雷撃隊出動

雷撃隊出動』(らいげきたいしゅつどう)は、東宝が1944年に開戦三周年記念映画として製作、劇場公開した戦争映画

雷撃隊出動
監督 山本嘉次郎
脚本 山本嘉次郎
製作 村治夫
出演者 大河内傳次郎
藤田進
森雅之
音楽 鈴木静一
撮影 鈴木博
平野好美
中井朝一
配給 社団法人 映画配給社
公開 日本の旗 1944年12月7日
上映時間 95分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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目次

概要編集

艦攻陸攻など日本海軍の雷撃隊の活躍を描く。実物の航空機や航空母艦が多数登場することで、貴重な史料としても知られる。2006年に東宝からDVDが発売された。戦意高揚映画とみなされるが、南方基地でののんびりとした日常を描いていると同時に、航空機不足など敗戦濃厚な日本軍の状況も隠しもせもせずに描いていることで、悲壮感が漂う戦後の反戦映画より反戦色が色濃い作品と言われている。[注釈 1]

あらすじ編集

サンカミと呼ばれる三上、村上、川上の三人は、雷撃の神様として知られる同期の桜だった。母艦航空隊(=艦攻)の隊長である村上は航空参謀の川上とともに、次なる作戦に備え基地航空隊(=陸攻)の隊長として三上が着任している内南洋の基地に移動し待機することになった。久々の再会を喜ぶ三人であったが、基地は敵の空襲を受け、これを迎え撃つ航空機も不足していた。連絡と航空機補充のため川上は日本本土へ向かったが、三上や村上が望んだ補充は中々来ず、基地や現地住民への空襲は激化する一方であった。要請の末補充の航空機は到着し、基地を襲っていた敵機も撃退されたが、同じ頃内南洋に敵機動部隊が接近、比島方面へ侵入しつつあった。これをうけ、海軍は基地に待機していた母艦航空隊を機動部隊に戻し、基地航空隊との共同で総力をあげ反撃を挑むことになった。三上と村上の二人は川上や基地の司令官に見送られ出撃、部下と共に雷撃機を駆って敵機動部隊に突入、「軍神」になったのだった。

スタッフ編集

キャスト編集

登場する兵器編集

 ※敵機役のP-40戦闘機の映像は、同じ年に製作された映画「加藤隼戦闘隊」の映像を流用している。

 ※東宝は海軍の協力を得て、昭和19年9月に空母でのロケを実施。艦内の撮影には瑞鳳も使用されたほか、遠景では千歳型空母と思われる艦や空母に随伴する駆逐艦、対空戦闘を撮影した場面では妙高型重巡洋艦(「妙高」、「羽黒」は撮影当時シンガポールの近くのリンガ泊地にいたため、「那智」、「足柄」と思われる)の姿も確認できる。なお雷撃隊発艦シーンは瑞鶴上での訓練時のものを使っているが、映画公開時には瑞鶴は既にエンガノ岬沖で沈められている[1]

主題歌編集

映画の中では次の3曲が使われている。 また、冒頭の九七式艦上攻撃機による雷撃シーンでは軍艦行進曲がBGMとして使用された。

「雷撃隊の歌」編集

海兵69期(1941年卒)の卒業生のうち航空要員決定者が各機種ごとに作成した歌のひとつ。ほかに「戦闘機隊の歌」「艦爆隊の歌」「偵察隊の歌」などがある。映画に使われることが決定したとき、作詞者はすでに南方で戦死していたという。

「雷撃隊出動の歌」編集

「穂高よさらば」の原曲。

「男散るなら」編集

悲壮感溢れる「雷撃隊出動の歌」と異なり磊落な調子で雷撃隊員の思いを歌うが、歌詞はやはり時局を反映して死を当然とする内容となっている。

  • 作詞:米山忠雄
  • 作曲:鈴木静一
  • 歌:霧島昇、近江俊郎
  • 1944年11月20日発売、日本コロムビア

脚注編集

注釈編集

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  1. ^ 「松林宗恵監督と好戦的反戦映画『太平洋の嵐』(1960年)」 青空帝国[1]・2013年9月10日より=「戦時中作られた戦意高揚映画『雷撃隊出動』(1944年)などは最後の体当たり攻撃は悲惨この上なく、戦意高揚映画として観ることさえ難しい不気味な作品だった。戦争を描くことは戦争を本能的に嫌う人間にとっては好戦、反戦を問わず結局は反戦に結びつく。」)

出典編集

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  1. ^ 「日本戦争映画総覧」、2011年、学研、P40

外部リンク編集