音楽漫画
概要
編集音楽漫画の定義は一定ではない。完全に音楽を主題とした作品のみを指すとする考え方がある一方、演奏シーンなどが含まれる漫画全般を含むとする考え方もある。日本マンガ学会理事の内記稔夫が館長を務める現代マンガ図書館が発行した音楽漫画の作品リストでは、「音楽シーンの使用頻度」を判断基準とし、線引きが難しい作品については「マンガという手法を用いて音の響きを表現しようとしているかどうか」「音楽への関心を積極的に描写しているか」という点を加味して選定が行われている[2][注 1]。
西洋や架空の国や町を舞台にした歴史ロマンふうの物語や、身近な世界を舞台に音楽やバンドを通じて、青春を送っていくストーリーといった内容などがある。古くは、音楽漫画の登場人物は美形で才能にも恵まれたあこがれの対象となるキャラクターが多かったが、平成期の作品では身近な等身大の登場人物が増えてきている[3]。女性向漫画として描かれるものが多いが、『BECK』のような青年・少年漫画雑誌に掲載されるものもある。少女漫画においては重要なジャンルの一つである。漫画という音の出ないメディアで展開されるため、音の表現に苦労する漫画家が多い[4]。21世紀に入ってからは『のだめカンタービレ』が音楽漫画ブームの火付け役となり[5]、音楽漫画が次々と映画化・ドラマ化されるなど、ヒット作が多くなりつつあり、同時にこの漫画とその映像化がクラシック音楽に触れる大きな契機となる状況が展開されている。
音楽漫画の歴史
編集昭和期の作品
編集- 1950年代
音楽漫画の歴史は古い。赤本漫画の時代は、実在したクラシックの音楽家などを題材とした偉人伝的なものがあり、次の貸本漫画の時代では、当時の実在の人気歌手らを題材とした「童謡・歌謡漫画」が存在した[6]。こうした『(芸能人の芸名)物語』といった実在歌手の名前を冠した作品はその後も引き継がれ、時代時代の人気歌手を扱った作品が生まれている。
ストーリー漫画としての音楽漫画は、少女漫画を中心に発展した。1958年(昭和33年)にちばてつやが「少女クラブ」でヴァイオリンを弾く少女を主人公にした『ママのバイオリン』の連載を開始[7]。デビュー間もないちばにとって初の雑誌連載となったこの作品は、少女に大人気を博し、連載第2回目の読者アンケートで2位、以降は連載終了まで1位の座を守ったとされる[8]。しかし当時の漫画家の多くは、楽器演奏などの実態を知らないことが多く、そのため荒唐無稽な怪作と言える作品もしばしば生まれた[7]。
- 1960年代
1960年代に入ると、トキワ荘の紅一点として知られる水野英子が、西洋を舞台にしたロマンティック・コメディ作品を多く手がけはじめる[8]。中でも1964年(昭和39年)に連載を開始した『白いトロイカ』は、ロシア革命を舞台にオペラ歌手を目指すロシアの少女を主人公に据え、音楽学校の描写など「かなりのリアリティ」をもって描かれている[7]。また1969年(昭和44年)には、少女ロック漫画の元祖とされ[9][7]、水野の少女漫画作品の大きな節目となった『ファイヤー!』の連載が開始された[注 2]。感化院を出たアメリカの青年がロックシンガーを目指すストーリーは、ベトナム戦争やカウンターカルチャーの台頭など当時の時代背景をリアルタイムに取り入れ話題を呼んだ[注 3]。バンドものの原点とも言われ、男性の漫画ファンにも人気を博した[10]。
- 1970年代
1970年代になると、音楽漫画は1つのジャンルとして成立していく[1]。1975年(昭和50年)には、劇画家の池田理代子が『オルフェウスの窓』の連載を開始[注 4]。南ドイツのレーゲンスブルクの架空の音楽学校から始まる物語は、第一次世界大戦やロシア革命などの史実を織り交ぜながら、ドイツ、ロシア、オーストリアを舞台に4部構成で描かれた[注 5]。作中ではベートーヴェンの重厚な音楽が多く登場し、また実在のピアニスト(ヴィルヘルム・バックハウス)を登場させることで物語に厚みを持たせている[11]。翌1976年(昭和51年)には、大泉サロンの中心メンバーであり「24年組」と称された、竹宮恵子と増山法恵の共作による音楽学校もの『ウィーン協奏曲』『変奏曲』が登場した[注 6]。原作を担当した増山がピアニスト志望であったことから、これらの作品を通じて音楽に関する専門的な知識が読者に広まり、また音楽家の心情が「はじめて実感をもって語られた」作品となった[7]。楽器を嗜む読者が見ても不自然に感じないよう、「普通のグランド・ピアノとコンサート・グランドとの差」「鍵盤と手の大きさとの比率」「弦楽器を演奏する人の微妙なポーズ」などの細かな点も丁寧に描写されている。当時の竹宮は、オーケストラの楽器のほとんどを空で描けるまでに楽器の形などに詳しかったという[12]。また、1978年(昭和53年)には「ポスト24年組」の1人であるたらさわみちが、南ドイツ、バイエルン地方に実在するテルツ少年合唱団をモデルに描いた『バイエルンの天使』を発表。それまで日本で馴染みの薄かった同合唱団の人気を広めるきっかけを作ったとされる[13]。
- 1980年代
1980年代頃からは、日本を舞台にした等身大の主人公の作品も増え始める。1980年(昭和55年)にはくらもちふさこが、ピアニストの母を持ち、日本の音楽学校に通う女子高校生の恋物語を描いた『いつもポケットにショパン』の連載を開始。この作品の影響でピアノを習い始めた少女も多かったと言われ[11]、特に最後のコンサートシーンは名場面として知られる[14]。男性向けの作品では、1985年(昭和60年)に上條淳士が「週刊少年サンデー」で『TO-Y』をスタート。パンク・ロックバンドをしていた主人公が、芸能界にソロデビューする過程とその活躍を描いた。主人公が歌い手であるにもかかわらず、演奏シーンには一切「歌詞」や「オノマトペ」を用いず、画だけで「音」を表現する手法が非常に特徴的な作品である[注 7]。青年漫画においては、1988年(昭和63年)にジャズを題材にした『BLOW UP!』が、細野不二彦により「ビッグコミックスペリオール」で連載されている。また、少年の頃からピアノを習い音楽に造詣が深かった手塚治虫も、生涯を通じて音楽漫画を何編か描いている。1987年(昭和62年)に始まったベートーヴェンを題材にした『ルードウィヒ・B』 は、連載中の1989年(平成元年)2月9日に手塚が亡くなったため未完の絶筆となった。
平成~令和期の作品
編集この節の加筆が望まれています。 |
『NANA』や『のだめカンタービレ』などがヒットし、双方とも実写化、アニメ化されている。また、まんがタイムきらら系列の雑誌で連載されている、ガールズバンドを題材とした『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』[注 8]はアニメ化によって大ヒットし、作中に登場するギターなどの楽器の売り上げが上がるという影響をもたらした[15]。
音楽を題材とした漫画作品一覧
編集関連項目
編集脚注
編集注釈
編集- ^ このため、登場人物が音楽に関わる職業(ピアニストなど)に設定されていても、実際に演奏などの音を奏でる描写が無いものは除外されている。
- ^ 第15回小学館漫画賞受賞作品。
- ^ 連載に先立ち、前年の1968年(昭和43年)の9月から10月にかけて渡米し、25日間の海外取材を行っている(公式サイト参照[リンク切れ])。
- ^ 第9回日本漫画家協会賞優秀賞受賞作品。
- ^ 連載中に渡欧しウィーン音楽院などにも足を運び、実際の練習風景などの取材を行った(ショパン266号インタビュー)。
- ^ 『ウィーン協奏曲』は、ウィーンの音楽院に留学する架空の少年が、漫画家の竹宮に留学体験記を手紙で送ってくるという内容であったため、当時の読者から実際に主人公の少年が存在すると勘違いされることが多かったという。またウィーン少年合唱団を主人公にした『ウィーン幻想』を描くにあたっては、編集者と3人で渡欧し合唱団の団長から作品化の了承を直接得たという(ショパン266、増山インタビュー)。
- ^ OVA化された際も演奏シーンに歌は入れられていない。
- ^ ただし『けいおん!』は部活動(軽音楽部)、『ぼっち・ざ・ろっく!』はライブハウスでのバンド活動を描いており、性質は異なっている。
出典
編集- ^ a b 吉本たいまつ「ブルースが、聞こえてくる。「音楽マンガ」ならざる音楽マンガ」『まぐま』13号、Studio Zero、2005、p.5-12。
- ^ 「「音楽マンガ」の選び方について」『音楽マンガの祭典』
- ^ 富良富良(ふらとみよし)「音楽まんが〈あこがれ〉の法則」『ショパン266』p.50-51。
- ^ a b 竹宮惠子「マンガで音楽を描く大胆な試み」『ショパン266』p.47。
- ^ 茂木大輔「クラシック音楽漫画ブームの火付け役『のだめカンタービレ』の魅力!」『ショパン266』p.50-51。
- ^ 内記稔夫(冒頭文)『音楽マンガの祭典』
- ^ a b c d e f g h i 青島広志「少女音楽漫画抄史-昭和期の名作をたどって-」『ショパン266』p.44-45。
- ^ a b 米澤嘉博『戦後少女漫画史』p.60-61。
- ^ a b c d e f g h 「ジャンル別作品リスト ロック(ロック・パンク・ヘビメタ・etc)」『音楽マンガの祭典』p.2-3。
- ^ 『20世紀少女マンガ天国』p.13。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 「読んでおきたいクラシックマンガ」『読んでおきたいクラシック♪』p.44-79。
- ^ a b c 増山法恵「音楽マンガで描きたかった想い」『ショパン266』p46-48。
- ^ a b c d e f g h i j 「音の世界をヴィジュアル化 音楽が聴こえてくる「音楽マンガ」ガイド」『音楽の友』p.117。
- ^ ノザキユリ「少女マンガ家論・くらもちふさこ」『20世紀少女マンガ天国』
- ^ “『ぼっち・ざ・ろっく!』 ギター爆売れ・グッズが続々登場。今後のアニメや漫画の展開はどうなる?”. Real Sound (2022年12月26日). 2023年2月19日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 「音楽まんが、あれこれ」『ショパン234』p.56。
- ^ a b c d e f g h i 「ジャンル別作品リスト バイオリン・他(チェロやギターなどの弦楽器)」『音楽マンガの祭典』p.6-7。
- ^ a b c d 「ジャンル別作品リスト 歌が好き(歌に生きる人たちや合唱など)」『音楽マンガの祭典』p.12。
- ^ a b c d e f g h i 「音楽マンガの現在」『まぐま』p.5-6。
- ^ a b c 『手塚治虫マンガ音楽館』、ちくま文庫、2002年(収録)
- ^ (対談)「いっぱい恋をしてほしい-池田理代子×岡崎ゆみ(ピアニスト)-」『ショパン266』p.40-43。
- ^ a b c d e 「ジャンル別作品リスト クラシック(オーケストラ・音楽家など)」『音楽マンガの祭典』p.1。
- ^ 『ウィーン協奏曲-音楽漫画共作集-』創美社、1997年4月。
- ^ 『変奏曲-音楽漫画共作集-』創美社、1997年2月。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 「ジャンル別作品リスト ピアノ」『音楽マンガの祭典』p.4-5。
- ^ a b c d e f g 「ジャンル別作品リスト バンド(学園ものや吹奏楽・ポップスなど)」『音楽マンガの祭典』p.9-10。
- ^ 「ジャンル別作品リスト その他(ジャズ・ブルースから、コレクター・音楽SFものまで)」『音楽マンガの祭典』p.13。
- ^ a b 「ジャンル別作品リスト オペラ」『音楽マンガの祭典』p.8。
- ^ 『文化庁メディア芸術プラザ』1998年 文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞 神童[リンク切れ](最終更新確認2008年10月14日)
- ^ 「音楽漫画『神童』を映画化-本格クラシック映画誕生-」『週刊アエラ』2007年4月9日、p.76。
- ^ a b c 『ボクたちクラシックつながり-ピアニストが読む音楽マンガ-』
- ^ 『読売新聞』2005年2月2日東京夕刊。
- ^ 日本工業新聞社2006年6月6日。
- ^ 「ジャンル別作品リスト 芸能・アイドル(歌手など)」『音楽マンガの祭典』p.11。
- ^ 茨城新聞2005年9月6日朝刊。
- ^ 『リッスンジャパン』2008年7月29日、今1番支持されている音楽マンガ『DMC』、渋谷・六本木でイベント開催[リンク切れ](最終更新確認2008年10月14日)
- ^ BLUE GIANT 公式サイト
- ^ 小学館コミック -ビッグスリーネット-[ビッグコミック:増刊情報]
- ^ 小学館:新連載2本! 音楽ミステリー&マンガの現場の裏側! - コミスン(comic soon)
- ^ 次世代ガールズバンドプロジェクト Bang Dream(バンドリ)
- ^ “【新連載】 ちば賞受賞の新鋭が鳴らす、ニッポンジャズストーリー本日開演! 戦後ジャズの夜明けを描く新連載『スインギンドラゴンタイガーブギ』は今週のモーニングで”. モーニング (2020年4月2日). 2020年12月13日閲覧。
- ^ “嫌いになってしまったピアノも2人で弾けば…「エイティエイトを2でわって」1巻”. ナターシャ. (2024年1月26日) 2024年2月2日閲覧。
- ^ Inc, Natasha. “銀杏、ナンバガ……邦ロックを愛する陰キャ女子の青春描く新連載がジャンプラで”. コミックナタリー. 2024年9月2日閲覧。
- ^ “映画「蜜蜂と遠雷」の大きな魅力と少しの限界”. webronza.asahi.com. RONZA. 2021年7月15日閲覧。
参考文献
編集- 『音楽マンガの祭典-コマから聴こえるハーモニー 作品リスト-』 現代マンガ図書館、2008年10月。
- 『ボクたちクラシックつながり-ピアニストが読む音楽マンガ-』 青柳いづみこ、文春新書、2008年2月。
- 『読んでおきたいクラシック♪-見て聴いて感じたいマンガの中のクラシック-』 英知出版、2007年1月。
- 『手塚治虫マンガ音楽館』ちくま文庫、2002年5月。
- 『マンガの居場所』(編著)夏目房之介、NTT出版、2003年4月。
- 『戦後少女漫画史』米澤嘉博、新評社、1980年1月。
- 『20世紀少女マンガ天国』エンターブレイン、2001年7月。
- 「音楽まんが大集合-ドラマチックな架空の世界に浸る-」『ショパン 234号』 ショパン(出版社)、2003年7月。
- 「『のだめカンタービレ』大解剖-クラシック・ファンもハマる音楽マンガの世界-」『音楽の友 Vol.63』音楽之友社、2005年12月。
- 「ブルースが、聞こえてくる。-「音楽マンガ」ならざる音楽マンガ-」『まぐま 13号』Studio Zero、2005年6月。
- 「音楽マンガの世界に浸る」『ショパン 266号』 ショパン(出版社)、2006年3月。