韋皇后 (唐中宗)

唐の中宗の皇后

韋皇后(いこうごう、? - 710年7月21日)は、中宗の皇后。京兆府万年県の出身。韋玄貞の娘。しばしば韋后と呼ばれる。

韋皇后
の皇后
在位 弘道元年12月11日 - 嗣聖元年2月6日
684年1月3日 - 2月26日
神龍元年2月14日 - 景龍4年6月2日
705年3月13日 - 710年7月3日

死去 唐隆元年6月20日
710年7月21日
配偶者 中宗
子女 李重潤
長寧公主
永寿公主
永泰公主
安楽公主
氏族 京兆韋氏
父親 韋玄貞
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生涯編集

中宗が即位すると、皇后となったが、やがて中宗が廃位され、湖北に流されそれに随行。夫婦は苦難の日々を送ったが二人の仲は良かったという。

神龍元年(705年)、武則天より譲位されて中宗が復位すると、武三思らと結託し、従兄の韋温とともに朝政を掌握した。景雲元年(710年)には自らの即位を意図し、娘の安楽公主とともに中宗を毒殺、温王李重茂(殤帝)を皇帝に擁立した。しかし間もなく李隆基(玄宗)が政変を起こし、その父である相王李旦(睿宗)が復位した。韋后は殺害され、その身分も庶人に落とされた。

子女編集

登場作品編集

テレビドラマ