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青木あすなろ建設株式会社(あおきあすなろけんせつ)は、日本の総合建設会社(ゼネコン)である。

青木あすなろ建設株式会社
Asunaro Aoki Construction Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
101-0053
東京都千代田区神田美土代町1
設立 1950年9月25日(※1)
業種 建設業
法人番号 4010401010452 ウィキデータを編集
事業内容 建設業
代表者 代表取締役社長 辻井靖
資本金 50億円
発行済株式総数 5,910万株
売上高 単独:888億66百万円
連結:1,524億52百万円
(2019年3月期)
営業利益 単独:36億61百万円
連結:67億01百万円
(2019年3月期)
純利益 単独:38億83百万円
連結:40億92百万円
(2019年3月期)
純資産 単独:517億84百万円
連結:674億09百万円
(2019年3月31日現在)
総資産 単独:759億05百万円
連結:1,102億63百万円
(2019年3月31日現在)
従業員数 単独:884人
連結:1,822人
(2019年3月31日現在)
決算期 毎年3月末日
主要株主 髙松コンストラクショングループ 79.08%
(2019年3月31日現在)
主要子会社 みらい建設工業 100%
東興ジオテック 100%
外部リンク https://www.aaconst.co.jp/
特記事項:(※1)旧㈱青木建設の設立は1947年6月
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1950年(昭和25年)に扶桑土木株式会社(後に、小松建設工業株式会社)として創業したあすなろ建設株式会社と、1947年(昭和22年)にブルドーザー工事として創業した株式会社青木建設が、2004年(平成16年)4月に合併してできた。これまで数多くの大型国家プロジェクトに携わってきた。株式会社髙松コンストラクショングループの中核となる会社である。本社所在地は東京都千代田区神田美土代町1。

高杉良の「小説ザ・ゼネコン」はバブル期前後の株式会社青木建設がモデルである。

社名の「あすなろ」は石川県の県木であるヒノキアスナロ(北陸地方で「あて」と呼ばれる)から由来している。

2005年(平成7年)3月期から借入金をゼロとしている。

事業所所在地編集

  • 本社・東京本店 - 東京都千代田区神田美土代町1
  • 大阪本店 - 大阪市北区大淀南1-4-15
  • 北海道支店 - 札幌市中央区南1条東1-2-1
  • 東北支店 - 仙台市太白区長町3-7-13
  • 横浜支店 - 横浜市西区北幸1-11-5
  • 名古屋支店 - 名古屋市中川区月島町6-1
  • 北陸支店 - 新潟市中央区医学町通2番町10-1
  • 神戸支店 - 神戸市中央区御幸通6-1-15
  • 中四国支店 - 広島県広島市中区上幟町3-26
  • 九州支店 - 福岡市博多区博多駅前1-19-3
  • 技術研究所 - 茨城県つくば市要36

沿革編集

株式会社青木建設編集

  • 1947年(昭和22年)5月 - 大阪において、資本金300万円・従業員38人で「ブルドーザー工事株式会社」設立。関西を地盤に、高度成長と共に宅地造成や海洋土木工事ならびに海外工事で成長した。
  • 1948年(昭和23年) - 民間初の外国製ブルドーザを導入。
  • 1957年(昭和32年) - 日本最初のハイウェイ「横浜バイパス道路」を受注。
  • 1961年(昭和36年)10月 - 大阪証券取引所二部に上場
  • 1962年(昭和37年)7月 - 東京証券取引所二部に上場。
  • 1964年(昭和39年)2月 - 東京、大阪両証券取引所の一部銘柄に指定される。
  • 1966年(昭和41年) - 大型ダムを受注(喜撰山ダム、奥山ダム)初めてダム工事にコンピューターを導入(喜撰山ダム)。
  • 1968年(昭和43年) - ガルフオイル社沖縄原油基地工事を受注し海外工事に進出。
  • 1969年(昭和44年)8月 - 「株式会社青木建設」へ社名変更。
  • 1972年(昭和47年)5月 - 株式会社青木建設創業25周年。
  • 1973年(昭和48年)5月 - 創業者青木益次(旧海軍経理学校教官で元海軍中佐)は、長男であり佐藤栄作内閣で官房長官橋本登美三郎の秘書官を務めた際、副長官の竹下登と親密な関係を築いていた大蔵省出身の青木宏悦に社長の座を譲る。兜町筋から「竹下銘柄」と呼ばれた。
  • 1976年(昭和51年) - 香港地下鉄アイランドラインMTR-109工区工事を受注。ブラジルでホテルをオープンに海外工事に進出する。
  • 1977年(昭和52年) - パナマ バカモンテ漁港建設工事を受注。
  • 1978年(昭和53年) - 香港青山火力発電所建設第一期工事を受注。
  • 1987年(昭和62年) - 日本企業として初めてパナマ運河補修工事を受注。
  • 1988年(昭和63年) - 世界的ホテルチェーンのウェスティン・ホテルズ・アンド・リゾーツを1730億円で買収。
  • 1989年 - 青木宏悦が会長に、日本興業銀行OBの宮脇崇一が社長に就任。
  • 1993年(平成5年)4月 - 茨城県つくば市に技術研究所を開設。
  • 1995年(平成7年) - 香港地下鉄MTR-501工区(香港駅建設)工事および広州地下鉄1号線工事(中国・広州市)受注。
  • 1996年(平成8年)6月 - 宮脇崇一が辞任、建設省OBの矢野洋一郎が社長に就任。
  • 1997年(平成9年) - 関西新空港の埋立という超大型工事の受注に成功する。
  • 1997年(平成9年)5月 - 株式会社青木建設創業50周年。
  • 1999年(平成11年)3月 - 上場ゼネコン債権放棄の第1号として26の金融機関から債務免除を受け、20年間の再建計画を策定した
  • 2001年(平成13年)12月 - 民事再生法を申請。上場廃止。
  • 2002年(平成14年)9月 - 民事再生手続終結。髙松建設(70%)と小松建設工業(30%)が株式を引き受ける。わずか10ヵ月以内で再建を達成し現在は安定した財務体質を保っている。
  • 2004年(平成16年)4月 - あすなろ建設と対等合併し、青木あすなろ建設に。

あすなろ建設株式会社編集

  • 1950年(昭和25年)9月 - 「扶桑土木株式会社」として設立・創業。
  • 1960年(昭和35年)5月 - 小松道路建設株式会社と合併して、「小松扶桑建設株式会社」と称する。
  • 1962年(昭和37年)11月 - 社名を小松建設工業株式会社に改称。
  • 1970年(昭和45年) - 水陸両用ブルドーザ工事(下記に記載)第1号を受注。
  • 1973年(昭和48年)5月 - 東京証券取引所市場第二部に株式上場。
  • 1973年(昭和48年)7月 - 小松舗道株式会社を設立。
  • 1974年(昭和49年)4月 - 東京証券取引所市場第一部に指定替。
  • 2000年(平成12年)10月 - 株式公開買い付けにより、親会社が小松製作所から髙松建設へ異動。
  • 2002年(平成14年)9月 - 青木建設の株式30%を取得。
  • 2002年(平成14年)10月 - 社名をあすなろ建設株式会社に改称。あすなろ建設・髙松建設・青木建設の3社でGWA(Green Wood Alliance/3社とも社名が木に由来することから名づけられた)として企業提携。

青木あすなろ建設株式会社編集

  • 2004年(平成16年)4月 - 存続会社をあすなろ建設として、あすなろ建設と青木建設が対等合併し、青木あすなろ建設株式会社となる。
  • 2005年(平成17年)10月 - 支払手形を廃止。
  • 2006年(平成18年)5月 - 防災土木工事準大手の東興建設株式会社を株式取得により、完全子会社とする。
  • 2007年(平成中9年村7月 - 中村建設株式会社(愛知県)の社員を受入及び工事を承継。
  • 2008年(平成20年)9月 - みらい建設工業株式会社およびみらいジオテック株式会社を完全子会社とする。
  • 2010年(平成22年)6月 - 東興建設株式会社がみらいジオテック株式会社及び大和ロック株式会社を吸収合併し、東興ジオテック株式会社に商号変更。
  • 2011年(平成23年)3月 - 東日本復興事業本部を設置し東日本大震災による災害の復旧・復興に着手。
  • 2011年(平成23年)6月 - 新潟みらい建設株式会社(新潟県)を設立。
  • 2012年(平成24年)5月 - アビダス(自社分譲マンション事業)第1号物件を分譲。
  • 2012年(平成24年)5月 - 株式会社島田組および株式会社アクセス(いずれも大阪府)を子会社化。
  • 2013年(平成25年)8月 - 青木マリーン株式会社を株式交換により完全子会社とする[1]
  • 2017年(平成29年)11月 - 子育てサポート企業の次世代認定マーク「くるみん」を取得。
  • 2019年(令和元年)9月 - 親会社の高松コンストラクショングループ株式公開買付けにより96.24%の株式を取得[2]
  • 2019年(令和元年)11月 - 東京証券取引所市場第一部上場廃止[3]。株式売渡請求により高松コンストラクショングループの完全子会社となり[4]、シナジー効果創出によるグループ全体の強化を目指すこととした。

主な施工実績編集

水陸両用ブルドーザ編集

  • 水陸両用ブルドーザは、主に水中での掘削・押土、岩盤破砕等が可能な特殊車両である。操縦者の安全確保のため無線遠隔操作で行われ、水深7mまでの操作が可能となっており、機体中央の塔のような部分は、内燃機関の煙突である。同機種はすでに生産中止されており、国内に現存するのは青木あすなろ建設が使っている5台のみとなっている。
  • 東日本大震災による大津波で壊されてしまった港や橋を補修するために、そのうちの1台の全パーツをオーバーホールし完全復活。これら一連の活躍は、各種媒体で取り上げられ、さらに、絵本「のっぽのスイブル155」(出版:偕成社、作画:こもりまこと)にもなった。

主な関連会社編集

  • みらい建設工業株式会社
  • 東興ジオテック株式会社
  • 青木マリーン株式会社
  • あすなろ道路株式会社
  • 株式会社エムズ
  • 新潟みらい建設株式会社
  • 株式会社島田組

脚注・出典編集

外部リンク編集