  13. ^ 急行の表示幕については、当時の2200系6300系6000系7000系初期車が装備していた白地に赤文字の「急行」表示(特急の反転)ではなく、同年に登場した黒地にオレンジ文字の表示が採用された
  14. ^ a b c d e f g 山口益生『阪急電車』147頁。
  15. ^ このことから書籍などによっては3022を「3022形」と別形式として紹介している場合もある。
  16. ^ 神戸本線の3000系は2基搭載であったが、今津線運用から神戸本線運用へ変更した3054Fのみ1基搭載のまま使用されていた。
  17. ^ この関連で、3054Fと3056Fに組み込まれていた3552・3553が、新造された3500形と入れ替わりに3100系に転出している
  18. ^ 3052Fと3062Fが神戸線に、3064Fと3074Fが宝塚線に転属した。宝塚線への転入車は、スカートを装着している。
  19. ^ 3062Fと、一旦今津線に転属していた3050F
  20. ^ 鉄道事故調査報告書 V 阪急電鉄株式会社神戸線武庫之荘駅~西宮北口駅間列車脱線事故(踏切障害に伴うもの) 航空・鉄道事故調査委員会、2006年2月24日。
  21. ^ 更新後はATSのブレーキを非常ブレーキに変更したため、速やかに復帰が出来るようにすることが求められた。
  22. ^ 阪急今津線で映画「阪急電車」撮影の臨時列車 - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2010年12月14日
  23. ^ 阪急,映画「阪急電車」PRヘッドマークを掲出 - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2011年4月7日
  24. ^ 【阪急】神戸線所属3000系3082編成が6連化 RMニュース、2011年8月1日
  25. ^ 阪急3000系の一部にLED前照灯 - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2014年3月3日
  26. ^ 『HANKYU MAROON WORLD 阪急電車のすべて』阪急電鉄コミュニケーション事業部、1999年、139頁。
  27. ^ 佐々木晶朗「阪急電鉄 車両のうごき」『鉄道ピクトリアル』2000年4月号、92頁。
  28. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 '08年版』2008年、174頁。
  29. ^ 阪急3000系3078編成が6連に - 交友社鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2011年2月3日
  30. ^ 阪急3000系3058編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2011年9月24日
  31. ^ 阪急3100系3158編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2012年2月23日
  32. ^ 阪急3000系3054編成が4連化されて西宮車庫へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年1月19日
  33. ^ 阪急3100系3159編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年1月20日
  34. ^ 阪急3000系3066編成が試運転 - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年6月15日
  35. ^ 阪急3000系3080編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年6月4日
  36. ^ 阪急3000系3050編成が4連化される - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年1月28日
  37. ^ 阪急最後の行先表示板使用車が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2013年2月25日
  38. ^ この編成は最後の2071系残存車2両を含んでいた。阪急3000系3064編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2014年6月27日
  39. ^ 同編成は3000系で唯一、短編成化は行われず、8両全車が廃車となった。
  40. ^ 阪急3000系3076編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2014年8月22日
  41. ^ a b 高間恒雄「阪急電鉄の車両動向2017」『鉄道ファン』2017年8月号、78-79頁。
  42. ^ 鉄道ニュース阪急3100系3150編成にヘッドマーク - 鉄道ニュース(railf.jp)、2016年6月18日
  43. ^ 阪急3000系3082編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2017年10月7日
  44. ^ 阪急3000系3050編成が正雀へ - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2018年1月25日
  45. ^ 阪急3000系3052編成が陸送される - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2018年9月10日
  46. ^ a b 篠原丞「阪急3000・3100系の55年」『鉄道ファン』2019年5月号、95頁。
  47. ^ a b 阪急3000系3062編成が陸送される - 交友社「鉄道ファン」railf.jp鉄道ニュース 2019年3月29日
  48. ^ a b c 篠原丞「阪急3000・3100系の55年」『鉄道ファン』2019年5月号、167頁。
  49. ^ 『日本の私鉄 阪急』1998年、144-147頁。
  50. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 '07年版』2007年、122-125頁。
  51. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2016』交通新聞社、2016年、138-141頁。
  52. ^ 【能勢電鉄】3100系3170編成にスカート取付け RMニュース、2017年8月28日
  53. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 2014』交通新聞社、2014年、143頁。

参考文献編集

  • 山口益生『阪急電車』JTBパブリッシング、2012年。ISBN 4533086985
  • 飯島巌『復刻版・私鉄の車両5 阪急電鉄』ネコ・パブリッシング、2002年。ISBN 9784873662886
  • 篠原丞「阪急3000・3100系の55年」、『鉄道ファン』2019年5月号、交友社。88-95頁、166-167頁。

関連項目編集

  •   ウィキメディア・コモンズには、阪急3000系電車に関するカテゴリがあります。
  •   ウィキメディア・コモンズには、阪急3100系電車に関するカテゴリがあります。
  •   ウィキメディア・コモンズには、能勢電鉄3100系電車に関するカテゴリがあります。