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電撃ネットワーク(でんげきネットワーク)は、日本のパフォーマンス集団。怪我をするほどに身体を張ったで知られる。芸能プロダクション株式会社電撃兄弟社」に所属。日本ではその過激さゆえ敬遠されがちだが、欧米諸国では「TOKYO SHOCK BOYSトーキョー・ショック・ボーイズ)」の名で知られ、高い評価を得ている。 メディア関係の窓口としては、芸能プロダクション「ビッグ・ブッキング・エンターテインメント (株式会社BBE)」が主に担当をしている。

電撃ネットワーク
DENGEKI NETWORK
東京公演(2008年3月2日)
メンバー 南部虎弾
ギュウゾウ
ダンナ小柳
結成年 1990年
事務所 電撃兄弟社
活動時期 1990年 -
出会い ライブハウス
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 パフォーマンス
公式サイト 所属事務所 株式会社電撃兄弟社
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目次

メンバー編集

南部虎弾
ダチョウ倶楽部の元メンバーにして元リーダー。南部を除いた3人がダチョウ倶楽部としてテレビに出ているのをテレビでみて自身のクビを知る。芸のためなら命を惜しまないとしている。
ギュウゾウ
強面だが気は優しい。その怪我は伝説の域に達している。ロックDJ、イベントプロデューサーとしても活動。
ダンナ小柳
ギュウゾウ共々生傷が絶えない。電撃の芸はダンナ小柳から始まったとされる。

若手班編集

今日元気
新メンバー募集オーデションを勝ち抜き新加入。
ランディー・ヲ様
1977年11月19日生まれ。北海道札幌市豊平区出身。身長170cm、体重64kg。
ホストを経てよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。容姿の特徴として、顔中に無数のピアスを開けている。芸能活動の傍ら、歌舞伎町にてバー「rita」を営む。
メジルシ髙倉
専属DJ。

元メンバー編集

三五十五
立て板に水のような喋りを得意とし、MC役を務めていた。メンバー内でもっとも怪我の少ない人物。
2013年7月、肺癌を患い、療養のため芸能活動を休止していたが、2015年3月3日に都内の病院で死去。52歳没[1]
ペリカン
1982年5月4日生まれ。長野県出身。身長162cm。
タカダ・コーポレーションメンバー、おやき。オーデションを経て若手班に新加入。いびきが酷く、投稿された動画の中には検証する物もあった。結婚願望はあったらしく、「本当に本当に大事なお知らせ」と称して結婚を前提とした付き合いをしてくれる恋人を国籍や人種を問わないだけでなく、男でも構わないと宣言して募集する動画を投稿した事もある。
時期は不明だが、現在、公式Twitterアカウントから名前と写真が削除されており、脱退したものと思われる。

略歴編集

TOKYO SHOCK BOYSという名がついたのもこの時で、「電撃ネットワークじゃ外国人は発音できないから」とデーブが命名した。
  • 1992年、カナダの世界的コメディフェスティバル ジャスト・フォー・ラフスからの招待をうけ出演、大成功を収める。以降、世界中から出演依頼が入るようになる。
  • 1994年、オーストラリアにて全77公演。4万人を動員。
  • 1995年、スコットランドデンマークオランダドイツ全36公演。
    • デンマークでは女王マルグレーテ2世の前でパフォーマンスを披露し、翌日の新聞に大々的に取り上げられる。
  • 1997年、ニューヨークオフブロードウェイに進出。3ヶ月で71公演という日本人初の快挙を成し遂げる。
  • 1999年、FUJI ROCK FESTIVALに初出演。01年、03年にも出演。
  • 2000年、初の全国ツアー「10th ANNIVERSARY TOUR~ 原点回帰~」を開催。RISING SUN ROCK FESTIVALに出演。
  • 2001年、国内全国TOUR「不死身の男伝説」(21ヶ所24公演)を開催。初のアジア公演、香港公演。
  • 2002年、スペインのイベント「House of Asia Japanese night」に出演。
  • 2003年、国内全国TOUR「一撃必殺 ~怒りの青筋ブチ切れ寸前!~」を開催。
  • 2004年、オーストラリアTOUR 8都市(シドニーメルボルンパース他)を開催。初の韓国公演。
  • 2005年、国内全国TOUR「電撃伝説 ~15周年だよ全員集合!~」を開催。
    • 全世界にネットワークを持つNATIONAL GEOGRAPHIC CHANNELにて、日本4大奇祭を1年がかりで収録し、メンバーが体験したドキュメント番組が放送される。RISING SUN ROCK FESTIVALに出演。
  • 2006年、オーストラリアの格闘技イベント「XPLOSION」でハーフタイムショーに出演。
  • 2007年、スペインマヨルカ島でのイベント「BROT '07」に出演。
  • 2008年、3年ぶりの国内全国TOUR「危機一髪 ~電撃最大のピンチ~」を開催。
    • 「大銀座落語祭2008」 博品館劇場での公演に出演。
    • 福岡の夏フェス「SunSetLive2008」に出演。
    • 北野武 監督 映画「アキレスと亀」に出演。
  • 2009年、国立代々木競技場第二体育館で開催された「SPLASH INTERNATIONAL 2009」にゲスト出演。
  • 2010年、電撃ネットワーク結成20周年を迎え、6年ぶり6回目となるオーストラリアツアー8都市(アデレードシドニーメルボルンパース他)を開催。
    • 神戸のロックフェス「COMIN’ KOBE」に出演。
    • 三重のロックフェス「GAGNER FESTIVAL」に出演。
    • 逗子のフェス「音霊 OTODAMA SEA STUDIO 2010」に出演。
    • 東京国際フォーラム爆風スランプの1日限定の復活ライブ「爆風復活しまんすライブ!!~サンプラザ中野くん50歳だー!!~」にサプライズ出演。
  • 2011年、ROCKIN'ON JAPAN 主催のフェス「Japan Jam 2011」に出演。
  • 2013年、英国アパレルブランドFRED PERRY生誕100年を記念した企画「100PERSONS,100MINDS」の東京100人ポートレートに出演。
    • 「SUMMER SONIC 大坂」に出演。
    • オンラインホテル予約サイトの世界最大手Hotels.com® WEB CMに出演。
    • 野外フェスティバル「夏の魔物2013」に「電撃BiS階段」として出演。
    • 7月、三五十五、肺癌が発覚して療養のため芸能活動を休止。
  • 2014年、渋谷WWWにて単独公演「デンゲキピック」を開催。
    • メンズカジュアルバッグメーカー「master-piece」ブランド創立20周年記念コラボレーションムービーを作成
    • RISING SUN ROCK FESTIVALに出演。
    • A-WORKS主催の野外フェスティバル「旅祭〜WOELD JOURNEY FESTA〜」に出演。
  • 2015年3月3日、三五十五都内の病院で死去。3月26日、告別式にて、現在の事務所から独立。「会社化」することを発表した。

主な芸編集

これらの芸は人体に危険が及ぶため、一般人は絶対にマネをしてはならない。

  • サソリを使った芸『サソリ男』
  • 人間打楽器
  • 牛乳を鼻から飲んで目から出す『ミルクマン』
  • 液体化したロウの中に顔を入れる『ワックスマン』
  • 布団圧縮袋に入って空気を抜く『布団圧縮袋即身仏
  • 缶を頭にくっつける『頭くっつき気合男』
  • マジックペンのインクを口に吸い込む『肺活量吸引力男』
  • ドライアイスと水を口に含み白煙を出す『ドライアイス大好き男』
  • グラインダー(工作機械)で金属片を削り、飛び散る火花でタバコの火をつける『火花大好きサンダー野郎』
  • 金属製のゴミを入れるバケツに、メンバーを逆さ吊りにして入れて、その中に爆竹を投げ込む『爆竹地獄』
  • ビニール袋にメンバーを入れてその中に消火器を放出する『即席山海塾
  • 台所用洗剤エンジンオイルを一気飲みする
  • 巨大線香花火の火花を上半身裸の状態で浴びる
  • 陰茎の根元に縄をくくりつけ、綱引きの勝負で勝利する
  • スッポンとキス
  • 千円札をステープラーで耳につける『福耳男ホチキスマン』
  • スーパーウォーターガンで顔面の粉を一気に洗い流す『瞬間メイク落とし』
  • 巨大クラッカーを口で受け止める『バズーカ』
  • クラッカーを口で受け止める『クラッカー口内爆裂』
  • 『おなら燃やし』
  • 『牛乳瓶底抜き』
  • ドラム缶を打楽器に見立てたパフォーマンス『Stomp the Noise』

その他編集

  • トランス系ミュージックを中心に、音楽と連動した活動も展開しており、CDの楽曲の作曲・アレンジや、ライブでのキーボードプレイヤーとして、genji/nishikataが参加している。
  • パフォーマンスは「人体実験」と称されるほどに過激で、時に下品であったりするのだが、単なる見世物小屋で終わらないのが彼らである。genji/nishikataの音楽と三五十五のMCでの進行、時にはストーリー仕立てで観客を楽しませるなど、様々な演出でエンターテインメントに仕上げている。
  • 日本では年々テレビのコンプライアンスが厳しくなり、露出が少なくなってきているが、逆に海外ではパフォーマンス芸となると劇場が主流であり、数々のコンクールがあり、優勝すれば一生遊んで暮らせるほどの賞金が貰えたり、劇場との契約が発生する。このためコンクールに出場すること自体で有名になれるほどで、テレビに出演するよりもステイタスが高い。実際に電撃ネットワークは日本では「ヨゴレ芸のお笑い集団」というイメージであるが、海外では「アーティスト」とされている。
  • 日本国外での人気が高い彼らだが、特にオーストラリアでは圧倒的な人気を誇る。日本人としては初めて、現地のテレビCMに出演した。
  • 赤井英和と親交が深い。赤井家の新年会を始めとするパーティでネタを披露することもしばしば。
  • 相葉雅紀は彼らの大ファンで「超人技」と呼ぶほど。特にドライアイス大好き男が好きで、『Dの嵐』内の自身の企画『Aの嵐(仮)』で最初に行った実験もドライアイスに関するものだった。ビデオも持っており、メンバー内で又貸しているうちにどこかへ行ってしまったが、『嵐・15年目の告白』にて松本潤が持っていることが発覚した。

出版物編集

CD編集

  • ガツン!(1993年6月25日)※廃盤
  • 富山米(1993年8月25日)
  • gero-gero(1999年10月23日)
  • YELLOW GROOVE(2000年10月18日)
  • PUNK JAP(2001年3月7日)
  • SASORI(2002年7月24日)
  • 電撃伝説(2005年4月6日)
  • 俺はもうダメだ(2006年6月21日)
  • 電撃ネットワークのテーマ(2007年5月26日)※ The Surfaris「Wipe Out」のカバー
  • 電撃魂(2013年10月30日)

コンピレーション作品編集

  • 熱唱!! ストリートファイターII(1992年12月16日)
  • MEGALOMANIACS SHOW TIME!(2001年3月28日)
  • PHAT WAXX(2004年6月23日)

コラボレーション作品編集

  • FLY HIGH/サソリ feat.電撃ネットワーク(2002年1月23日)※THE MAD CAPSULE MARKETSとのコラボレーション

DVD編集

  • 電撃ネットワーク ベスト (2001年3月14日)
  • 電撃伝説~15周年だよ全員集合!~ (2005年9月21日)

VHS編集

  • 公開人体実験 (1999年8月21日)
  • MADE IN JAPAN (2000年10月18日)
  • ベスト・オブ・ザ・ワースト (2001年3月14日)

書籍編集

  • 電撃ネットワーク南部の公開処刑(1995年3月)
  • 電撃ネットワークの「かかって来い!」痛ッ! (1995年3月)
  • オレ達外国じゃあビッグスター (1998年11月)
  • 電撃伝説―ちょっとあぶない世界の楽しみ方 (2000年9月)
    (注:既刊の「オレ達外国じゃあビッグスター」に書下ろしを加え再編集したもの)

出演編集

RADIO編集

CM編集

漫画編集

TV編集

タイアップ編集

パチンコ編集

  • CR電撃ネットワーク(2007年、エース電研
  • CRショックボーイズ(2007年、エース電研)

パチスロ編集

関連項目編集

脚注・出典編集

外部リンク編集