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祭神編集

主祭神
配祀神
いずれも正応4年(1291年相殿配祀

歴史編集

大同3年(808年)雄琴山上に鎮座したとされる。この時はまだ今雄宿禰は祀られておらず、土地神であったと推測されている。

仁寿元年(851年)今雄が雄琴荘を拝領、当地は小槻氏所領となる。社名・地名の「雄琴」は、今雄宿禰の邸から琴の音が聞こえたためだとも言われる。今雄の死後、延長4年(926年)に子・小槻当平が社殿を造営し、一族の礎を築いた今雄の神霊を「雄琴社大炊神」と称して祭祀した。小槻氏により同市苗鹿にある那波加神社とともに氏神として崇敬され、ともに同地にある法光寺鎮守社を担ったとされる[3]。また鳥居前方にある福領寺は、当社の神宮寺であった。

元亀年間の兵火で社殿以下が焼亡したが、延宝2年(1674年)再建された。

明治41年(1908年)、近代社格制度において郷社に列した。

境内編集

社殿のうち、本殿は一間社流造で、間口一間、奥行一間三尺。拝殿は入母屋造で、間口二間・奥行二間。

  • 神饌所
  • 神輿庫

摂末社編集

現地情報編集

所在地

交通アクセス

周辺

  • 福領寺 - 元神宮寺。本尊は重要文化財。

脚注編集

  1. ^ 滋賀県神社庁ホームページより。
  2. ^ 舎人親王か(詳細不明。舎人親王の諡号は「祟道尽敬皇帝」)。「算博士小槻今雄について (PDF) 」では早良親王(諡号は「崇道天皇」)としている。
  3. ^ 『日本歴史地名大系 滋賀県の地名』法光寺項。
  4. ^ 摂末社はいずれも境内由緒書を参考にして記載。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集