陸軍元帥 (イギリス)

ウィキメディアの一覧記事

イギリスにおける陸軍元帥:Field Marshal)は、イギリス陸軍の最上位階級である。NATOコードのOF-10英語版に対応する5つ星階級英語版であり、イギリス海軍海軍元帥英語版イギリス空軍空軍元帥英語版と同等である。陸軍元帥の階級章は、聖エドワード王冠の下に黄色の葉で囲まれた元帥杖2本で記される。空軍元帥や海軍元帥同様、半給制度にかかわらず陸軍元帥は伝統的に終身である[1][2] 。元帥は歴史上散発的に任命され、18-19世紀には(全元帥が死亡したため)任官者のいない期間もあった。第二次世界大戦後、帝国総参謀長(Chief of the Imperial General Staff。後に総参謀長英語版に改称)を在任最終日に任命することが慣例となった。また、イギリス軍全体の制服組トップである統合参謀総長英語版は、通例その任命時に元帥に昇進する。

陸軍元帥
British Army OF-10.svg
陸軍元帥の肩章
 イギリス
軍隊  イギリス陸軍
略称 FM
階級 5つ星英語版
NATO階級 OF-10英語版
NATO階級 O-11英語版
制定 1736年
下位階級 陸軍大将英語版
同等階級 海軍元帥英語版 (RN)
空軍元帥英語版 (RAF)

1736年の制定以来、これまでに計141人が陸軍元帥に任命された。その大半はイギリス陸軍またはイギリス領インド陸軍で軍務につき、昇進を経て最終的に元帥となった。イギリス王室の数名、最近では ケント公エドワードチャールズ皇太子、が短期間の軍務後に元帥に任命された。エドワード7世は即位時に既に元帥であったが、3人のイギリス王、ジョージ5世エドワード8世ジョージ6世は、国王即位時に元帥となった。そして2人の王配、ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバートエディンバラ公フィリップは結婚した女王により元帥に任命された。元帥は外交行為として儀礼的に任命されることもある。他国の君主12人が元帥となったが、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、オーストリア皇帝フランツ1世昭和天皇は両世界大戦でイギリスと同盟国の敵国となったことで、元帥位を剥奪された。その他、フランス人1人(フェルディナン・フォッシュ)とオーストラリア人1人(トーマス・ブラミー英語版)が第一次・第二次世界大戦での貢献に対し、そして政治家1人(ヤン・スマッツ)が元帥に任命された[3]

1995年イギリス国防省が依頼した報告書で、軍の予算の削減に関する多くの勧告が行なわれ、その中に5つ星の廃止もあった。その根拠には、元帥位がその指揮する部隊の規模に対して不釣り合いであり、アメリカ合衆国をはじめとする緊密な同盟国では、そのような階級が既に使われていないことがあった(アメリカには元帥位は現存するが、オマール・ブラッドレー陸軍元帥以降は新たな任官者なし)。この勧告は全てが採用されなかったが、参謀長を5つ星に昇進させる慣習は廃止され、現在は特別な場合にのみ任命されることになっている。現役軍人として最後に昇進したのは、1994年ピーター・イング男爵である。イングは1997年に統合参謀総長を辞任したが、後任のチャールズ・ガスリー英語版は統合参謀総長就任時に元帥昇進しない最初の人物となった[3]

近年では、2012年にエリザベス2世が、イギリス軍の最高指揮官である女王を支える表彰としてチャールズ皇太子を陸海空三軍の元帥に任命した[4]。同時に、2001年に統合参謀総長を辞任し現役引退していたガスリーも名誉陸軍元帥に任命された[5]。そして2014年6月には、前統合参謀総長のマイケル・ウォーカー英語版が名誉陸軍元帥に任命された[6]

イギリス海兵隊では元帥の階級は使用されていないが、陸軍元帥の階級章は、儀礼上の軍団長(名誉連隊長と同等)である海兵隊総司令官英語版の制服に使われている[7]

階級章編集

 
エディンバラ城ロイヤルスコッツ近衛竜騎兵連隊英語版博物館に展示されている陸軍元帥の制服と元帥杖

陸軍元帥の階級章は、オークの葉の輪の中にある2本の交差した元帥杖と上部の王冠で構成される。歴史的にイギリスの影響下にあった他のいくつかの国では、この階級章を改変したものが使用されており、王冠の代わりに文化や国の象徴で置き換えられているものもある。元帥は任命時に、公式の場で所持できる先端が金製の元帥杖を受け取る。

陸軍元帥の一覧編集

 
陸軍元帥のうち4名はイギリス最高の勲章であるヴィクトリア十字章を受章している。

陸軍元帥の大多数がイギリス軍の職業軍人であり、11名がイギリス領インド陸軍の軍人である。少なくとも57名の陸軍元帥が戦場で負傷し、うち27名は複数回負傷した。そして8名が捕虜となった経歴がある。ウェリントン公爵が元帥に昇進したビトリアの戦いに従軍した者のうち15名が後に元帥となり、ワーテルローの戦いでウェリントンの下、戦った者のうち10名が元帥に昇進した。しかし戦場で指揮を執ったことがあるのは38名だけであり、12名は陸軍総司令官英語版(1904年以前の陸軍トップ)あるいは帝国総参謀長を務めた[3]

4人の陸軍元帥、イブリン・ウッド英語版ジョージ・ホワイト英語版フレデリック・ロバーツ英語版ゴート子爵ジョン・ヴェレカーは、元帥昇進前に、戦場での武勲に対する最高かつ著名な報奨である ヴィクトリア十字章(VC)を授与されている。ウッドは戦傷が多いことで有名であり、1858年に、インドの反乱に対する攻撃と、他の反乱グループの密告者を救出したことでヴィクトリア十字章を授与された。騎兵指揮官のホワイトは1879年にアフガニスタンで敵の大砲に対し2回の突撃を行い、グレナディアガーズのゴートは1918年に第一次世界大戦で重傷を負いつつ攻撃を指揮した。ロバーツはインド大反乱での功績に対しヴィクトリア十字章を授与された[8][9][10][11][12]

王族以外で最年少で元帥となったのは、44歳で昇進したウェリントンである。ドロヘダ侯爵チャールズ・ムーア英語版は最年長、91歳で元帥に昇進した。ほか23名が80歳代で元帥に昇進している。また、ウェリントンは複数の大臣に就いただけでなく首相となった唯一の陸軍元帥である[3]

これまで、騎兵連隊英語版歩兵連隊英語版ロイヤル機甲軍団英語版ロイヤル砲兵連隊英語版ロイヤル工兵連隊英語版のいずれにも所属歴がなく陸軍元帥に昇進した者はいない[3]。外国の軍人は、フランスのフェルディナン・フォッシュとオーストラリアのトーマス・ブラミー英語版の2名だけが、第一次世界大戦と第二次世界大戦での貢献を表彰して陸軍元帥に任命された。ウィリアム・ロバート・ロバートソンは唯一、一兵卒から元帥まで昇進した[3][13][14][15]

イギリス陸軍元帥の一覧
名前[注釈 1] 連隊[注釈 2] 肖像 生誕 死去 任命日[16]
オークニー伯爵ジョージ・ダグラス=ハミルトン ロイヤル歩兵連隊英語版   1666 1737 1736-01-121736年1月12日[17]
アーガイル公爵ジョン・キャンベル アーガイル伯爵歩兵連隊英語版   1680 1743 1736-01-141736年1月14日[18]
シャノン子爵リチャード・ボイル英語版 ホースガーズ連隊英語版   1674 1740 17391739年7月2日[19]
モンタンドル侯爵フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー英語版   1672 1739 17391739年7月2日[20]
ステア伯爵ジョン・ダルリンプル 第26 (カメロニアン) 歩兵連隊英語版   1673 1747 1742-03-181742年5月18日[21]
コバム子爵リチャード・テンプル 第6歩兵連隊英語版   1669 1749 1742-12-141742年12月14日[22]
ジョージ・ウェイド バス伯爵連隊英語版   1673 1748 1742-12-141742年12月14日[23]
準男爵サー・ロバート・リッチ英語版 グレナディアガーズ (第1近衛歩兵)   1685 1768 1757-11-281757年11月28日[24]
モールスワース子爵リチャード・モールスワース英語版 ロイヤル・スコッツ連隊英語版   1680 1758 1757-11-291757年11月29日[25]
リゴニエ伯爵ジョン・リゴニエ英語版 第10歩兵連隊英語版   1680 1770 1757-11-301757年11月30日[26]
ティローリー男爵ジェームズ・オハラ英語版 第39 (ドーゼットシャー) 歩兵連隊英語版   1690 1773 17631763年6月1日[27]
ヘンリー・シーモア・コンウェイ 第5ロイヤル・アイリッシュ槍騎兵連隊英語版   1721 1794 1793-10-121793年10月12日[28]
グロスター=エディンバラ公爵ウィリアム・ヘンリー王子 第13歩兵連隊英語版   1743 1805 1793-10-121793年10月12日[29]
サー・ジョージ・ハワード英語版 第24歩兵連隊英語版   1720 1796 1793-10-121793年10月12日[30]
ヨーク=オールバニ公爵フレデリック王子 グレナディアガーズ   1763 1827 1795-02-101795年2月10日[31]
アーガイル公爵ジョン・キャンベル英語版 ロイヤル・スコッツ・フュージリアーズ連隊英語版   1723 1806 1796-07-301796年7月30日[32]
アマースト男爵ジェフリー・アマースト グレナディアガーズ   1717 1797 1796-07-301796年7月30日[33]
ハワード・ド・ウォールデン男爵ジョン・グリフィン英語版 スコッツガーズ   1719 1797 1796-07-301796年7月30日[34]
スタッドホルム・ホジソン英語版 グレナディアガーズ   1708 1798 1796-07-301796年7月30日[35]
タウンゼンド侯爵ジョージ・タウンゼンド 第7女王直属軽騎兵連隊英語版   1724 1807 1796-07-301796年7月30日[36]
ロード・フレデリック・キャヴェンディッシュ英語版 コールドストリームガーズ 1729 1803 1796-07-301796年7月30日[37]
リッチモンド公爵チャールズ・レノックス コールドストリームガーズ   1735 1806 1796-07-301796年7月30日[38]
ケント=ストラサーン公爵エドワード・オーガスタス王子 ロイヤル・フュージリアーズ連隊   1767 1820 18051805年9月5日[39]
ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー 第33歩兵連隊英語版   1769 1852 1813-06-211813年6月21日[40]
カンバーランド=テビオット公爵アーネスト・オーガスタス王子 — (王族。後にハノーファー王)   1771 1851 18131813年11月6日[41]
ケンブリッジ公爵アドルファス王子 ハノーファーガーズ   1774 1850 1813-11-261813年11月26日[42]
グロスター=エディンバラ公爵ウィリアム・フレデリック王子 スコッツガーズ   1776 1834 18161816年5月24日[43]
ザクセン=コーブルク=ゴータ公子レオパード — (王族。後にベルギー王)   1790 1865 18161816年5月24日[44]
ドロヘダ侯爵チャールズ・ムーア英語版 第12竜騎兵連隊英語版   1730 1821 1821-07-191821年7月19日[45]
ハーコート伯爵ウィリアム・ハーコート英語版 グレナディアガーズ   1743 1830 1821-07-191821年7月19日[17]
サー・オーレッド・クラーク英語版 第50 (女王直属) 歩兵連隊英語版   1745 1832 1830-07-221830年7月22日[46]
サー・サミュエル・フルス英語版 グレナディアガーズ   1747 or 1748 1837 1830-07-221830年7月22日[47]
ザクセン=コーブルク=ゴータ公子アルバート — (王族)   1819 1861 18401840年2月8日[48]
ウィレム2世 — (オランダ王)   1792 1847 18451845年7月28日[49]
準男爵サー・ジョージ・ニュージェント英語版 第39 (ドーゼットシャー) 歩兵連隊英語版 100px 1757 1849 1846-11-091846年11月9日[50]
トマス・グローブナー英語版 グレナディアガーズ   1764 1851 1846-11-091846年11月9日[51]
アングルシー侯爵ヘンリー・パジェット英語版 第80歩兵連隊 (スタッフォードシャー・ボランティアーズ)英語版   1768 1854 1846-11-091846年11月9日[52]
ラグラン男爵フィッツロイ・サマセット 第4軽竜騎兵連隊英語版   1788 1855 18541854年11月5日[53]
コンバーミア子爵ステイプルトン・コットン英語版 第23歩兵連隊英語版   1773 1865 1855-10-021855年10月2日[54]
ストラフォード伯爵ジョン・ビング 第33歩兵連隊英語版   1772 1860 1855-10-021855年10月2日[55]
ハーディング子爵ヘンリー・ハーディング クイーンズ・レンジャーズ英語版   1785 1856 1855-10-021855年10月2日[56]
シートン男爵ジョン・コルボーン英語版 イーストデボンシャー連隊英語版   1779 1863 18601860年4月1日[57]
サー・エドワード・ブレイクニー英語版 第99歩兵連隊英語版 100px 1778 1868 18621862年11月9日[58]
ゴフ子爵ヒュー・ゴフ シーフォース・ハイランダーズ連隊英語版   1779 1869 18621862年11月9日[59]
ケンブリッジ公爵ジョージ王子 第12ロイヤル槍騎兵連隊英語版   1819 1904 18621862年11月9日[60]
クライド男爵コリン・キャンベル英語版 第9 (イーストノーフォーク) 歩兵連隊英語版   1792 1863 18621862年11月9日[61]
サー・アレグザンダー・ジョージ・ウッドフォード英語版 第9 (イーストノーフォーク) 歩兵連隊英語版   1782 1870 18681868年1月1日[62]
サー・ウィリアム・メイナード・ゴム英語版 第9 (イーストノーフォーク) 歩兵連隊英語版   1784 1875 18681868年1月1日[63]
サー・ヒュー・ダーリンプル・ロス英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版   1779 1868 18681868年1月1日[64]
サー・ジョン・フォックス・バーゴイン英語版 ロイヤル工兵連隊英語版   1782 1871 18681868年1月1日[65]
準男爵サー・ジョージ・ポロック英語版 ベンガル砲兵連隊英語版   1786 1872 18701870年5月24日[66]
サー・ジョン・フォースター・フィッツジェラルド英語版 — (退役) 1785 1877 1875-05-291875年5月29日[67]
ツィードデール侯爵ジョージ・ヘイ英語版 グレナディアガーズ   1787 1876 1875-05-291875年5月29日[68]
エドワード7世 — (王族)   1841 1910 18751875年5月29日[69]
サー・ウィリアム・ローワン英語版 第52 (オクスフォードシャー) 歩兵連隊英語版   1789 1879 1877-06-021877年6月2日[70]
サー・チャールズ・ヨーク英語版 第35 (ロイヤル・サセックス) 歩兵連隊英語版   1790 1880 1877-06-021877年6月2日[71]
ストラスネイアン男爵ヒュー・ローズ英語版 第93 (サザーランド・ハイランダーズ) 歩兵連隊英語版   1801 1885 1877-06-021877年6月2日[72]
マグダラのネイピア男爵ロバート・ネイピア英語版 ベンガル工兵グループ英語版   1810 1890 1883-01-011883年1月1日[73]
サー・パトリック・グラント英語版 第11ベンガル先住民歩兵連隊英語版   1804 1895 1883-06-241883年6月24日[74]
サー・ジョン・ミッチェル 第64 (第2スタッフォードシャー) 歩兵連隊英語版   1804 1886 1886-03-271886年3月27日[75]
サー・リチャード・ダクレス英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版   1799 1886 1886-03-271886年3月27日[76]
ロード・ウィリアム・ポーレット英語版 第85歩兵連隊 (バックス・ボランティアーズ)英語版   1804 1893 1886-07-101886年7月10日[77]
ルーカン伯爵ジョージ・ビンガム英語版 第6歩兵連隊英語版 100px 1800 1888 18871887年6月21日[78]
サー・リントーン・シモンズ英語版 ロイヤル工兵連隊英語版   1821 1903 1890-05-211890年5月21日[79]
サー・フレデリック・ヘインズ英語版 第4歩兵連隊英語版   1818 1909 1890-05-211890年5月21日[80]
準男爵サー・ドナルド・ステュアート英語版 第9ベンガル先住民歩兵連隊英語版   1824 1900 1894-05-241894年5月26日[81]
ウーズリー子爵ガーネット・ウーズリー英語版 第12歩兵連隊英語版   1833 1913 1894-05-241894年5月26日[82]
ロバーツ伯爵フレデリック・ロバーツ英語版VC ベンガル砲兵連隊英語版   1832 1914 18951895年5月25日[83]
プリンス・エドワード・オブ・サックス=ワイマール英語版 第67 (サウスハンプシャー) 歩兵連隊英語版   1823 1902 18971897年6月22日[84]
サー・ネヴィル・ボウルズ・チェンバレン英語版 第55ベンガル先住民歩兵連隊英語版   1820 1902 19001900年4月25日[85]
ヴィルヘルム2世 — (ドイツ皇帝)   1859 1941 19011901年1月27日[86]
サー・ヘンリー・ワイリー・ノーマン英語版 第1ベンガル先住民歩兵連隊英語版   1826 1904 1902-06-261902年6月26日[87]
コノート・ストラスアーン公爵アーサー王子 ロイヤル工兵連隊英語版   1850 1942 1902-06-261902年6月26日[88]
サー・イブリン・ウッド英語版、VC 第13軽竜騎兵連隊英語版   1838 1919 1903-04-081903年4月8日[89]
サー・ジョージ・ホワイト英語版、VC 第27 (イニスキリング) 歩兵連隊英語版   1835 1912 1903-04-081903年4月8日[90]
フランツ・ヨーゼフ1世 — (オーストリア皇帝、ハンガリー王)   1830 1916 19031903年9月1日[91]
グレンフェル男爵フランシス・グレンフェル英語版 国王ロイヤルライフル軍団英語版   1841 1925 1908-04-111908年4月11日[92]
チャールズ・ヘンリー・ブラウンロー英語版 第51シーク連隊 (フロンティアフォース)英語版   1831 1916 1908-06-201908年6月20日[93]
キッチナー伯爵ホレイショ・ハーバート・キッチナー ロイヤル工兵連隊英語版   1850 1916 19091909年9月10日[94]
ジョージ5世 ロイヤル・ウェールズ・フュージリア連隊英語版 — (王族)   1865 1936 19101910年5月7日[95]
メシュエン男爵ポール・メシュエン英語版 スコッツガーズ   1845 1932 1911-06-1919 June 1911[96]
ニコルソン男爵ウィリアム・ニコルソン英語版 ロイヤル工兵連隊英語版 100px 1845 1918 1911-06-191911年6月19日[97]
イープル伯爵ジョン・フレンチ 第8国王ロイヤル・アイリッシュ軽騎兵連隊英語版   1852 1925 19131913年6月3日[98]
ニコライ2世 — (ロシア皇帝)   1868 1918 19161916年1月1日[99]
ヘイグ伯爵ダグラス・ヘイグ 第7女王直属軽騎兵連隊英語版   1861 1928 1917-01-011917年1月1日[100]
サー・チャールズ・エガートン英語版 第31 (ハンティンドンシャー) 歩兵連隊英語版   1848 1921 1917-03-161917年3月16日[101]
大正天皇 — (大日本帝国天皇)   1879 1926 19181918年1月1日[102]
フェルディナン・フォッシュ 第35砲兵連隊 – (フランス軍)   1851 1929 19191919年7月19日[14]
プラマー子爵ハーバート・プラマー英語版 ヨーク・ランカスター連隊英語版   1857 1932 1919-07-311919年7月31日[103]
アレンビー子爵エドムンド・アレンビー英語版 第6 (イニスキリング) 竜騎兵連隊英語版   1861 1936 1919-07-311919年7月31日[104]
準男爵サー・ヘンリー・ヒューズ・ウィルソン ライフル旅団 (王配直属)英語版   1864 1922 1919-07-311919年7月31日[105]
準男爵サー・ウィリアム・ロバート・ロバートソン 第3近衛竜騎兵連隊英語版   1860 1933 19201920年3月29日[106]
サー・アーサー・バレット英語版 第44(イーストエセックス)歩兵連隊英語版   1857 1926 19211921年4月12日[107]
アルベール1世 — (ベルギー王)   1875 1934 19211921年7月4日[108]
バードウッド男爵ウィリアム・バードウッド英語版 ロイヤル・スコット・フュージリアーズ連隊英語版   1865 1951 19251925年3月20日[109]
サー・クラウド・ジェイコブ英語版 ウスターシャー連隊英語版   1863 1948 19261926年11月30日[110]
ミルン男爵ジョージ・ミルン英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版 100px 1866 1948 19281928年1月30日[111]
アルフォンソ13世 — (スペイン王)   1886 1941 1928-06-031928年6月3日[112]
昭和天皇 — (大日本帝国天皇)   1901 1989 1928-06-261928年6月26日[113]
ヴィミのビング子爵ジュリアン・ビング英語版 国王ロイヤルライフル軍団英語版   1861 1935 1932-07-1717 July 1932[114]
キャバン伯爵ルドルフ・ランバート英語版 グレナディアガーズ   1865 1946 1932-10-311932年10月31日[115]
チェットゥッド男爵フィリップ・チェットゥッド英語版 オクスフォードシャー・バッキンガムシャー軽歩兵連隊英語版   1869 1950 19331933年2月13日[116]
サー・アーチボールド・モントゴメリー=マッシングバード英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版   1871 1947 19351935年6月7日[117]
エドワード8世 — (王族)   1894 1972 1936-01-211936年1月21日[118]
サー・シリル・デヴェレル英語版 ウエストヨークシャー連隊英語版 100px 1874 1947 19361936年5月15日[119]
ジョージ6世 — (王族)   1895 1952 1936-12-121936年12月12日[120]
アイアンサイド男爵エドムンド・アイアンサイド ロイヤル砲兵連隊英語版   1880 1959 19401940年7月20日[121]
ヤン・スマッツ — (南アフリカ軍)   1870 1950 1941-05-241941年5月24日[122]
サー・ジョン・ディル英語版 プリンス・オブ・ウェールズ・レンスター連隊英語版   1881 1944 19411941年11月18日[123]
ゴート子爵ジョン・ヴェレカー、VC グレナディアガーズ   1886 1946 1943-01-011943年1月1日[124]
ウェーヴェル伯爵アーチボルド・ウェーヴェル ブラックウォッチ   1883 1950 1943-01-011943年1月1日[125]
アランブルック子爵アラン・ブルック ロイヤル砲兵連隊英語版   1883 1963 1944-01-011 January 1944[126]
チュニスのアレグザンダー伯爵ハロルド・アレグザンダー アイリッシュガーズ   1891 1969 1944-06-041944年6月4日[127]
アラメインのモントゴメリー子爵バーナード・モントゴメリー ロイヤルウォリックシャー連隊英語版   1887 1976 1944-09-011944年9月1日[128]
ウィルソン男爵ヘンリー・メイトランド・ウィルソン英語版 ライフル旅団 (王配所属)英語版   1881 1964 1944-12-291944年12月29日[129]
サー・クロード・オーキンレック 第62パンジャブ連隊英語版 (イギリス領インド陸軍)   1884 1981 19461946年6月1日[130]
スリム子爵ウィリアム・スリム ロイヤルウォリックシャー連隊英語版   1891 1970 19481948年1月4日[131]
サー・トーマス・ブレーミー英語版 — (オーストラリア軍)   1884 1951 1950-06-081950年6月8日[132]
エディンバラ公爵フィリップ 海軍 – (王族)   1921 存命 19531953年1月15日[133]
ペザートンのハーディング男爵ジョン・ハーディング英語版 サマセット軽歩兵連隊英語版   1896 1989 19531953年7月21日[134]
グロスター公爵ヘンリー王子 国王ロイヤルライフル軍団英語版   1900 1974 19551955年3月31日[135]
サー・ジェラルド・テンプラー英語版 ロイヤル・アイリッシュ・フュージリアーズ連隊英語版   1898 1979 19561956年11月27日[136]
サー・フランシス・フェスティング英語版 ライフル旅団 (王配直属)英語版   1902 1976 19601960年9月1日[137]
マヘンドラ — (ネパール王)   1921 1972 19621962年10月17日[138]
ハイレ・セラシエ1世 — (エチオピア皇帝)   1892 1975 19651965年1月20日[139]
サー・リチャード・ハル 第17/第21槍騎兵連隊英語版 1907 1989 19651965年2月8日[140]
サー・ジェームス・カッセルズ英語版 シーフォース・ハイランダーズ連隊英語版 1907 1996 19681968年2月29日[141]
ジョフリー・ベーカー英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版   1912 1980 19711971年1月31日[142]
マイケル・カーヴァー (カーヴァー男爵)英語版 ロイヤル戦車軍団英語版 1915 2001[143] 19731973年7月18日[144]
ローランド・ギブズ英語版 国王ロイヤルライフル軍団英語版 1921 2004[145] 19791979年7月13日[146]
ビレンドラ — (ネパール王)   1945 2001[147] 19801980年11月18日[148]
エドウィン・ブラモール 国王ロイヤルライフル軍団英語版   1923 2019[149] 19821982年1月1日[150]
サー・ジョン・スタナー英語版 第7女王直属軽騎兵連隊英語版 1925 2007[151] 1985-07-101985年7月10日[152]
ナイジェル・バッグナル英語版 グリーン・ハワーズ連隊英語版 1927 2002[153] 19881988年9月9日[154]
コールシルのヴィンセント男爵リチャード・ヴィンセント英語版 ロイヤル砲兵連隊英語版 1931 2018 19911991年4月2日[155]
サー・ジョン・チャップル英語版 国王エドワード7世直属第2グルカ・ライフル連隊 (サームーライフル)英語版 1931 存命 19921992年2月14日[156]
ケント公爵エドワード王子 ロイヤル・スコッツ・グレイズ連隊英語版 – (王族)   1935 存命 19931993年6月11日[157]
ピーター・イング グリーン・ハワーズ連隊英語版   1935 存命 19941994年3月15日[158]
チャールズ皇太子 ウェルシュガーズ連隊英語版海軍空軍 – (王族)   1948 存命 20122012年6月16日[5]
クレイギーバンクのガスリー男爵チャールズ・ガスリー英語版 ウェルシュガーズ連隊英語版   1938 存命 20122012年6月16日[5]
アルドリンガムのウォーカー男爵マイケル・ウォーカー英語版 ロイヤル・アングリアン連隊   1944 存命 20142014年6月13日[6]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 称号は、元帥が死去した時に保持していた、もしくは存命中の元帥のもの。大半は元帥昇進時に保持していた称号と異なる。ヴィクトリア十字章(VC)を除くポスト・ノミナル・レターズは省略。
  2. ^ 陸軍元帥が委嘱された連隊。この連隊は、元帥が最初に配属された連隊であったり、軍歴の多くを過ごした連隊である必要はない。「-」はイギリス軍を指揮したことがないか、公式な連隊を委嘱されなかったことを示す。

出典編集

  1. ^ Brewer's Dictionary.
  2. ^ The Daily Telegraph & 12 April 2008.
  3. ^ a b c d e f Heathcote, Introduction.
  4. ^ The Prince of Wales Archived 29 June 2012 at the Wayback Machine. The Queen appoints The Prince of Wales to Honorary Five-Star rank 16 June 2012
  5. ^ a b c BBC News & 16 June 2012.
  6. ^ a b Ministry of Defence & 13 June 2014.
  7. ^ Photograph of Prince Philip as Captain General Royal Marines wearing the insignia of a field marshal”. Getty Images (2013年5月16日). 2017年12月20日閲覧。
  8. ^ Ashcroft, pp. 79–81.
  9. ^ London Gazette 4 September 1860.
  10. ^ London Gazette 3 June 1881.
  11. ^ London Gazette 26 November 1918.
  12. ^ London Gazette 24 December 1858.
  13. ^ Woodward, David R. (May 2006) [September 2004]. "Robertson, Sir William Robert, first baronet (1860–1933)". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/35786 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  14. ^ a b Heathcote, pp. 122–125.
  15. ^ Heathcote, pp. 47–52.
  16. ^ Heathcote, pp. 320–326, Table 1.
  17. ^ a b Heathcote, pp. 166–167.
  18. ^ Heathcote, pp. 71–73.
  19. ^ Heathcote, pp. 52–53.
  20. ^ Heathcote, pp. 99–101.
  21. ^ Heathcote, pp. 97–99.
  22. ^ Heathcote, pp. 272–273.
  23. ^ Heathcote, pp. 285–287.
  24. ^ Heathcote, pp. 245–246.
  25. ^ Heathcote, pp. 211–212.
  26. ^ Heathcote, pp. 202–204.
  27. ^ Heathcote, pp. 234–235.
  28. ^ Heathcote, pp. 92–94.
  29. ^ Heathcote, pp. 302–303.
  30. ^ Heathcote, pp. 179–180.
  31. ^ Heathcote, pp. 127–130.
  32. ^ Heathcote, pp. 73–75.
  33. ^ Heathcote, pp. 23–26.
  34. ^ Heathcote, pp. 153–154.
  35. ^ Heathcote, pp. 178–179.
  36. ^ Heathcote, pp. 277–279.
  37. ^ Heathcote, pp. 82–83.
  38. ^ Heathcote, pp. 199–200.
  39. ^ Heathcote, pp. 112–113.
  40. ^ Heathcote, pp. 291–295.
  41. ^ Heathcote, pp. 116–118.
  42. ^ Heathcote, pp. 9–10.
  43. ^ Heathcote, pp. 301–302.
  44. ^ Heathcote, pp. 200–202.
  45. ^ Heathcote, pp. 222–223.
  46. ^ Heathcote, pp. 89–90.
  47. ^ Heathcote, pp. 182–183.
  48. ^ Heathcote, pp. 12–13.
  49. ^ Heathcote, pp. 297–299.
  50. ^ Heathcote, pp. 232–234.
  51. ^ Heathcote, pp. 154–155.
  52. ^ Heathcote, pp. 235–237.
  53. ^ Heathcote, pp. 267–269.
  54. ^ Heathcote, pp. 94–96.
  55. ^ Heathcote, pp. 63–64.
  56. ^ Heathcote, pp. 171–173.
  57. ^ Heathcote, pp. 90–92.
  58. ^ Heathcote, pp. 46–47.
  59. ^ Heathcote, pp. 148–150.
  60. ^ Heathcote, pp. 141–144.
  61. ^ Heathcote, pp. 69–71.
  62. ^ Heathcote, pp. 316–318.
  63. ^ Heathcote, pp. 146–148.
  64. ^ Heathcote, pp. 255–256.
  65. ^ Heathcote, pp. 60–63.
  66. ^ Heathcote, pp. 243–245.
  67. ^ Heathcote, pp. 121–122.
  68. ^ Heathcote, pp. 173–174.
  69. ^ Heathcote, pp. 105–108.
  70. ^ Heathcote, pp. 256–257.
  71. ^ Heathcote, pp. 318–319.
  72. ^ Heathcote, pp. 253–255.
  73. ^ Heathcote, pp. 223–225.
  74. ^ Heathcote, pp. 150–151.
  75. ^ Heathcote, pp. 207–208.
  76. ^ Heathcote, pp. 96–97.
  77. ^ Heathcote, pp. 237–238.
  78. ^ Heathcote, pp. 41–43.
  79. ^ Heathcote, pp. 257–259.
  80. ^ Heathcote, pp. 163–165.
  81. ^ Heathcote, pp. 270–272.
  82. ^ Heathcote, pp. 311–314.
  83. ^ Heathcote, pp. 246–250.
  84. ^ Heathcote, pp. 114–115.
  85. ^ Heathcote, pp. 83–85.
  86. ^ Heathcote, pp. 299–301.
  87. ^ Heathcote, pp. 230–232.
  88. ^ Heathcote, pp. 26–28.
  89. ^ Heathcote, pp. 314–316.
  90. ^ Heathcote, pp. 295–297.
  91. ^ Heathcote, pp. 125–127.
  92. ^ Heathcote, pp. 151–153.
  93. ^ Heathcote, pp. 59–60.
  94. ^ Heathcote, pp. 191–197.
  95. ^ Heathcote, pp. 135–137.
  96. ^ Heathcote, pp. 205–207.
  97. ^ Heathcote, pp. 228–230.
  98. ^ Heathcote, pp. 130–135.
  99. ^ Heathcote, pp. 225–228.
  100. ^ Heathcote, pp. 155–160.
  101. ^ Heathcote, pp. 115–116.
  102. ^ Heathcote, pp. 319–320.
  103. ^ Heathcote, pp. 240–243.
  104. ^ Heathcote, pp. 19–23.
  105. ^ Heathcote, pp. 303–308.
  106. ^ Heathcote, pp. 250–253.
  107. ^ Heathcote, pp. 39–41.
  108. ^ Heathcote, pp. 10–12.
  109. ^ Heathcote, pp. 43–45.
  110. ^ Heathcote, pp. 190–191.
  111. ^ Heathcote, pp. 208–211.
  112. ^ Heathcote, pp. 17–19.
  113. ^ Heathcote, pp. 176–178.
  114. ^ Heathcote, pp. 64–69.
  115. ^ Heathcote, pp. 197–199.
  116. ^ Heathcote, pp. 86–89.
  117. ^ Heathcote, pp. 219–222.
  118. ^ Heathcote, pp. 108–112.
  119. ^ Heathcote, pp. 101–102.
  120. ^ Heathcote, pp. 137–141.
  121. ^ Heathcote, pp. 185–190.
  122. ^ Heathcote, pp. 264–267.
  123. ^ Heathcote, pp. 102–105.
  124. ^ Heathcote, pp. 279–283.
  125. ^ Heathcote, pp. 287–291.
  126. ^ Heathcote, pp. 56–59.
  127. ^ Heathcote, pp. 13–17.
  128. ^ Heathcote, pp. 212–219.
  129. ^ Heathcote, pp. 308–311.
  130. ^ Heathcote, pp. 28–35.
  131. ^ Heathcote, pp. 259–264.
  132. ^ The London Gazette: (Supplement) no. 38930. p. 2811. 1950年6月2日。
  133. ^ Heathcote, pp. 238–240.
  134. ^ Heathcote, pp. 167–171.
  135. ^ Heathcote, pp. 174–176.
  136. ^ Heathcote, pp. 273–277.
  137. ^ Heathcote, pp. 118–121.
  138. ^ Heathcote, pp. 204–205.
  139. ^ Heathcote, pp. 160–163.
  140. ^ Heathcote, pp. 180–182.
  141. ^ Heathcote, pp. 79–82.
  142. ^ Heathcote, pp. 37–39.
  143. ^ The Guardian & 12 December 2001.
  144. ^ Heathcote, pp. 75–79.
  145. ^ The Daily Telegraph & 2 November 2004.
  146. ^ Heathcote, pp. 144–146.
  147. ^ BBC News & 2 June 2001.
  148. ^ Heathcote, pp. 45–46.
  149. ^ Ex-Armed Forces head Lord Bramall dies aged 95”. BBC (2019年11月12日). 2019年11月12日閲覧。
  150. ^ Heathcote, pp. 53–56.
  151. ^ The Times & 13 November 2007.
  152. ^ Heathcote, pp. 269–270.
  153. ^ The Independent & 11 April 2002.
  154. ^ Heathcote, pp. 35–37.
  155. ^ Heathcote, pp. 283–285.
  156. ^ Heathcote, pp. 85–86.
  157. ^ Heathcote, pp. 113–114.
  158. ^ Heathcote, pp. 183–185.

参考文献編集