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阪急5000系電車(5000けいでんしゃ)は、1968年から1969年に製造された阪急電鉄通勤形電車である。1967年の神戸本線の架線電圧1500Vへの昇圧後に最初の1500V専用車として新造され、神戸高速鉄道山陽電気鉄道への乗り入れに投入された[1]

阪急5000系電車
今津北線転属前・リニューアル工事後の5004F(2009年)
今津北線転属前・リニューアル工事後の5004F(2009年)
基本情報
運用者 阪急電鉄
製造所 ナニワ工機
製造年 1968年 - 1969年
製造数 47両
投入先 神戸線
主要諸元
編成 6両、8両編成
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1500V
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 2.8 km/h/s
減速度(常用) 4.5 km/h/s
減速度(非常) 5.0 km/h/s
車両定員 座席48・立席92(先頭車)
座席52・立席98(中間車)
座席48・立席102(簡易中間化改造車)
自重 37.2t(電動車)
32.0t(付随車)
全長 19,000 mm
全幅 2,750 mm
全高 4,020 mm
車体 普通鋼
台車 FS-369A、FS-069A
主電動機 直巻整流子電動機 SE-542形
主電動機出力 170 kW × 4
駆動方式 WN駆動方式
歯車比 1:5.31
編成出力 2,720 kW (4M4T/4M2T)
制御方式 抵抗制御
制御装置 MM28C形
制動装置 電磁直通ブレーキ発電ブレーキ(HSC-D・常用)
電気指令式ブレーキ(非常)
保安装置 パターン式ATS
デッドマン装置
備考 5570・5580形の諸元は阪急5100系電車参照
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(1987年12月11日 梅田 - 西宮北口間)

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本項目では解説の便宜上、梅田方先頭車+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:5000以下8両編成=5000F)する。

目次

製造の経緯編集

神戸線は輸送力増強と神戸高速鉄道東西線山陽電気鉄道本線(以下「山陽電鉄」)乗り入れ計画の具体化から、架線電圧1967年に600Vから1500Vに昇圧された。昇圧完了後の600V対応機能の不要による単電圧化、および居住性や乗り心地向上のための足回りの改善を眼目に新たに設計したのが5000系で、合計47両がナニワ工機で製造された。

車体・接客設備編集

車体寸法は2000系3000系の流れを汲むが、運転台周りは先に竣工した京都線用3300系での変更に準じている。

運転台の車掌台側仕切り窓にはガラスが設けられ、地下線内での車内放送の共鳴防止を図った[2][注 1]。地下線内での避難を考慮し、妻扉と乗務員室仕切り扉の開閉順序が逆になった。扉開閉スイッチは従来は側面乗務員室扉上の小型ボックスによる押しボタン式であったが、胸元あたりで操作可能な箱型で一本のレバーを上下する方式(↑開:↓閉)に変更された。これにより側面乗務員室扉の開き勝手が従来と逆になった。

運転台計器類の上部に付けられていた丸型の戸閉合図灯などの確認灯類は、一列で四角い枠に纏められて設置された。車内放送で使用する車掌マイクの設置位置は、車内から見て乗務員室側面乗降扉左側から右側の扉開閉スイッチ真下に移設した。運転台側にも車掌マイクが設置されている(後に3000系にも設置)。

天井のファンデリア枠は、丸型から3300系と同一の角型へ変更された。車内天井の蛍光灯ボックスの間に仕込まれているスピーカー部を拡大、左右とも同じものを設置した(ただしどちらか片側は非常灯)。

主要機器編集

電動車は製造当初からユニット方式とされ、1010系・1100系までと同じく制御電動車を大阪方とする配置に回帰した。主電動機は3000系と同出力の170kWで、1500V専用設計のSE-542直流直巻電動機を搭載した。弱界磁率は40%止まりとしたため、補償巻線は設けていない[1]

駆動方式はWN駆動方式、歯車比も3000系と共通の5.31で、定格速度も高く設定されている。パンタグラフは1ユニット当たり2基から1基に変更された。

台車は3300系から採用されたダイレクトマウントの空気バネ台車で、住友金属工業製のFS-369(電動台車)、FS-069(付随台車)を採用した[3]

ブレーキは発電ブレーキ併用の電磁直通ブレーキ(HSC-D)を採用する[3]

形式編集

2017年9月に形式呼称が変更された。右が変更後の形式(変更時点で形式消滅しているものは省略)[4]

新規製造形式編集

5500形リフレッシュ車
手前は5580形リフレッシュ車
5050形リフレッシュ車
5000形/Mc5000形
大阪向きの制御電動車(M'c)。電動発電機(MG)と空気圧縮機(CP)を搭載し、5500形または5040形とユニットを組む。5030・5031は連解増結用で、前頭部に密着式電気連結器を装備した[3]
5040形
神戸向きの制御電動車(Mc)。パンタグラフと制御器を搭載する。連解増結用で前頭部に密着式電気連結器を装備した[3]
5500形/M5500形
5000形とユニットを組む中間電動車(M)。パンタグラフと制御器を搭載する[5]
5050形/Tc5050形
神戸向きの制御車(Tc)[5]
5550形/T5550形
付随車(T)。宝塚本線の7両編成組成用に製造されたが、計画変更により1形式1両のみの新造車となった[3]
その後、リニューアル工事により5050形の中間車化改造車(To・T)が編入されている[注 2][注 3]。5558・5560はTo[6]、他はTとなった。
新造時の諸元[1][7]
形式 車種 車両番号 両数 定員 自重 台車 出力
5000形 M'c 5000 - 5013・5030・5031 16両 140人 35.0t FS-369 170kW×4
5040形 Mc 5040・5041 2両 140人 35.7t FS-369 170kW×4
5500形 M 5500 - 5513 14両 150人 35.5t FS-369 170kW×4
5050形 Tc 5050 - 5063 14両 140人 26.0t FS-069
5550形 T 5563 1両

改造編入形式編集

5520形/M5520形
5000形を中間車化した中間電動車(M'o・M')。5529・5531はM'o[6]、他はM'となった。
5540形/M5500形
5040形を中間車化した中間電動車(M)。新形式呼称では、新規製造分のM5500形と同一車種の扱いとなった。
5570形(5580形)/T5550-1形(種車がMc5100形の場合はT5550-2形)
5100系から編入の付随車(T)。5570は制御電動車の5130を電装解除[5]、他は5650形が種車となっている。リニューアル開始当初は5580形[8]、完了以降は5570形となった[9]

製造編集

当初は3両編成を2本繋いだ6両編成(Mc'-M-Tc+Mc'-M-Tc)の7編成42両が製造され[1]、神戸本線に配備された。

← 大阪
神戸 →
竣工
Mc' M Tc Mc' M Tc
5000 5500 5050 5001 5501 5051 1968年1月[1]
5002 5502 5052 5003 5503 5053 1968年2月[1]
5004 5504 5054 5005 5505 5055 1968年2月[1]
5006 5506 5056 5007 5507 5057 1968年7月[1]
5008 5508 5058 5009 5509 5059 1968年7月[1]
5010 5510 5060 5011 5511 5061 1968年8月[1]
5012 5512 5062 5013 5513 5063 1969年2月[1]

1969年には、連解運用を行うための増結車として、Mc'・Mcが2両ずつ製造された[7]

← 大阪
竣工
Mc'
5030 1969年11月[7]
5031 1969年11月[7]
Mc
5040 1969年11月[7]
5041 1969年11月[7]

1969年秋、最終編成の5012Fの6連を7連化して宝塚線へ転属させることとなり、5550形付随車を1両製造した[7]。しかし、運転上扱いにくいという理由で神戸線に戻すことになり[7]、続けての移籍計画は中止された。5550形は5563の1両のみの製造となった[7]

← 大阪
竣工
T
5563 1969年11月[7]

5000系は5014以降の増備計画もあったが、通勤車両への冷房搭載の機運の高まりから、増備は試作冷房車として設計変更した5200系に移行した[3]

編成組成の変化編集

製造当初の編成は以下の通り。番号順に規則的な編成組成がなされていた。

←梅田
  • 5000-5500-5050+5001-5501-5051
  • 5002-5502-5052+5003-5503-5053
  • 5004-5504-5054+5005-5505-5055
  • 5006-5506-5056+5007-5507-5057
  • 5008-5508-5058+5009-5509-5059
  • 5010-5510-5060+5011-5511-5061(以上、神戸本線用)
  • 5012-5512-5062+5013-※5563-5513-5063(宝塚本線用)
+は先頭車同士の連結部を示す。
ここでは5550形をで示した。5000系の製造終了に伴い、5550~5562は欠番となった。


1970年末より、神戸本線で連結解放運用が始まった。これは、6両編成に梅田側に2両を増結して8両編成を組成し、編成長が6両に制限される山陽電鉄乗り入れ時にはこの2両を三宮駅で切り離して入線するというものである。これに伴い、5000F、5002Fが編成を崩され、新規に製造されたを組み込んで以下のように再組成された[7]

  • 5000-※5040+※5030-5500-5050+5001-5501-5051
  • 5002-※5041+※5031-5502-5052+5003-5503-5053

製造・組み込みは前年中で、連結解放運用の開始までは神戸本線内で8両固定で使用された。5563が組み込み先編成の車両番号を考慮して飛び番号で製造されたのに対し、今回は製造順に0、1と番号が付された。連結解放運用はこの4本が5200系の同様の編成と共に限定的に充当された。

一方、5200系5200Fが製造されたのに伴い、連結解放運用対象外の編成のうち2本が暫定的に5200系と編成を組んで以下のようになった。ここでは5200系をで示す。

  • 5006-5506-※5741-※5711-5056+5007-5507-5057
  • ※5201-※5241+※5231-※5701-※5251+5004-5504-5054
  • ※5202-※5242+※5232-※5702-※5252+5005-5505-5055

5006Fは、編成内に5両編成が発生した点、非冷房の5000系編成内に冷房車の5200系が連結された点で非常に特異な存在となった。また、5004F、5005Fは5200系が密着式電気連結器を装備していたため、連結解放運用に使用された。


1971年、5000系は5012Fが宝塚本線から神戸本線に再転用され、5200系は5203Fが製造され、再び編成替えが行われた。が新たに製造された車両である。5004Fと5006Fは6両編成に復帰し、5013Fは分割の上で新たに連結解放運用に充当されるようになった。

  • 5202-5242+5232-5702-5252+5012-5512-5062
  • ※5203-※5243+※5233-※5244+5013-5563-5513-5063
  • 5004-5504-5054+5005-5505-5055(旧編成復帰)
  • 5006-5506-5056+5007-5507-5057(旧編成復帰)


1977年12月、連結解放運用が6000系に置き換えられることになり、それに先立って同年3月に、5000系の連結解放運用編成が元々6両編成だった編成も交えて編成替えが実施され、4両編成×2本の8両編成が5本造られた。上記の通り付随車が1両しか製造されていないことから車両が大幅に不足したが、製造終了から時間が経っていたうえ、同時期に機器の構造が複雑な2021系(改造後・2071系)の編成解除・付随車化工事が行われていたことから、これらが5550形付随車の代用として5000系に編入されることになった。連結位置は基本的に上記の5013Fに準じていたが、連結解放運用に用いられていた4本は変則編成となった。ここでは新たに組み込まれた付随車をで表す。

  • 5000-※2184-※2085-5040+5030<※2083-5500-5050
  • 5002-※2181-※2082-5041+5031-※2182>5502-5052
  • 5001<※2081-5501-5051+5003-※2183>5503-5053(通常の編成)
  • 5004<※2084-5504-5054+5005-※2185>5505-5055(通常の編成)
  • 5006<※2086-5506-5056+5007-※2186>5507-5057(通常の編成)
<、>は2021(2071)系の元先頭車の運転台部分との連結部を示す。例えば<2081‐は梅田側に運転台を持っていた車両である。2021系の運転台部分以外の貫通路幅は5000系よりも広く、改造時に狭めるためのアダプターが設置された。ただし、元連結解放運用編成2本(上2段)の2184‐2085、2181‐2082間の連結部は、2021系同士で連結に支障がないため、原形のまま残された。

この時編入された2021系12両は、エコノミカル台車と呼ばれる空気バネ台車を装備しており、この改造で2021系の空気バネ台車装備車両は全車5000系に編入されて消滅することになった。また、当時非冷房であったので転用改造時に冷房搭載改造された。車内側の意匠は極力前後の5000系に合わせられたものの、冷房機は当時の新造車に使用されていた新型機(10500cal/h×3基/1両)が搭載され、さらに元先頭車は運転台撤去跡が残る改造[注 4]のみで編入されている。


1979年、連結解放運用からの撤退後も6M2T編成(他の8両編成は4M4T)のままとなっていた5200系との混結編成が、編成替えによって6両編成化された。この時5563は5202Fに編入され、連結していた2本は製造時の編成に復帰した。ここでは5200系をで示す。

  • 5012-5512-5062+5013-5513-5063
  • ※5202-※5242+※5232-※5702-5563-※5252


また、同年6両編成のまま残った3編成に対して増結が行われ、全編成が8両固定編成となった。6両編成は長らく今津線を中心に使用されていたが、西宮北口駅の神戸本線ホーム延長に伴い南北に分断されることになり、それを機に2000系と入れ替わる形で神戸本線に集結することになった。組成順に以下の通りである。

  • 5008-**2066-5508-5058+5009-**2069-5509-5059
  • 5012-*2882-5512-5062+5013-2883-5513-5063
  • 5010-※2090-5510-5060+5011-※2171-5511-5061

この時連結された車両は、2000系は支線転出で、2800系は7両編成化で余剰となった車両で、特に元特急車の2800系は窓の形状などに大きな差異があった。ここでは2071系を、2000系を**、2800系をで示した。


しかし、同年中に発生した六甲事故で廃車された2000系2050の代車を手配するにあたり、他形式を巻き込んだ編成替えが行われた。これにより、5010Fの2171が3100系編成に転用され、代わりに2800系の2886を編入することとなった。

  • 5010-2090-5510-5060+5011-*2886-5511-5061


1987年、後述の車体更新の進捗に伴い、5010F、5012Fは改造時に対象から外れた2800系中間車を差し替えるための編成替えが実施された。ここで長らく5200系の編成内に連結されていた5563が5000系編成に復帰。抜かれた2800系は中間車捻出元の5200系や2000系の編成に転用された。ここでは新たに連結された車両をで示す。

  • 5010-2090-5510-5060+5011-※5563-5511-5061
  • 5012-※2172-5512-5062+5013-※2174-5513-5063


2000年よりリフレッシュ工事が始まった。詳細は後述する。これにより、順次2000系列付随車を連結した状態でリフレッシュ入場し(出場時に脱車)、代わりに同様の工事を受けた5100系付随車5650(→5580)形を連結して下記編成図の状態になった。ただし、5012Fのみ2003年に未改造のまま、同じく未改造の5650形を連結し、2071系を置き代える編成替えが行われた。ここでは新たに連結された車両をで示す。

  • 5001<2081-5501-5051+5003-※5563-5503-5053
  • 5012-※5662-5512-5062+5013-※5663-5513-5063

5012Fはリフレッシュまでの約1年間、この編成で使用された。

主な改造編集

冷房化改造編集

 
神戸線普通 5001ほか8両
園田駅 1988年

1973年から1974年にかけて、京都線特急車2800系に続いて冷房搭載工事が施工された[10]。冷房装置は2800系や5200系で採用された扇風機併用集約分散式(形式:RPU2202形)8000kcal/h×4基/1両であり、冷房ダクトが設置された関係で屋根が室内側に若干低く平天井になった[注 5]。屋根上にあった通風ダクト(モニター)は、パンタグラフの下の部分を残し撤去された。

MGは60kVAが2両に1台の割合で搭載されていたが、京都線車両と同様の4両に1台の割合で120kVAを搭載する方式に変更、京都線車両と同様の東洋電機製TDK3760-A[11][注 6]が搭載された。台車は重量増加に対応するため、形式はそのままに5100系ほか新造冷房車と同等までに強化されている。

連解運用の終了後に8両編成化で組み込まれた2021系→2071系も冷房改造が行われ、10,500kcal/h×3基を搭載した[10]

表示幕設置編集

 
表示幕設置後の5002F
王子公園駅 2007年5月)

1984年から1990年にかけて表示幕設置工事が行われ、先頭車の前面上部と2071系も含めた全車両の側面に方向幕が設置された。標識灯は窓下に下ろされ、種別灯尾灯が別々に4灯新設された。伊丹線予備車となった5000Fを除いて4両編成での運用機会はなくなっていたため、この時点で1、8両目に連結されていた先頭車のみが施工された。5000F中の5040、5030以外の4、5両目の先頭車は、後にマスコンブレーキスタフ切替器といった運転機器が撤去されて先頭車としての機能を失っている(乗務員室自体は残存)。

車体更新工事も行われ、車体の補修や車内化粧板の張替えなどが施工された。パンタグラフ下に残っていた通風ダクトも撤去されている。

その他の改造・変遷編集

2014年より前照灯がLEDに更新[12]された編成が登場した。

リニューアル編集

 
リニューアル後の5061と5063

1990年代以降において、阪急電鉄の経営は厳しくなったことから、21世紀初頭までの間は新車の大量投入が難しい状況が続いていた。

当時、3000系や増結用中間車となった2000系列が大量に残存している状況であったため、将来的な車両の使用のために製造から30年近く経過した本形式を対象に大規模な更新工事が実施された。全編成がアルナ工機(2002年以後はアルナ車両)において新車同様に改造されている。第1号の5010Fは2001年9月に出場[13]、2007年11月に5002Fの出場により全編成のリニューアルが完了した。制御装置は従来の抵抗制御のままである。

外観・機能面の変更点編集

前面は8000系と同様に貫通扉のガラスが下方に拡大され、種別標識灯と尾灯は8000系と同じ角型に変更、足掛けが大型化され垂直部にステンレスが貼られた[14]。足掛けは施工の度に薄くなり、1本目の5010F、2本目の5008F、3本目の5006F以降とで異なっている[14]。種別標識灯は白色のLED[15]を初採用し、視認性向上を図った。

塗装はツーハンドル車では初めて屋根肩部がアイボリーに塗り分けられ[14]、先頭車にはスカートが設置された[16]。前面の車両番号は、1本目の5010Fでは貫通扉に設置されたが、2本目の5008F以降は車掌台側の窓下に変更された[14]。それに伴い同部分の種別灯・尾灯の位置が若干下げられた。先頭部のジャンパ栓は撤去されたが、連結器は自動連結器で変更はない[14]

編成は従来は M'c-T-M-Tc+M'c-T-M-Tc が基本であったが[14]、組成変更により M'c-M-T-T-M-M'-T-Tc の貫通8両編成となった[16]。編成中間の先頭車は運転台を撤去し、撤去部は1編成目の5010F、2編成目の5008Fまでは運転台撤去跡が残されたが、3編成目の5006F以降は完全な中間車に改造されている[16]。編成中の2000系列は脱車され、代わりに5100系より付随車16両と付随車化した5130の計17両を5570形[3](当初は5580形[17])として編入、編成全車を空気ばね台車で統一した[3]。5100系編入車と従来からの5000系では、屋根形状に差異が見られる[14]

冷房装置は従来の8,500kcal/h×4から10,500kcal/h×4に強化された[17]。既存のRPU-2202(8,500kcal/h)に代わり、新冷媒と除湿機能を搭載したRPU-3018(10,500kcal/h)が設置されている[5]

パンタグラフはシングルアーム式(PT-7105[15])に交換された[16]。5501・5503 - 5507は阪神・淡路大震災で破損したパンタグラフの代替品を捻出するため、既にシングルアーム式に交換されていた[14]

運転台は速度計をデジタル式に変更、表示灯もLED化された[6]。運転台デスク部は5010Fでは黒色化されたが、5008F以降の編成では従来の色のままである。その他、電子警笛も追加されている[15]。ブレーキは従来車同様のHSC-Dであるが、非常ブレーキが電気指令化された[15]

客室設備の変更点編集

車内の化粧板はマホガニー模様の木目調を継承するが、妻面や扉部分は更に濃い色調としてアクセントを付けた[18]。この色調の内装は9000系9300系以降の新造車にも引き継がれている[14]

窓ガラスは緑色のUVカットの複層ガラスに交換され、乗降扉のガラスも大型化された[8]。側窓はパワーウィンドウを採用、日除けは阪急伝統の鎧戸型からフリーストップ式のロールカーテンに変更され、操作性の向上を図った[8]。第1・第2編成の旧乗務員室部分は横仕切りの一部を残して2人掛けの座席を設置、狭幅のパワーウインドウ付き側窓が設置された[14]

床材は模様入りとなり、側入口付近は滑り止め加工を行った[13]。荷棚は従来はパイプ式であったが、荷物落下防止のためポリカーボネート製のボード形に変更[8]、6本目の5001Fでは金属化された[6]。車内天井の冷房吹出口は従来同様ながら形状を変更、側出入口付近にはスイープファンを設け、補助回転扇を撤去し、フラットな天井構造となった[5]

バリアフリー対応の設備も設けられ、各車の扉付近3箇所には、次駅案内や停車駅案内等を行うLED車内案内表示装置が設置された[6]車椅子スペースは大阪方から1・3・5・8両目に設けられている[6]。扉開閉予告灯とドアチャイムも設置されている。つり革は座席前のものを従来より50mm下げ、床面から1,567mmの高さとして使用性の向上を図った[18]

リニューアル後の編成編集

編成は以下のとおり[16][14]。掲載順序は施工順とした。カッコ内は改番車の旧車番。5100系より編入の付随車は一括して5570形として扱う。

← 大阪
神戸 →
入場 - 出場
M'c M T To M'o M T Tc
5010 5510 5580
(5660)
5560
(5060)
5531
(5011)
5511 5581
(5661)
5061 2000年10月 - 2001年8月
5008 5508 5588
(5668)
5558
(5058)
5529
(5009)
5509 5589
(5669)
5059 2001年10月 - 2002年10月
M'c M T T M' M T Tc
5006 5506 5586
(5666)
5556
(5056)
5527
(5507)
5507 5587
(5667)
5057 2002年10月 - 2003年8月
5012 5512 5582
(5662)
5562
(5062)
5533
(5013)
5513 5583
(5663)
5063 2004年2月 - 11月
5004 5504 5584
(5664)
5554
(5054)
5525
(5005)
5505 5585
(5665)
5055 2005年2月 - 11月
5001 5501 5591
(5681)
5551
(5051)
5523
(5003)
5503 5563 5053 2005年11月 - 2006年8月
5000 5500 5590
(5670)
5593
(5680)
5520
(5030)
5540
(5040)
5570
(5130)
5050 2006年6月 - 2007年1月
5002 5502 5592
(5672)
5572
(5652)
5521
(5031)
5541
(5041)
5573
(5653)
5052 2007年5月 - 11月

運用編集

 
リニューアル前の5000F(武庫之荘駅付近)
 
今津線転用後の5012F(宝塚駅、2017年12月)
 
保存されている5000の原形貫通扉 2011.5.8 正雀工場内の阪急ミュージアムにて

5000系は神戸線に集中配置され、山陽電鉄本線須磨浦公園駅への乗り入れ・連解運用に充当された。宝塚線にも短期間配属されたほか、1970年大阪万博開催時には臨時列車として京都線千里線での入線実績もある。

1977年に神戸線の連解運用が6000系に置き換えられ[10]、5000系は新開地までの運用となり、2021系を付随車として組み込んだ8両編成となった[10]。6両のまま今津線で運用された編成もあったが、1984年の今津線分断を機に8連化され神戸本線の配置となった。

1995年に発生した阪神・淡路大震災では5000系は特に被害を受けなかったが、5012Fが岡本 - 御影間で被災し同区間に閉じ込められ、全線復旧までの間夙川 - 岡本(後に夙川 - 新開地)間の折り返し運用に就いていた[注 7]

5000系は特急から普通まで幅広く運用されていたが、2006年10月28日のダイヤ改正で日中の特急が115km/h運転となって以降は、普通運用が主体となった[6]。特急・通勤特急での運用は原則的に平日朝のみとなっていたが、2016年春のダイヤ改正以降は、平日夕方の特急でも5000系が運用されるようになった[19]

1000系の増備に伴い、2016年5月に5010Fが5580・5581のT車2両を抜いた6両編成となり、今津北線専用編成となった[20]。なお、抜かれたT車は5100系編入のリニューアル車両であったが、廃車となった[19]

さらに、2016年6月には5004Fが[21]、2017年4月には5006Fが[22]、2017年7月には5002Fが[23]、2017年10月には5012Fが、2018年4月には5008Fが、2018年7月には5001Fが今津北線専用編成となり、同線に残る3000系・3100系を全て置き換えた。[24]これらについても、抜かれたT車が廃車となった。なお、2019年4月には製造当初から付随車であった5563が5591・6558・6568・3062Fと共に廃車されたことにより、純粋な5000系で初の廃車が発生した[25]

リニューアル工事で交換された5000の貫通扉は、正雀工場内の阪急ミュージアムで保存されている。

50周年関連編集

2018年、5000系の登場50周年記念として、5000FにHMと旧社章を復刻した記念列車が2018年4月7日から6月30日まで運行され[26]、各種グッズも販売された。[27]

編成編集

簡略化のため車種記号のみ表記。中間組込先頭車は運転台のある側にcの文字を、運転台撤去車は撤去側にoの文字を付している。ここでは改番による旧車番は省略する。

1999年編集

1999年10月1日現在[28]。リニューアル施工開始前。

梅田
備考
M'c T T Mc M'c To M Tc
5000 2184 2085 5040 c c 5030 o 2083 5500 5050
M'c T T Mc M'c To M Tc
5002 2181 2082 5041 c c 5031 2182 o 5502 5052
M'c To M Tc M'c To M Tc
5001 o 2081 5501 5051 c c 5003 2183 o 5503 5053
5004 o 2084 5504 5054 c c 5005 2185 o 5505 5055
5006 o 2086 5506 5056 c c 5007 2186 o 5507 5057
M'c T M Tc M'c T M Tc
5008 2066 5508 5058 c c 5009 2069 5509 5059
5012 2172 5512 5062 c c 5013 2174 5513 5063
M'c To M Tc M'c T M Tc
5010 o 2090 5510 5060 c c 5011 5563 5511 5061

2016年編集

2016年4月1日現在[29]。全車リニューアル施工済み。

梅田
備考
M'c M T T M' M T Tc
5000 5500 5590 5593 5520 5540 5570 5050
5002 5502 5592 5572 5521 5541 5573 5052
5001 5501 5591 5551 5523 5503 5563 5053
5004 5504 5584 5554 5525 5505 5585 5055
5006 5506 5586 5556 5527 5507 5587 5057
5012 5512 5582 5562 5533 5513 5583 5063
M'c M T To M'o M T Tc
5008 5508 5588 5558 o o 5529 5509 5589 5059
5010 5510 5580 5560 o o 5531 5511 5581 5061

2018年編集

2018年4月1日現在[30]。2016年より今津北線への転用・6連化が進んでいる。

8両編成(神戸本線)
梅田
備考
M'c M T T M' M T Tc
5000 5500 5590 5593 5520 5540 5570 5050
5001 5501 5591 5551 5523 5503 5563 5053
M'c M T To M'o M T Tc
5008 5508 5588 5558 o o 5529 5509 5589 5059
6両編成(今津北線)
宝塚
備考
M'c M T M' M Tc
5002 5502 5572 5521 5541 5052
M'c M T M' M Tc
5004 5504 5554 5525 5505 5055
5006 5506 5556 5527 5507 5057
5012 5512 5562 5533 5513 5063
M'c M To M'o M Tc
5010 5510 5560 o o 5531 5511 5061

2019年編集

2019年7月現在[31]

8両編成(神戸本線)
梅田
備考
M'c M T T M' M T Tc
5000 5500 5590 5593 5520 5540 5570 5050
6両編成(今津北線)
宝塚
備考
M'c M T M' M Tc
5001 5501 5551 5523 5503 5053
5002 5502 5572 5521 5541 5052
5004 5504 5554 5525 5505 5055
5006 5506 5556 5527 5507 5057
5012 5512 5562 5533 5513 5063
M'c M To M'o M Tc
5008 5508 5558 o o 5529 5509 5059
5010 5510 5560 o o 5531 5511 5061

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 従来未設置の2000、3000系にも冷房化に伴い取り付けられた。
  2. ^ 書籍によっては中間車化された車両のみを「5550形」とし、5563は「5563形」としている場合もある。
  3. ^ 5055は改造対象にならなかったため、5555は欠番のままである。
  4. ^ 新造時から中間車の車両と異なり、妻面に丸みが残り、乗務員用扉の代わりに設けられた側面窓は小さく、運転台仕切りが一部残っていて運転機器撤去後には座席がない。つまり、車内でもこの部分のみは意匠が異なっている。
  5. ^ 5200系は当初から屋根が高めに造られて、2800系はダクトのみが室内に張り出した形で設置されたため、結果的にこれらのどれとも異なる形態となった。この違いは後述のリフレッシュ時に屋根高さの不揃いとして表れることとなる。
  6. ^ 神宝線車両で東洋電機製のMGを採用しているのは5000系のみである。
  7. ^ 緊急停車した場所が住吉川擁壁直前だったため、間一髪直撃はまぬがれた。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k 山口益生『阪急電車』172頁。
  2. ^ 『私鉄の車両5 阪急電鉄』44頁。
  3. ^ a b c d e f g h 篠原丞「阪急電鉄 現有車両プロフィール2010」『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号、電気車研究会。245頁。
  4. ^ 「大手私鉄ファイル 車両配置表」『鉄道ファン』2019年8月号付録、交友社
  5. ^ a b c d e 篠原丞「阪急電鉄 現有車両プロフィール2010」『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号、電気車研究会。248頁。
  6. ^ a b c d e f g 篠原丞「阪急電鉄 現有車両プロフィール2010」『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号、電気車研究会。247頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k 山口益生『阪急電車』173頁。
  8. ^ a b c d 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。63頁。
  9. ^ 山口益生『阪急電車』228頁。
  10. ^ a b c d 山口益生『阪急電車』174頁。
  11. ^ 『私鉄の車両5 阪急電鉄』156-157頁。
  12. ^ 阪急5000系にヘッドライトLED化編成 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2014年3月12日
  13. ^ a b 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。62頁。
  14. ^ a b c d e f g h i j k 篠原丞「阪急電鉄 現有車両プロフィール2010」『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号、電気車研究会。246頁。
  15. ^ a b c d 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。66頁。
  16. ^ a b c d e 山口益生『阪急電車』175頁。
  17. ^ a b 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。65頁。
  18. ^ a b 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。64頁。
  19. ^ a b 高間恒雄「阪急電鉄の車両動向2017」『鉄道ファン』2017年8月号、交友社。78頁。
  20. ^ 阪急5010編成が6連化、今津線の運用に充当される - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2016年5月24日
  21. ^ 阪急5004編成が6連化され出場 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2016年6月23日
  22. ^ 阪急5000系5006編成が6連化され、今津線へ - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2017年4月26日
  23. ^ 阪急5000系5002編成が6連化される - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2017年7月25日
  24. ^ また、7000系は今津北線専任が解除され、8連化または8000系2連と併結の上本線運用へ復帰した。このうち、7006Fはその後京とれいん雅洛へ改造された。
  25. ^ 阪急電鉄鉄道ファンクラブ会報vol.89による
  26. ^ 阪急神戸線で「5000系車両誕生50周年記念列車」運転railf.jp
  27. ^ 5000系車両誕生50周年記念列車を運行 レールファン阪急
  28. ^ 『HANKYU MAROON WORLD 阪急電車のすべて』阪急電鉄コミュニケーション事業部、1999年、139頁。
  29. ^ ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 2016』交通新聞社、2016年、139頁。
  30. ^ 「大手私鉄車両ファイル 車両配置表」『鉄道ファン』2018年8月号付録、交友社。
  31. ^ 阪急電鉄鉄道ファンクラブ会報vol.89

参考文献編集

  • 山口益生『阪急電車』JTBパブリッシング、2012年。ISBN 4533086985
  • 飯島巌『復刻版・私鉄の車両5 阪急電鉄』ネコ・パブリッシング、2002年。ISBN 9784873662886
  • 川口満「阪急電鉄5000系リフレッシュ車」『鉄道ピクトリアル』2002年3月号、電気車研究会。62-66頁。