音波
音波(おんぱ、英: acoustic wave)とは、狭義には弾性波のうち空気中を伝播する人間や動物の可聴周波数の疎密波をさす。広義では、気体、液体、固体を問わず、弾性体を伝播するあらゆる弾性波の総称をさす。狭義の音波をヒトなどの生物が聴覚器官によって捉えると音として認識する。
人間の可聴周波数より高い周波数の弾性波を超音波、低い周波数の弾性波を超低周波音と呼ぶ。
本項では主に物理学的な側面を説明する。
概念・用語
編集- 媒質
- 音波は、真空中では伝播せず、必ず気体・液体・固体のいずれかの媒質を介する必要がある。
- 音場
- 音波が伝播している場を音場(おんば、英: sound field[1])という[2]。音場の記述には通常、音圧と粒子速度(媒質粒子が振動する速度)が選択される。
- 自由音場(じゆうおんば、英: free sound field[3])は、ある点から発生した音が全方向に均質に、また反射することなく伝わる空間のことをいい、JISでは「等方性かつ均質の媒質中で境界の影響を無視できる音場」と定義される[4]。無響室は自由音場の条件が実現するよう壁、天井、床の全方位の面が音を吸収する材料で覆われた室である[5][6]。
- 拡散音場(かくさんおんば、英: diffuse sound field[7])は、すべての点において音響エネルギー密度が等しく、かつあらゆる方向から等確率で音響エネルギーが伝搬する仮想的な音場である[8][9]。すなわち拡散音場では、すべての点において実効音圧の大きさが等しく、また音響インテンシティの時間平均は0となる。残響室は、拡散音場の条件を近似的に実現するために、全方位の面を反射性に仕上げた室である[10][11]。
平面波と球面波
編集空間における音波の伝搬のモデルとしては、球面波と平面波がよく用いられる。3次元空間で等方的に伝搬する球面波は音源の近傍で用いられ、音源が波長に比べて小さい場合のモデルである。伝搬する方向に垂直な平面で同じ位相を持つ平面波は音源から遠く離れた場合のモデルであり、管径が波長に対して十分短い円管内での伝搬にも用いられる[15]。
平面波
編集軸に沿って伝播する音波は1次元波動方程式
を満足し、その一般解は , を任意関数として
と表示できる[16]。これを平面波と呼び、 が 軸正の向きに伝播する平面波、 が負の向きに伝播する平面波を表す[16]。この平面波に対応する流体速度場は
である[16]。より一般に単位ベクトル の向きに伝播する平面波 および対応する速度場 は
により与えられる[17]。
特に、 軸正の向きに伝播する単色平面波は
と書ける[17]。ここに は音波の位相に関する定数であり、 は複素振幅である[17]。また は音波の波数であり、波長 および角振動数 と
という関係にある[17]。
球面波
編集座標原点から球対称に広がる音波は球面波を形成する[18]。これは球座標系での波動方程式
から任意関数 , を用いて
と表される[18]。 が外向き球面波、 が内向き球面波である。このうち内向き球面波については因果律のため自然には発生せず、音響学では主として外向き球面波だけが取り扱われる[18]。対応する速度場は動径成分 だけが ではなく、 の原始関数 を用いて
と表される[19]。
特に波数 の外向き単色球面波については、複素振幅を用いて
と表される( は定数)[19]。その時間平均した強度は
空気中の伝播
編集音波の伝搬は、媒質を流体として扱い、流体力学において用いられる「粒子」(流体粒子)の概念を導入して考察する。この「粒子」は、音波の波長に比べて極めて小さい媒質の一部分であるが、個々の原子や分子ではなく、それらをマクロにとらえたものである[20]。
ここで、分子や原子ではなく、粒子を単位として扱うのは、実際の分子は媒質の温度に応じて複雑な動き(熱運動)をしているため、音波の挙動を考察するにあたって、静圧状態では静止しているとみなせるような、一定のサイズにおける平均的な動きを見るためである[20]。
大気中の音波は、空気を媒質とした疎密波の形で伝播する[21][22]。この過程は以下の連鎖により起きる[23]:
これをマクロで見れば大気圧(静圧)を基準とした気圧の正負の変動(=音圧)が進行方向へ伝播していく[24]。
音波が伝搬する速さ(音速)は、媒質の種類とその状態(密度など)により変化するが、音の強さ(音圧)によらず一定である。大気中を疎密波として伝搬する音波の音速は、海面・常温で毎秒約340 mである[21][22]。音波の伝搬する速さ(音速)は、波動方程式の記述に用いられ、音の強さにより変化する「粒子速度」とは異なる。
利用例
編集音波は物理現象であると同時に、生物の行動を媒介するもの・人間が産業的に価値を見出すものでもある。
以下は音波の利用例である:
脚注
編集- ^ “IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-27: "sound field"”. electropedia.org. 2024年12月28日閲覧。
- ^ 吉川茂; 藤田肇『基礎音響学』講談社サイエンティフィク、2002年、81頁。ISBN 4-06-153972-8。
- ^ “IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-28: "free sound field"”. electropedia.org. 2024年12月28日閲覧。
- ^ 等方性,かつ,均質の媒質中で境界の影響を無視できる音場(JIS Z 8106:2000, 自由音場)
- ^ 『新版 音響用語辞典』 (2003), p. 162, 「自由音場」.
- ^ 境界に入射したすべての音が吸収されることによって,内部で自由音場の条件が成り立つ室。(JIS Z 8106:2000, 無響室)
- ^ “IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-31: "diffuse sound field"”. electropedia.org. 2024年12月28日閲覧。
- ^ 『新版 音響用語辞典』 (2003), p. 90, 「拡散音場」.
- ^ ある区域内で音響エネルギー密度の統計分布が一様で、かつ、その区域内のどの点においても音響エネルギーの伝搬方向がすべての方向に対して等確率である音場。(JIS Z 8106:2000, 拡散音場)
- ^ 『新版 音響用語辞典』 (2003), p. 145, 「残響室」.
- ^ できるだけ拡散性が高い音場を実現するために特に設計された長い残響時間をもつ室。(JIS Z 8106:2000, 残響室)
- ^ 吉川茂; 藤田肇『基礎音響学』講談社サイエンティフィク、2002年、152頁。ISBN 4-06-153972-8。
- ^ 大野進一; 山崎徹『機械音響工学』森北出版、2010年、6頁。ISBN 978-4-627-66751-8。
- ^ Rossing (2007), p. 27
- ^ 『基礎音響学』 (2019), p. 62.
- ^ a b c Rossing (2007), p. 47
- ^ a b c d Rossing (2007), p. 48
- ^ a b c Rossing (2007), p. 65
- ^ a b c Rossing (2007), p. 66
- ^ a b 『基礎音響学』 (2019), p. 48.
- ^ a b "音が空気などの媒質を伝搬し ... 音は空気中を「疎密波」として伝わります。" (荒井 2025)
- ^ a b "音は、空気の振動による疎密波で縦波である。" (KI 2009, p. 1)
- ^ "媒質中の粒子が動く方向と波の伝わる方向が一致する場合、縦波 ... 音波は縦波として空気中を伝搬します。" (荒井 2025)
- ^ "音による空気の振動は、大気圧を中心に圧力変化を起こします。この微小な圧力変動分を音圧と呼びます。" (KI 2009, p. 3)
参考文献
編集- Thomas D. Rossing, ed (2007). Springer Handbook of Acoustics. Springer. doi:10.1007/978-0-387-30425-0. ISBN 978-0-387-30446-5
- 安藤彰男; 鈴木陽一; 古川茂人『基礎音響学』コロナ社〈日本音響学会編 音響学講座 1〉、2019年。ISBN 978-4-339-01361-0。
- 日本音響学会 編『新版 音響用語辞典』コロナ社、2003年。ISBN 4-339-00755-2。
- 日本産業規格『JIS Z 8106:2000(音響用語)』 。
- 荒井, 隆行. “音の伝搬(Propagation of Sound)”. 音響音声学デモンストレーション. 上智大学. 2025年2月18日閲覧。
- KI (2009-05-28). “音の測定の基礎 – 第2回「音の『波』としての性質」”. ONO SOKKI -- info channel (92): 1-4 .