青森山田中学高等学校

青森県青森市にある中学校

青森山田中学高等学校(あおもりやまだちゅうがくこうとうがっこう)は、青森県青森市青葉三丁目に所在する中高一貫私立中学校高等学校サッカーをはじめ、卓球硬式野球バドミントン自転車競技柔道などの部活動が全国レベルの活躍をしており、多くのスポーツ選手を輩出していることでも知られる。なお、校舎から200mほど離れた所には青森中央高校が存在する。

青森山田中学高等学校
Aomori Yamada Junior and Senior High School.JPG
過去の名称 山田裁縫教授所
青森山田家政女学校
山田高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人青森山田学園
校訓 誠実・勤勉・純潔・明朗
設立年月日 1918年
創立者 山田きみ
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
分校 (通信制)札幌校
(廃止)東京・千葉・静岡・大分・山梨
課程 全日制課程
通信制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 (通信制)普通科
(全日制)普通科・情報処理科・自動車科・調理科
学科内専門コース 特進コース
吹奏楽コース
美術コース
演劇コース
文化教養コース
スポーツコース
(すべて全日制普通科)
専攻科 自動車専攻科
学期 3学期制
高校コード 02505E
所在地 030-8520
青森県青森市青葉三丁目13番40号

北緯40度48分14.0秒 東経140度44分57.5秒 / 北緯40.803889度 東経140.749306度 / 40.803889; 140.749306座標: 北緯40度48分14.0秒 東経140度44分57.5秒 / 北緯40.803889度 東経140.749306度 / 40.803889; 140.749306
外部リンク 中学校公式サイト
高等学校公式サイト
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沿革編集

  • 1918年大正7年) - 創立者山田きみが青森県青森市新町の自宅で裁縫塾を開く
  • 1919年(大正8年) - 山田高等家政女学校に改称
  • 1931年昭和6年)3月5日 - 各種学校令による青森家政学園設立許可(青森市長島町156番地)
  • 1933年(昭和8年)3月31日 - 文部大臣の許可を受け、実業学校令による山田高等家政女学校認可(本科4年、家政科2年、研究科1年)(青森市浦町)
  • 1934年(昭和9年) - 家庭科を増設
  • 1948年(昭和23年)3月11日 - 財団法人組織として山田学園設立。山田高等学校認可
  • 1949年(昭和24年) - 中学校を併設
  • 1951年(昭和26年)3月12日 - 財団法人山田学園を学校法人山田学園に改組。高等学校男子部を設置
  • 1962年(昭和37年)1月20日 - 法人名を学校法人山田学園から学校法人青森山田学園と改称。山田高等学校を青森山田高等学校に改称
  • 1977年(昭和52年) - 校舎移転
  • 1981年(昭和56年) - 高等学校に調理科を増設
  • 1982年(昭和57年)1月23日 - 2級自動車整備士養成施設として高等学校に自動車専攻科認可
  • 1985年(昭和60年) - 土木科を土木建築科に改める
  • 1989年平成元年) - 高等学校の普通科に特進、教養、体育コースを設ける
  • 1998年(平成10年)3月31日 - 青森山田高等学校通信制普通科設置認可
  • 2001年(平成13年)3月30日 - 青森山田中学校を青森市浜田板橋23に認可
  • 2005年(平成17年) - 高等学校の土木建築デザイン科を建築デザイン科に改める
  • 2012年(平成24年) - 高等学校の建築デザイン科、生徒募集停止
  • 2014年(平成26年) - 高等学校通信制普通科の千葉校、東京校、山梨校、静岡校、大分校の生徒募集停止

設置学科編集

青森山田高等学校には、以下の課程・学科(コース)がある。

  • 全日制課程
    • 普通科(特進コース・吹奏楽コース・美術コース・演劇コース・キャリアアップコース・スポーツコース)
    • 情報処理科
    • 自動車科
    • 調理科
    • 自動車専攻科
  • 通信制課程
    • 普通科
      • 青森校(本部校;募集区域・青森、岩手、秋田の3県)
      • 札幌校(募集区域・北海道全域)

青森山田中学校には、以下のコースがある。

  • 特進コース
  • スポーツコース

部活動編集

サッカー部編集

青森山田高校サッカー部は、1970年に創部[1]1989年田口光久が監督に就任した頃から強化が始まり、1991年には全国高等学校サッカー選手権大会(選手権)と全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会(インターハイ)の全国大会に初出場を果たした。

1995年に当時25歳の黒田剛が監督に就任すると、当時のグラウンドはまだラグビー部と供用の人工芝であったが、雪国青森のハンデを逆手に取り、雪の上での練習(雪中サッカー)と筋力トレーニングを兼ねた雪かきを練習に取り入れるなどして強化を進め[2]1996年以降の選手権には毎年出場する強豪校となった。

高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグでは、トップチームが最上位カテゴリのプレミアリーグに在籍するほか、東北地方の強豪校が戦うプリンスリーグ東北にセカンドチームが参戦している。2016年シーズンには高円宮杯U-18サッカーリーグ2016 プレミアリーグ第95回全国高等学校サッカー選手権大会で共に優勝、ユース世代二冠を達成している(2005年シーズンに第40回全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会で優勝)。

中学校は2012年に全国大会で優勝し、2014年から2017年にかけて4連覇を達成している。

タイトル編集

卓球部編集

青森山田高校卓球部は総監督を吉田安夫がつとめ、全国高等学校総合体育大会卓球競技大会で男子団体が17回、女子団体が4回全国優勝するなどの実績を残した。この他、国民体育大会卓球競技全国高等学校選抜卓球大会全日本卓球選手権大会でも実績を残した。出身者には、水谷隼松平健太福原愛丹羽孝希などがいる。

2015年度で強化が休止された[3]

硬式野球部編集

青森山田高校硬式野球部は全国高等学校野球選手権大会に11回、選抜高等学校野球大会に2回出場、明治神宮野球大会に1回出場している。

野球部寮内死亡事件編集

ところが2011年12月18日深夜、1年生部員が学校敷地内にある野球部寮内において2年生部員に背中を殴打され、死亡する事件が起きた。1年生の部員らが寮の消灯時間が過ぎた後になって、焼肉を作っていたことに立腹した2年生部員が暴行を加えたとされている。なお、青森山田高校側は「いじめはなかったと認識している」と説明している[4]。事件から2日後の12月20日、青森山田高校は秋の東北地区大会でベスト4となった野球部の第84回選抜高等学校野球大会への推薦を辞退した[5]

上級生は2012年1月に書類送検され、2月に自主退学した[6]

この事件で、死亡した少年の遺族が死亡原因は2年生部員の暴行による心臓震盪にあり、また学校側が少年に対する指導を徹底しておらず、事件当時野球部監督が寮に不在で管理が行き届いていなかったなどと主張したため、4月9日に青森山田高校を相手取り、損害賠償を求め大阪地方裁判所訴訟を起こした[7]。この事件を受け青森山田高校は、野球部の監督を解任し野球部長も辞任した[8]。また両親は上級生を傷害致死容疑で青森地方検察庁に告訴した[6]

6月25日に第1回口頭弁論が行われ、学校法人青森山田学園、上級生のいずれも争う姿勢を示した[6][9][10]。 青森山田高校野球部は2012年春の選抜高校野球は辞退したが、夏の全国高校野球青森県予選には出場している。 2015年5月20日に和解した和解内容は明らかにされていないが、青森山田学園は「生徒が死亡したことを真摯に受け止め、心より哀悼の意を表し、今後も安全な教育活動の実施に努めたい」とのコメントを出した。

相撲部編集

岩木山竜太はプロ入り前に、事務職員兼相撲部コーチをしていた。

主な卒業生編集

サッカー編集

各国の全国リーグ(日本の場合、JSL、J1、J2、J3、JFL)に所属したことのある選手のみ。卒業年順。

名前 出身 Pos 進学先 入団クラブ 現所属または主な経歴
佐々木仁 岩手県 1973 1991 GK フジタ ラインメール青森 GKコーチ
佐藤智 秋田県 1974 1992 DF 浦和レッズ
塚尾泰成 1974 1992 MF 浦和レッズ
河端和哉 北海道 1981 1999 DF 札幌大学 コンサドーレ札幌 札幌大学サッカー部 監督
ジュニーニョ ブラジル 1982 2001 MF 清水エスパルス
ヘジーニョ ブラジル 1984 2002 MF ザスパ草津
千葉貴仁 北海道 1984 2002 DF セレッソ大阪 青森山田高校サッカー部 コーチ
尾崎祐司 北海道 1984 2002 MF コンサドーレ札幌
大河内英樹 愛知県 1985 2003 MF ベガルタ仙台
三澤純一 北海道 1985 2003 MF 筑波大学 ベガルタ仙台
盛礼良レオナルド ブラジル 1985 2004 FW JSC 東京ヴェルディ1969 FCマルヤス岡崎
那須川将大 北海道 1986 2004 DF 中京大学 東京ヴェルディ 藤枝MYFC
橋本和 滋賀県 1986 2004 DF 大阪体育大学 柏レイソル ヴィッセル神戸
小寺優輝 和歌山県 1986 2004 MF 阪南大学 ファジアーノ岡山FC
川邊裕紀 東京都 1987 2005 DF 国士舘大学 FC町田ゼルビア
櫛引祐輔 北海道 1987 2005 MF 中央大学 SAGAWA SHIGA FC
松本怜 北海道 1987 2005 MF 早稲田大学 横浜F・マリノス 大分トリニータ
小澤竜己 愛知県 1987 2005 FW FC東京 JPVマリキナFC
伊東俊 北海道 1987 2005 MF 国士舘大学 モンテディオ山形 ロアッソ熊本
ロメロ・フランク ペルー 1987 2006 MF 流通経済大学 水戸ホーリーホック アルビレックス新潟
李澤忍治 青森県 1988 2006 MF 仙台大学 ソニー仙台FC
川西翔太 奈良県 1988 2006 FW 大阪体育大学 ガンバ大阪 FC岐阜
三浦修 北海道 1989 2007 DF 同志社大学 ガイナーレ鳥取 アルテリーヴォ和歌山
岩崎晃也 北海道 1989 2007 MF 国士舘大学 佐川印刷
藤本憲明 大阪府 1989 2007 FW 近畿大学 佐川印刷 ヴィッセル神戸
大津一貴 北海道 1989 2007 FW 関東学院大学 T.F.S.C. FCウランバートル
菅原渉 愛知県 1990 2008 DF 大阪体育大学 ツエーゲン金沢
椎名伸志 北海道 1991 2009 MF 流通経済大学 松本山雅FC カターレ富山
野間涼太 千葉県 1991 2009 MF 明治大学 FKルダル・プリェヴリャ FKラドニチュキ・ニシュ
柴崎岳 青森県 1992 2010 MF 鹿島アントラーズ デポルティーボ・ラ・コルーニャ
三田尚希 長野県 1992 2010 MF 法政大学 ラインメール青森 AC長野パルセイロ
橘一輝 大阪府 1992 2010 MF 国士舘大学 ガイナーレ鳥取
櫛引政敏 青森県 1992 2010 GK 清水エスパルス モンテディオ山形
差波優人 青森県 1993 2011 MF 明治大学 ベガルタ仙台
舛沢樹 青森県 1993 2011 DF 中央大学 ヴァンラーレ八戸 Cobaltore女川
高橋晃司 宮城県 1993 2011 MF 仙台大学 Cobaltore女川
室屋成 大阪府 1994 2012 DF 明治大学 FC東京
山田将之 埼玉県 1994 2012 DF 法政大学 FC東京 ツエーゲン金沢
池上丈二 熊本県 1994 2012 MF 大阪体育大学 レノファ山口FC
丹代爽弥 青森県 1994 2012 FW 仙台大学 ソニー仙台FC
菅原啓祐 千葉県 1994 2012 MF 仙台大学 ソニー仙台FC
小松崎雄太 埼玉県 1994 2012 DF 平成国際大学 ラインメール青森 東京武蔵野シティFC
篠田朋宏 愛知県 1994 2012 MF 東洋大学 FC大阪 アルテリーヴォ和歌山
野坂浩亮 北海道 1994 2012 GK 大阪体育大学 ラインメール青森
八戸雄太 東京都 1995 2013 DF 桐蔭横浜大学 Honda FC
田中雄大 宮城県 1995 2013 GK 桐蔭横浜大学 SC相模原 ブラウブリッツ秋田
菊池流帆 岩手県 1996 2014 DF 大阪体育大学 レノファ山口FC ヴィッセル神戸
松木駿之介 神奈川県 1996 2014 MF 慶応義塾大学 ファジアーノ岡山FC
常田克人 埼玉県 1997 2015 DF ベガルタ仙台
神谷優太 山形県 1997 2015 MF 湘南ベルマーレ 柏レイソル
廣末陸 東京都 1998 2016 GK FC東京 FC町田ゼルビア
高橋壱晟 青森県 1998 2016 MF ジェフユナイテッド千葉
郷家友太 宮城県 1999 2017 MF ヴィッセル神戸
中村駿太 千葉県 1999 2017 FW モンテディオ山形
檀崎竜孔 宮城県 2000 2018 MF 北海道コンサドーレ札幌
三國ケネディエブス 東京都 2000 2018 DF アビスパ福岡
武田英寿 宮城県 2001 2019 MF 浦和レッズ
古宿理久 神奈川県 2001 2019 MF 横浜FC

卓球編集

プロ野球編集

バドミントン編集

競輪選手編集

ボートレーサー(競艇)編集

  • 齊藤大将(登録第4956号 千葉県千葉市出身 2016年11月ボートレース多摩川デビュー)

プロロード選手編集

  • 石橋学(ブリジストンアンカーサイクリングチーム、2015ジロデイタリア出場(前所属:NIPPO・ヴィーニファンティーニ))

柔道編集

プロボクサー編集

そのほかのスポーツ編集

芸能関連編集

脚注編集

  1. ^ サッカー部”. 青森山田高等学校公式サイト. 2019年1月16日閲覧。
  2. ^ 黒田剛 (2017年5月22日). “サッカー弱小高が全国2冠王者に育ったワケ 柴崎岳を輩出した青森山田高校の育成哲学”. 東洋経済オンライン. 2019年1月16日閲覧。
  3. ^ ニッタク 大会結果「男子優勝の青森山田、最後も優勝で締めた」
  4. ^ “asahi.com青森山田「遺族に心からおわび」 野球部員急死で会見”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年12月21日). オリジナルの2011年12月22日時点におけるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20111222003440/http://www.asahi.com/national/update/1221/TKY201112210656.html 2014年4月13日閲覧。 
  5. ^ 青森山田野球部員死亡訴訟 学校も上級生も争う姿勢”. 朝日新聞 (2011年12月20日). 2012年6月26日閲覧。
  6. ^ a b c 青森山田野球部員死亡訴訟 学校も上級生も争う姿勢”. スポーツニッポン (2012年6月26日). 2012年6月26日閲覧。
  7. ^ 青森山田高:野球部員死亡で遺族が提訴 毎日新聞 2012年4月10日
  8. ^ 青森山田高:野球部監督を解任、部長は辞任 部員急死で 毎日新聞 2012年4月10日[リンク切れ]
  9. ^ “上級生、押しつけたが暴行は否定…青森山田死亡”. 読売新聞. (2012年6月26日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120625-OYT1T00502.htm 2012年6月26日閲覧。 [リンク切れ]
  10. ^ 被告側、棄却求める 青森山田野球部員死亡”. 朝日新聞 (2012年6月26日). 2012年6月26日閲覧。[リンク切れ]

関連項目編集

外部リンク編集