青木 金吾(あおき きんご、 1890年明治23年)[1] - 没年不明)は、大正から昭和時代の政治家北海道蘂取郡蘂取村長、紋別郡生田原村長、紋別郡興部村長、白糠郡白糠町長。

経歴・人物編集

1933年(昭和8年)4月、北海道蘂取郡蘂取村長に就任[2]。ついで1936年(昭和11年)11月、紋別郡生田原村の第五代村長に就任し[3]1939年(昭和14年)興部村長に転じた[4]。のち1947年(昭和22年)から白糠郡白糠町長を四期務めた[5]

没後の、1965年(昭和40年)興部町名誉町民第1号として推挙された[6]。ほか、新十津川望郷会会長[7]北海道ウタリ協会白糠支部長を務めた[8]

脚注編集

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  1. ^ 北海道人物文献目録 (明治~戦前期)”. 北海道立図書館 (2009年10月). 2019年11月5日閲覧。
  2. ^ 根室・千島歴史人名事典編集委員会 2002, 377頁.
  3. ^ 年表 生田原村:生田原地域(1925年〜1954年)”. えんがるストーリー. 2019年10月5日閲覧。
  4. ^ 広報 おこっぺ 2018年7月号 第682号”. 興部町. 2019年10月5日閲覧。
  5. ^ 市町村における長の選挙結果について”. 北海道選挙管理委員会 (2019年2月1日). 2019年10月5日閲覧。
  6. ^ むかしむかし白糠”. 白糠町. 2019年10月5日閲覧。
  7. ^ 関係団体”. 新十津川町. 2019年10月5日閲覧。
  8. ^ 平成12年度 アイヌ語ラジオ講座テキスト”. STVラジオ. 2019年10月5日閲覧。

参考文献編集

  • 根室・千島歴史人名事典編集委員会 編 『根室・千島歴史人名事典』 根室・千島歴史人名事典刊行会、2002年。