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阿部賢一

阿部 賢一(あべ けんいち、1890年明治23年)8月28日 - 1983年昭和58年)7月26日)は日本の経済学者ジャーナリスト。第8代早稲田大学総長。

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経歴編集

1903年(明治36年)から1908年(明治41年)までの5年間を同志社普通学校で学ぶ。同窓には湯浅八郎がいた。同志社を出た後早稲田大学大学部政治経済学科に進学。1912年(明治45年)同学科を首席卒業。同年設立された同志社大学に講師として赴任する。10年間同志社大学で講師、教授を務めた後請われて早稲田大学に移籍。1935年(昭和10年)まで政治経済学部で教鞭をとる。その一方でジャーナリストとしても活躍。岳父徳富蘇峰が主宰する『国民新聞』記者、『東京日日新聞』論説委員、主筆などを歴任した。戦後公職追放となり[1]、追放解除後は早稲田大学に復帰。1951年(昭和26年)から1961年(昭和36年)まで講師、常任理事、評議員会会長。1966年(昭和41年)5月には総長代行として再び復帰、同年9月総長就任。大学紛争の解決に粉骨砕身し、機動隊の手に委ねることなく封鎖解除を成し遂げることに成功した。1971年(昭和46年)、勲一等瑞宝章受章。 妻は徳富蘇峰の三女の久子。

著書編集

  • 『財政學講義』明善堂 1922-23
  • 『財政學』明善社 1924 
  • 『經濟學原論』明善社 1925 
  • 『租税の理念と其分配原理』早稲田大学出版部 1926 
  • 『生活問題と經濟思想』民友社・国民パンフレツト 1928
  • 『常識経濟學』現代公民講座 雄風館書房 1930 
  • 『非常時財政読本』中央公論社 1934
  • 『靑年の力』大新堂 1941
  • 『經済新辞典』編 研進社 1949
  • 「徳富蘇峰」『三代言論人集 第6巻』時事通信社 1963
  • 『新聞と大学の間 学究・記者・早大紛争』毎日新聞社 1975

共著編編集

  • 『新聞経濟記事の基礎知識』編 栗田書店 1932
  • 『各國經濟政策と我國非常時財政策』青木得二共著 英文通信社 1933
  • 『最新商業経濟辞典』編 同文館 1937
  • 『経済新辞典 上』編 研進社 1949

脚注編集

  1. ^ 公職追放の該当事項は「毎日新聞社東京主筆」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年320頁。NDLJP:1276156