雁の寺
『雁の寺』(がんのてら)は、水上勉の小説。1961年3月に文藝春秋の雑誌『別冊文藝春秋』に掲載。同年第45回直木賞受賞。
映画・テレビドラマのほか舞台化もされている。
あらすじ
編集京都の孤峯庵と呼ばれる塔頭の和尚、北見慈海は、愛人里子を密かに囲っている。寺の小僧である13歳の慈念は和尚から厳しくあたられる。そんな慈念に里子は次第に同情し歩み寄る。ある日、慈海が碁を打ちに出かけた間に檀家が亡くなり葬儀を行なわなくてはならなくなったが、慈海が帰ってこない。いっこうに行方が知れず、外面をとりつくろうために慈海は雲水に出たことにされる。だが慈念によって策謀がなされていた。そのことに気が付いた里子は驚愕し、畏れ茫然自失となる。
背景
編集推理小説作家としてすでに人気だった水上勉が、作家として「人間を描きたい」との思いから挑んだ意欲作で、第45回の直木賞を受賞した。
小説家になりとうて、なりとうて、野良犬の如く陽かげを歩いてきたが、いま、鑑札と犬舎をもらってひとしおのうれしさがこみあげてくる—水上勉
直木賞受賞のことばである[1]。
本作は、1948年に季刊誌『文潮』で発表した小説「わが旅は暮れたり:雁の寺」を13年の時を経て改作したもので、水上曰く、直木賞の受賞は「ユメ思いもしなかった」という。また、後年両作を読みかえしてみて「「わが旅は暮れたり:雁の寺」の稚拙な文章に私は魅かれる…」と述べている。
水上は実際幼少期に、子だくさんの人減らしとして、京都の相国寺の塔頭である瑞春院に送られ、小僧として働いていた。瑞春院の住職、山盛松庵には妻の多津子と生まれたばかりの娘があり、妻と二人で芝居に映画にと忙しく暮らす中、幼い水上は寺の仕事のほかに、子どもの洗濯など子守りをさせられていた[2]。中学へ進学するも制服も買ってもらえず、水上は二人に憎悪をつのらせていき、13歳のときに脱走している。本作はその当時水上が目撃した禅寺の堕落した暮らしぶりをもとにしており、ある意味、辛い小僧時代を経験した水上の意趣返しともいえる作品である。山盛松庵は晩年、相国寺の宗務総長を務め、小説が発表される3年前に河原町五条で自動車にはねられて死亡した[3]。
映画
編集雁の寺 | |
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監督 | 川島雄三 |
脚本 |
舟橋和郎 川島雄三 |
原作 | 水上勉 |
製作 | 永田雅一 |
出演者 |
若尾文子 高見国一 木村功 三島雅夫 |
音楽 | 池野成 |
撮影 | 村井博 |
編集 | 宮田味津三 |
製作会社 | 大映京都撮影所 |
配給 | 大映 |
公開 | 1962年1月21日 |
上映時間 | 97分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
1962年、大映によって映画化された。当時、仏教界からの反発が強く、公開が難航した[4]。
キャスト
編集- 桐原里子:若尾文子
- 宇田竺道:木村功
- 堀之内慈念:高見國一
- 北見慈海:三島雅夫
- 雪州:山茶花究
- 岸本南嶽:中村鴈治郎
- 桐原たつ:萬代峰子
- おかん:菅井きん
- 岸本秀子:金剛麗子
- 独石:荒木忍
- 桐原伊三郎:寺島雄作
- 喜七:石原須磨男
- 木田黙堂:西村晃
- 堀之内捨吉(少年時代の慈念):高見王国
- 徳全:北野拓也
- 助三:天野一郎
- 久間平吉:伊達三郎
- 兄平三郎:藤川準
スタッフ
編集テレビドラマ
編集1989年8月28日にテレビ東京「月曜・女のサスペンス」(傑作推理・受賞作シリーズ)にてテレビドラマ化された[5]。