雪の峠・剣の舞

岩明均による漫画作品

雪の峠・剣の舞』(ゆきのとうげ・つるぎのまい)は、岩明均による日本を舞台とした歴史漫画2編からなる中編集。2001年KCデラックス講談社)から単行本が刊行され、2004年に文庫化された。収録作品は、江戸時代初期の久保田藩のお家騒動を題材とした「雪の峠」と、戦国時代の剣豪・上泉信綱の門下の疋田文五郎を主役とした「剣の舞」である。

雪の峠・剣の舞
ジャンル 漫画中編集
歴史漫画、青年漫画
漫画:雪の峠
作者 岩明均
出版社 講談社
掲載誌 モーニング新マグナム増刊
レーベル KCデラックス(雪の峠・剣の舞)
発行日 2001年3月21日(雪の峠・剣の舞)
発表号 1999年5月19日号 - 1999年11月10日号
話数 全4話
漫画:剣の舞
作者 岩明均
出版社 秋田書店
掲載誌 ヤングチャンピオン
発表号 2000年No.8 - 2000年No.12
話数 全5話
その他 『雪の峠・剣の舞』に収録
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プロジェクト 漫画
ポータル 漫画

「雪の峠」は1999年に『モーニング新マグナム増刊』(講談社)にて、「剣の舞」は『ヤングチャンピオン』(秋田書店)にて2000年No.8から同年No.12まで、それぞれ短期連載された。

目次

雪の峠編集

あらすじ(雪の峠)編集

戦国時代末期、常陸国を領土としていた大大名の佐竹家は、関ヶ原の戦いで西軍の石田三成方についたため、敗戦後、当時の僻地である出羽国へ追いやられてしまった。そこで新しい城を建築することになったが、築城場所を決める際、当主の佐竹義宣は新参者で若手の渋江内膳の意見を重視し、古参の重臣たちを蔑ろにする素振りを見せる。反発した老臣たちは、大軍略家と名高い梶原美濃守を立て、自分たちの居場所を守るために対抗案を出すことにする。

そして群議の際、渋江内膳は港町・土崎にほど近い「窪田の丘」に新築する[1]商都としての城地を提案し、梶原美濃守は穀倉地帯・仙北の中心にある「金沢城」を拡張する軍都としての城地を提案する。

登場人物(雪の峠)編集

渋江内膳(しぶえ ないぜん)
佐竹家近習頭。合理的な思考の持ち主でかなりの切れ者だが、何事も理屈で判断しようとするきらいがあり、また喧嘩が嫌いでのんびりした性格をしている。当主・義宣の腹心として、築城場所に窪田を推す。関ヶ原の合戦に際しては、重臣たちの間で東軍支持の声が高まる中、戦後に常陸領が徳川からどう扱われるか懸念を表明し、川井から「訳の分からんことを」と一蹴された。まだ年若い上に、元々は素性の知れない食いつめ者であるため、家柄を重んじる重臣たちからは快く思われていない[2]
梶原美濃守(かじわら みののかみ)
佐竹家重臣(客分)。穏やかながらも隙のない物腰の老臣で、頭は切れる。若い頃、上杉謙信に目をかけられたことがあり、同僚たちに請われてその頃の逸話を何度となく語っている。内膳の案に対抗するため川井たちから頼られ、旧世代の代表として築城場所に金沢を推す(のち義重の挙げた横手案に切り替える)。行きがかりで川井の誘いに乗ってしまい、義宣・内膳の主従との「喧嘩」に加担はしたものの、合理的思考の持ち主であり、関ヶ原の戦いの際の義宣の判断を、「東軍に与していたら戦後徳川から危険視され、却って悲惨なことになったかもしれない」と、全面的ではないにせよ内心で支持していた。後に出奔して越前松平家に仕える[3]
佐竹義宣(さたけ よしのぶ)
佐竹家当主。進歩的な考え方の君主。関ヶ原の戦いの時、自身の一存で西軍につくことを決めたため、川井ら重臣たちには未だに根に持たれている。内膳や梅津兄弟を重用し、内膳の献策にも我が意を得たりと頷いているが、旧世代の重臣たちには全く理解されず、ますます反感を持たれる結果となっている。関ヶ原の一件から、内膳の進言を受けて家臣に対し強権を振るわないようにしていたが、城地を決定し当主の権威を取り戻して以降は、近世大名として絶対的な権限を確立させていく。
梅津半右衛門(うめづ はんえもん)・主馬(しゅめ)兄弟
佐竹家の近習。内膳とともに義宣を支える。
川井伊勢守(かわい いせのかみ)
佐竹家家老[4]。旧世代の老臣を代表する人物で、自分たちを軽視して次々と物事を決めていく義宣・内膳らが気に入らない。特に関ヶ原の戦いで義宣が重臣の総意を拒絶した「誤判断」を批判し、それがために内膳の提案へ感情的に反発し、梶原を巻き込んで対案を主張する。力で全てが決まった戦国の世を「古き良き時代」として懐かしみ、今は時代が変わってしまったことを嘆いている。築城場所が決着した後も内膳の献策に何かと否定的な態度を取り、内膳を家老に昇進させるという人事を耳にして遂に暗殺を画策するが、具体的な話は全く進まないうちに企みが発覚して、旧世代の重臣を疎ましく思う義宣に粛清の口実を与えてしまう(史実での川井事件)。
佐竹義重(さたけ よししげ)
佐竹家先代当主。かつては戦場で鬼と呼ばれたほどの猛将だったが、今ではすっかり丸くなり、義宣の新政を黙って見守っている。梶原が挙げた金沢案を支持する老臣たちに突き上げられた義宣を庇うため、金沢案の撹乱を狙って横手案を出すが、却って窪田案の対抗馬として梶原に利用されてしまう。また、家中が横手案で一致した後は、窪田案へ引き戻そうとする内膳により、徳川から嫌われる汚れ役を演じさせられる。
和田安房守(わだ あわのかみ)
佐竹家首席家老。旧世代の筆頭であるが川井らとは一線を画し、内膳ら新世代を後押ししている[5]。喧嘩嫌いの内膳に対し「説明ではなく、戦をせよ」と叱咤する。後に高齢を理由として隠居する際、後任の家老として内膳を推す。
小貫大蔵丞(おぬき おおくらのじょう)
佐竹家家老。主に群議の進行役を務める。和田の隠居と前後して、小貫も体調悪化のため職を辞す。
徳川家康(とくがわ いえやす)
天下人。関ヶ原の戦いで西軍に付いたことを口実に、徳川領と近接する大勢力の佐竹家を関東から遠ざけたが、強引な転封であったことは承知しており、築城場所くらいは自由にさせようとしていた。しかし築城届が内膳の策により異様な速さで届けられたことを不審に思い、本多に内偵を命じる。
本多佐渡守(ほんだ さどのかみ)
家康の腹心。佐竹家からの書状を取り次ぐ際、日付の異様さを家康に示唆し、対応を相談する。そして内偵の結果、築城場所を巡って義宣と義重(実際には梶原・川井たち)に争いがあったこと、義重(実際には内膳・半右衛門たち)が関東に残された佐竹の旧臣への働きかけを行っていたことを報告する。
上杉謙信(うえすぎ けんしん)
越後戦国大名。生涯70余度の合戦で負け知らずの名将。佐竹の老臣たちより更に一世代上の人物で、戦国の世を体現する存在として羨望の対象になっている。梶原の父・太田資正の持ち城であった武州松山城武田北条連合軍に包囲された時、援軍に行った際の逸話を梶原が語った。

剣の舞編集

あらすじ(剣の舞)編集

16世紀。戦国大名の武田家と長野家が争う上州の地。農家の娘ハルナは、戦のどさくさでならず者の武士たちに家を襲われ、陵辱された上に家族を皆殺しにされてしまう。ハルナは武士から盗んだ碁石金を元手にして、天下一と名高い上泉伊勢守の道場に弟子入りし、武士への復讐のために剣術を習おうとする。伊勢守の門弟であった疋田文五郎は、伊勢守が考案したばかりの(しない、竹刀)を手にハルナに剣を指導することになった。ハルナを相手に何度当たっても痛くない撓で教えることから文五郎が見つけたもの。それは遊びはいつかは終わり思い出になるという真実だった…。

登場人物(剣の舞)編集

疋田文五郎(ひきた ぶんごろう)
上泉伊勢守の甥。師でもある伊勢守からは「もはや天下一かもしれぬ」と評されているが、実力とは裏腹に人を殺す技で他人と優劣を競う気もない。最初はハルナに剣を教えるのを面倒がっていたが、徐々に打ち解けてゆく。理想の型から離れた構えを前にすると「それは悪(あ)し」もしくは「それは悪しゅうござる」と評してから打ち込む。新陰流の分派、疋田陰流の祖。
ハルナ
農家の娘。小幡上総介の手勢の武士に家を襲われ、拉致された後に暴行強姦される。隙を突いて碁石金を奪って逃走するが、家族は皆殺しにされてしまっていた。その後故郷を出奔、甘楽春之介(かんら はるのすけ)という名で男装して上泉道場に押しかけ、文五郎に剣を教わる(ただしすぐに正体はばれた)。楽観的な性格でお調子者だが、家族の仇である逆さ鳥居たちへの復讐心は固い。架空の人物。
上泉伊勢守秀綱(かみいずみ いせのかみ ひでつな)
長野家の家臣で、天下一の名高い剣豪。ハルナを気に入り、自ら考案したを使って文五郎に剣を教えさせる。武田家による箕輪城攻略の際は、文五郎や宗治らを従えて搦手から打ち出て、武田の軍勢を突破するものの、大勢には何ら影響しなかった[6]。落城後は放浪して上方に向かう。新陰流の祖。
神後宗治(じんご むねはる)
上泉伊勢守の弟子。大勢いる門弟の中でも、文五郎と並ぶ存在。
与吉(よきち)
ハルナと同郷の若者。ハルナを追いかけて、上泉道場のある箕輪にやって来る。
十郎左(じゅうろうざ)
数人の仲間とともにハルナの家を襲い、家族を皆殺しにした男。小幡上総介の手勢の一人。着用している兜の飾りが逆さにした鳥居に似ていたため、ハルナには逆さ鳥居と呼ばれる。下卑た性格のスケベ親父。ハルナに碁石金を盗まれたため、彼女を追っていた。架空の人物。
大殿
長野業正(ながの なりまさ)。作品中にて既に死去しており、直接は登場しないが、長野家の家臣たちの軍議の場で話題にされる。史実では武田信玄は、業正の生存中は上野国に手を出せなかったと伝えられる。戦上手で知られた業正の死が武田方へ知られた事により、箕輪城の長野家中は、敗戦・落城を覚悟する。なお、当代の箕輪城主である長野業盛は作中には登場しない。
藤井(ふじい)
箕輪城を囲む武田信玄の軍勢に感嘆し、最期の死に花を咲かせる舞台が飾り立てられたと笑う、剛胆な男。作中の解説は無いが、上泉伊勢守とともに長野十六槍のひとりとして数えられる長野家の家臣。
小幡上総介(おばた かずさのすけ)
武田家の新参の家臣として、箕輪城攻略の先鋒をやらされ、城中の長野家の家来たちに降伏を呼びかける[6]。作中での言及は無いが、巻末の解説にて、長野家の娘婿であったが所領回復のため武田側についた事が解説されている。
大場八十衛門(おおば やそえもん)
内藤修理の家臣。疲労した疋田文五郎に対し「わしの手柄になってくれ!」と立ち会うが、返り討ちに遭い真っ二つになる。
柳生新左衛門宗厳(やぎゅう しんざえもん むねよし)
のちの石舟斎。新当流の当主。奈良へやってきた伊勢守を訪ね、宝蔵院にて文五郎と立ち会う。弟子たちは、新当流は当主が立ち会うにもかかわらず、新陰流側は弟子が立ち会う事に対して憤る[7]
宝蔵院胤栄(ほうぞういん いんえい)
宝蔵院の院主で、宝蔵院流槍術の創始者。新陰流と新当流の試合の立会人を務める。

書誌情報編集

脚注編集

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  1. ^ 史実では、佐竹氏入部前の窪田の丘(神明山)には小規模ながら城が存在しており、入部当初は家臣の石塚義辰を入れていた。
  2. ^ 史実では浪人とはいえ出自ははっきりとしており、素性が知れない食いつめ者という作中の設定はフィクションである。
  3. ^ 作中では紹介されていないが、史実では一時期佐竹家を裏切り、北条家についた前科がある。
  4. ^ 作中では川井は当初から家老で、和田・小貫の隠居により首席家老になったとされているが、史実では川井が家老に就任したのは小貫の死後であり、すなわち家老であったのは川井事件までの短期間だけであった。
  5. ^ 史実では和田も内膳と反目し合っており、川井事件の際に内膳暗殺謀議への関与を疑われている。処罰されることはなかったが、謀議の存在を知りながら黙認していたものとされている。
  6. ^ a b 史実では、門から打って出て武田勢を蹴散らしたのは長野業盛である。上泉伊勢守は小幡上総介の呼びかけに応じて降伏しており、作中のように門から打って出てはいない。
  7. ^ 作中では疋田文五郎が立ち会ったという伝承を採用しているが、上泉自身が立ちあったという伝承、神後が立ちあったという伝承もあり、どれが正しいかは不明である。

関連項目編集